第5話

「わかばの匂い」5


 小さな提灯がたくさんある部屋からベランダに出た。

 あぐらをかいて難しい顔をした祖父はタバコをくわえながら僕に座布団をくれた。

 祖父は何も言わずにタバコを吸いながら月明かりで新聞を読んでいる。

 僕も隣で短編集を月明かりで読んだ。

 涼しい風が吹いていて時折、雲が月を隠した。その都度、祖父が微笑んでるのを確認して僕も微笑んだ。

 しばらく夕涼みをしながら無言の時間を楽しんだ。


 月が隠れる頃に僕は仏壇の部屋で寝た。

 線香の臭いと壁には会ったことの無い曾祖父母の写真があってこっちを見て笑っているように思えて凄く怖くなった。なかなか寝れなかったが、夕方に祖父と行った小料理屋の美味しかったご飯、卵焼きやしらすと大根おろしや枝豆とウメキューとナスを焼いたやつが美味しかった。それと初めて見た祖父の笑顔を思い出した。会話は覚えてないが凄く楽しかった。さっきのベランダも楽しかった。祖父のタバコの匂いも覚えた。大人になったら僕も“わかば”を吸ってみようと思った。なんだか安心する匂いだった。


 僕が起きると母親の弟夫婦と祖母は居なくて祖父がインスタントラーメンを作ってくれていた。

「おはよう」

「おじいちゃん、おはよう」

「健太は卵食べれるか」

「うん」

「よし、これ食べたら将棋するか」

「やったことないよ」

「教えてやる」

「うん」

僕は祖父の作った卵入りサッポロ一番を火傷しないように食べた。しょっぱいけど今までで一番美味いラーメンだった。


 お昼過ぎからは祖父に将棋を教わったのだがある程度、駒の動かし方を教えてもらっていると祖父が財布から僕に千円くれた。

「遅いけどお年玉だ」

「え!ほんとに!ありがとう」

「じゃ、百円かけて将棋をしようか」

「え」

祖父は悪戯に笑いながら駒を並べ始めた。


 そして、一時間もしないうちに僕の千円は祖父の財布に戻って行った。祖父は真剣に勝っていた。


つづく

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