第12話
空峰の指導はあの後2時間ほど続いた。
俺と船本はへたりこんだというのに、空峰は疲れた様子が全くない。恐ろしいな。
「そろそろ昼食の時ですね」
法空がそういった。驚いた。もうそんな時間だったのか。
「泉山さん。少し多めにメシを盛っておきますから、しっかり食べてくださいね。今からでも遅くないですよ」
……まだ引きずるつもりなのか、このエロオヤジ。
ぞろぞろと大人数で食事の場所へ移動する。
途中で法空が寺の人と話しをしていた。その後バタバタと忙しそうになったので、食事を今から作るよう命令でもしたのだろうか。
それぞれが席に着くとすぐに食事が運ばれてきた。そういえば、空峰はどこに行ったのだろうか。気づいたらいなくなっていた。
麦飯と、味噌汁と、漬物。昨日と変わらないメニューだが、俺はとても好きだ。多少物足りなさはあるけどな。
そういえばメシを多めに盛ると言っていたが、普通の量だ。さすがに冗談だったのか。少し安心する。
周りを見渡すと、岡本の麦飯だけやけに量が多い。そしてそれを曖昧な顔で眺める法空。俺は全てを察した。
おい、岡本。お前は俺に同情していたんじゃないのか。
まあいい。法空が食事前の言葉を述べる。
俺も手を合わせた。
「いただきます」
動いた後だったから、メシはとてもうまかった。
◆ ◆ ◆
「……行きましたな」
法空は昨日来て、今日去っていく忙しそうな客人を見送った。
最初はなんだなんだ、と警戒したが、今朝久しぶりに兄の楽しそうな顔を見れてすっかりと警戒は解けていた。
「面白い方々でしたな。兄さん」
法空は兄――空峰を見る。
法空が兄、と呼ぶのは傍から見るととても歪である。もういい歳まで行った僧が若い僧を兄と呼ぶからだ。
「ああ」
空峰もそれを当たり前と受け入れている。いや、それが当たり前なのだ。
なぜなら空峰は法空の兄であるからだ。とある事件から、空峰はすっかり老いなくなってしまった。なので体は若いまま、技術はどんどん極められていく。
羨ましいと思う人がいるかもしれない。だが、法空はそれがとても寂しく感じる。
客人たちには伝えなかったが、阿束には既に最後の対抗勢力である河東軍が居座っている。
どうか、ご無事で。法空はそう祈った。
「今日は……7月20日、ですか」
「そろそろ秋山の軍も動き出すだろうな」
上はどう動くのだろうか。すぐ近くが戦場になる。法空は様々なことを考えながら今日も動く。
◆ ◆ ◆
「いやー、いい人たちでしたね」
のんきな声で船本はそうつぶやく。
「たしかにな。それにあの空峰どの。素晴らしい人だ」
俺はそう言う。あれほどの強さであの若さだとプライドが高くあまり人に指南してくれるような人はいない。それなのに気さくな態度で俺たちと接してくれる。あの寺は良識のある人が多い。
「ここから阿束は近いんだっけか?」
「ああ。たしかすぐそこだな」
岡本が答える。まだまだ太陽もてっぺんに上ったばっかりだし、ゆっくりで良さそうだ。
「それにしても、なぜ阿束に?」
俺が知っている地図なら阿束でなくとも他に町はあった気がする。阿束ほどの大規模なところはないけど。
「なんだ。知らないのか?」
「ああ」
「そうか。……船本、説明してやれ」
お前が説明しないのか。そんな言葉は喉元で止まった。この調子で行けばいつか不敬罪で殺されそうだ。
「では説明致します」
船本は語り始めた。
「まずご存知の通り阿束はこの国1番の商業が盛んな都市です。そして阿束を仕切る家、
「つまり、最も河東家と綉明国がぶつかり合う場所として妥当なのが阿束、ってわけか」
「ええ」
なるほど。秋山に復讐をしたい岡本からしたら絶好の場所ということか。
「質問。秋山軍が先に阿束に到着する可能性は?」
「ない。距離的に既に阿束に河東軍は集結していると思う」
「じゃあ、秋山軍が阿束を迂回することは?」
「それもない。秋山寺正はこの行動で国に対する抵抗勢力を根こそぎ消し去りたいのです。だから、殲滅できる最大のチャンスである阿束を迂回することは無い」
「なるほど」
「それで、河東家が秋山の軍隊に勝てる見込みはあるのか?」
岡本が鼻を鳴らす。
「普通に考えたらほぼない、な」
「……なんだ、それ」
つまり岡本の性格から秋山の方につくことは無いだろう。じゃあ、今俺たちは死にに行っているのか?
「おい、わしは死にに行くわけでは無いぞ」
「じゃあ、どうするんだよ」
ならばなぜ阿束に行く。俺はあくまでも主さまを探したいという気持ちもあるのだ。こんなところでうかうか死んでいられない。
「安心しろ。策はある」
岡本は堂々とした表情でいる。少し安心する。
「戦争の英雄河東純太郎が策もなく戦争をするはずがない。それを信じるのだ」
岡本はさも当然のようにそう言い切るのだ。
「泉山が私たちについてこないというのならそれは仕方ないと思っている」
船本がそういう。
「ただ、泉山。私たちを信じてほしい」
信じる。また信じるだ。俺がここで逃げ出したら俺は彼らのことを信じてないことになるのだろうか。
そうしたら、また1からやり直し。1人野垂れ死になるかもしれない。
意味もなく生きるより、今この瞬間2人を信じた方が多分後悔しないだろう。
「岡本と、船本。私は2人を信じるよ」
2人は笑った。船本が拳を突き出す。俺も、コツンと拳を当てる。岡本ともした。
「泉山。わしのことは岡本さま、だろ?」
「岡本どのとしか呼んだことないよ」
ジョークだろう。
そして俺たちは再び阿束に向けて歩き始めた。
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