第6話 家に帰ろう




 蒼のお上りツアーは最悪な結果を招いて終了した。圭一郎の話では、ショルティは明日も東京公演を行い、すぐにドイツに帰国するという話しだった。


 ガブリエルという巨匠の看板も手伝って、彼の前評判は素晴らしいものだと圭一郎が話していたことが耳から離れない。


 新幹線の椅子に座っている関口の横顔を盗み見ていると、ふと関口と視線をぶつかった。


「なあに。じろじろ見て。僕じゃ、ファイナルに残れないと思っているんでしょう?」


 少々不機嫌そうな彼の声色に、蒼は首を横に振った。


「ち、違うし。そうじゃなくて。——ごめん。こんなことになって。本当にごめんね」


 居た堪れずに躰を小さくすると、関口は軽く息を吐いてから、蒼の頭を撫でた。


「蒼のせいじゃない。悪いのは全部、父親あいつだから。気にしないで。それに、ちょうどいい機会だったんじゃない。こんなことでもなければ、僕はまだこの場所でくすぶっているだけだ」


 蒼には、彼の心中は理解できない。ただ黙っていた。


「今回はね。星野さんに助けてもらった。蒼が連れて行かれたってすぐに連絡くれたからよかった。星野さんにお土産渡さないとね」


「そう、だね……」


「ほら。そんな顔しないでよ。ごめん。逆に謝らなくちゃいけないのは僕だ。元々は僕の問題なのに。蒼を巻き込んだ」


 蒼は、はったとして関口を見る。


「そうだよ。な、なに。あのさ。おれの待ち受けってなに? どんなの?」


「もう消したよ」


「嘘だ! おれには見る権利がある!」


「だから。もうないって」


「関口!」


「うるさいねえ。新幹線の中はお静かに。これだから田舎者は困るんだよねえ。あーあ。蒼と東京には、恥ずかしくて行けないね」


「な、な、な!」


 蒼は関口のポケットに入っているスマートフォンを見つける。


「ちょっと。じゃあ、見せてよ。確認するから」


「え! だめ」


「だめってさ。待ち受けにしていないなら見せてくれたっていいじゃないの」


「だから。ダメはダメ。ねえ、人のスマホを見るだなんて。プライバシーの侵害で訴えるよ?」


「人の写真を勝手に待ち受けにするのは肖像権の侵害じゃないの?」


「お! そう来るか」


「そう来ますよ!」


 バタバタと二人でもみ合っていると、通路を挟んで隣の椅子に座っている中年の男性が「し」と人差し指を立てた。


 蒼は「すみません」と肩を竦めるが、関口は「蒼のせいだからね」とだけ言った。


 ——どうせ、おれのせいですよ。


 蒼は大きくため息を吐いて外に視線を遣った。すると、ふと肩に寄りかかって来るものにはったとする。


 関口が蒼の肩に頭をくっつけてきたのだ。


「関口……」


「ごめん。寝る。起こして」


 そう言っているそばから寝息を立てている彼。


 ——もしかして。昨日の夜は寝られなかったんだね。


「ごめんね。本当にごめん。関口」


 蒼はそう呟いてから、窓に映る自分の顔を見つめた。

 昨晩のこと。関口親子の邂逅の場面。一通り、色々なことを思い返してから、関口に視線を戻す。


 ——おれはこの人と一緒にいてもいいの? 迷惑かけてばっかりじゃない……。


 関口とのことを考えると、いつも心がわざわざと波打った。考えれば考えるほど、心が落ち着かなくなって、結局はその答えを先送りにする。そして、心の奥底に押し込めるのだ。これは蒼の悪いクセ。いつもそう。嫌なこと、辛いことは、いつも蓋をしてみなかったふりをする。陽介とのこともそう。母親とのこともそう。そして、今度は関口とのことだ。


 ——関口はすごい。嫌なことを向き合おうとするんだ。だけど、おれは? いつも逃げてばっかりじゃない……。おれは、関口からも逃げてばかり。


 蒼の肩に頭を持たれかけて寝息を立てている関口を見つめる。栗色の前髪が、日光に反射して光って見えた。こうしてそばにいると、身近なはずなのに。世界を目指している男なのだと自覚してしまうと、なんだか遠く感じられた。


 ——あの家に帰りたい。


 蒼は関口と暮らすあの家を思い出しながら、車窓から見える景色に視線をやった。







— 第四曲 了 —

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