第4話 命狙われています案件
関口と話をして、少しは気持ちが落ち着いた。自分の気持ちがよく理解できたからだ。
——おれは、陽介が好き。だけど、それは家族として信頼している好きなんだ。躰の関係を続けたいとは思えないんだ。だけど……。
陽介は両親にこの関係性を明かすということをちらつかせていた。蒼としてはそれが一番の気がかりだった。
昨晩のショックが大きすぎて、そうそう眠れるものではなかったのだ。鏡台で見た自分の顔は「最悪」としか言いようがなかった。
もぞもぞと起き出していくと、関口は誰かと電話をしているようだった。
「ええ。本当に申し訳ありません。じゃあ、夜に——」
スマートフォンをエプロンのポケットに滑り込ませた彼の横顔を眺めながら、じっとそこに立ち尽くしていると、関口が蒼に気がついたように顔を上げた。
「おはよう。よく眠れませんでしたって顔に書いてあるんじゃない?」
「おはよう。仕方ないよ。だって——。関口の衝撃的なカミングアウトがあったでしょう?」
「僕のせいだっていうの?」
関口は「ふふ」と笑った。蒼は「誰と話していたの?」と尋ねる。彼のプライベートまで首を突っ込むのは、ルール違反な気持ちになるが、「夜に」という言葉が気になったのだ。彼が夜、出かけていくのかと思うと、なぜか不安になった。
——別に子どもでもあるまいし。一人でいられるけど……。
そんな言い訳を自分にしていると、関口は平然と蒼の問いに答えた。
「蒼の実家に行くんだよ」
「え?」
「えって」
「いやいや。え? どういうことなの」
「だから、言葉のままだよ。蒼の実家に、僕と蒼とで一緒に行くんだ」
蒼には関口の意図がわからない。目の前がぐるぐると回るのは、不眠のせいではないらしい。思わず、そばにあるテーブルに手をついた。
「まあまあ。いいじゃない。たまにはね。一人じゃないんだし。大丈夫だよ。僕がいる」
「関口……」
「ほら。蒼のお母さんの時。あの時は、そう仲良くもなかったからね。プライベートまで首を突っ込むのは悪いなって思ったんだ。だから駐車場で待たせてもらったけど。今回は、ちゃんと手伝うから。任せておいて」
「任せてって——」
「とりあえず、仕事に行ってきなよ。迎えに行くから」
「——でも」
「ほらほら」
関口は再びシンクに向き合ってしまう。彼の背中を見つめていると、なんだか不安が増長するばかりだった。
***
結局、関口がなにを考えているのか、蒼には皆目見当もつかなった。仕事中も、そのことばかりが頭の中をぐるぐると回っていて、とても仕事どころではないのだ。
「蒼、大ホールの掃除、手伝えや」
使い物になっていないということに気がついてくれたのか。星野が声を上げた。傍からみれば、人使いの荒い先輩だ、と思われがちだが、蒼にとったら嬉しいことだった。どうせ、椅子に座っていても仕事にならないのだから。躰を動かしていたほうがよかったのだ。
ステージ上で空のモップをかけていると、客席の一列目に座って、暇そうに蒼を眺めていた星野が声を上げた。
「おお~い。お前さ。大丈夫?」
蒼はそのまま足を止めて、星野を見下ろす。なんだか心配ばかりかけているのではないかと気が気ではないのだ。
「すみません。気を遣ってもらって」
「いや、いいけどさ。ってかさ。——まあな。今朝、関口から電話が来てよ、お前の様子見張っとけだってよお。お前ら、なんなの? まさか、スパイごっこ? それとも、なんか命狙われるようなやばい案件に首つっこんでるんじゃねーだろうな?」
蒼は「余計なお世話」と思う反面、彼が見かけよりも自分のことを心配してくれているということがわかって、なんだか気恥ずかしい気がした。
「命狙われるって、ドラマの見過ぎですよ。星野さん」
「そうかよ。でもお前、悲壮感漂う顔してるぜ。寝不足じゃねーか」
「——」
星野は蒼のことをよく見てくれている。なにも言わなくても、蒼の内面のことを、こうして察してくれるのだ。蒼はモップを抱えて、ステージの階段に腰を下ろした。
「すみません。星野さんまで巻き込んじゃって」
「いや、別に。おれは巻き込まれてねーし。ただ蒼猫のことを見張っていろって言われてるだけだしよ~」
「それが、本当に申し訳ないんですよ」
「関口となんかあったわけじゃねーんだろう?」
「別にないです。これはおれの問題で、関口はまったく関係がないんですよ」
「へえ。なのにご執心じゃねーか。あいつ。蒼のこと心配でたまらねーんだろ」
「きっとお節介な性格なんですよ。おれのことなんて、どうでも——」
「んなはずねーよ」
星野の言葉に蒼は目を見張る。
「あいつは、他人には無頓着だからよお。今まで見たことねえよ。誰かに肩入れするなんて。珍しいんだよなあ」
「そ、それはどういう——」
「本人に聞いてみろよ。——まあ、あいつにとったら、お前は大切なんだろうよ」
「大切……」
——関口はおれのこと、大切?
そう思ってから、はったとする。蒼は昨晩の彼の告白を思い出したのだ。なぜ自分がそんなに意識をしてしまうのか、蒼にはわからない。別にどうってことがないことなはずだ。関口にどんな性癖があろうと、自分はシェアハウスの同居人なのだから。
彼と暮らして久しいが、特段、そんなことを感じたことはなかった。だから、余計に驚いたということもあるのだが。
——自意識過剰すぎるだろう!? 別に関口はそういう意味でおれとシェアハウスしているんじゃないし。だ、だって。おれのことなんて、嫌い……でしょう?
一気に顔が熱くなった。
「なに赤くなってんだよ~」
「べ、別にです! 別に——」
——星野さんは知っているのかな。関口が、その……男性が好きってこと。
蒼は首を横に振ってみるが、朝から悶々としている気持ちが、余計に悶々として頭が痛んできた。
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