第10話

 輪刻寺に着いたのは雨事件の2日後だった。


 道中で唯一の食べ物である干し飯を岡本がほとんど食べてしまったり、足が痛いと船本におんぶされたり色々問題はあったが無事目的の地へたどり着けた。


 旅籠はたごなど江戸時代には食事するところがあったそうだが長距離の移動が一般的とはいえないこの国ではそんなところはない。だから食事は本当に死活問題らしい。

 船本が岡本に食の重要性について説教を垂れていた。


 そして俺たちは今、極楽にいる。


 極楽とは。それは、麦飯と味噌汁。それに大根の漬物。これを空き腹にかきこむことである。それだけ。それだけでいいのだ。


「皆さまいい食べっぷりですね」


 にこやかな顔をしながらそういうのはこの寺の住職である。たしか名前は法空といったか。

 寺では12時以降食事をしないルールがあるらしいが、客人のためと特別に食事を用意してくれた。


 岡本なんかは不満を述べないのか、と不安に思っていたがそんなことは無かった。丁寧に美しい動作で口に麦飯を運ぶ。思わず見とれそうになるほど様になってる。


 やはり、食事という行為に岡本はかなりこだわりを思っているのだろうか。


「しかしまあ物騒な今、よく我々を受け入れてくれましたね」


 船本がそういう。確かに厄介事の匂いがプンプンする集団をなぜ受け入れたのだろう。


「困っているからこそ助けるのですよ。まあ、幻遊さんがいたからというのはありますがね」


 そんなことをいえるこの人は本当の聖人なのだろう。それにしても、僧服を着ていたり寺にツテがあったり船本は一体何者なのだろうか。

 どうにもゲームの船本と今のこの船本。かなりイメージが一致しない気がする。

 もう少し性格が悪そうな感じだった気がするのだ。


「そういえばお主らの総本山は今回の件にどう動くつもりなのだ」


 岡本が無遠慮に法空に聞く。どう、とはなんのことなのだろうか。食事も一段落したしゆっくりと話しを聞くことにした。


「どう、とは?」

「とぼけるなよ。秋山寺正の行動だよ」


 ふむ、と考え込む法空。なるほど話が読めてきた。秋山寺正の大粛清に対し寺は介入するのかどうか、といったところだろうか。


「今のところ静観せよとはお達しは来ております」

「わしらを匿うことは静観入るのか?」

「匿う、ですか」


 法空は少し困った顔をする。それはそうだ。法空からしたら旅の途中で泊めて欲しいと知り合いから頼まれただけなのだから。

 岡本は失言をした。


「……法空どの。今のご主人の発言は忘れてくだされ」

「ええ」


 法空は頷く。大体のこちらの事情は悟られてしまっただろうか。この法空という人のためにも、あまり長居はしない方が良さそうだ。


「ああ、心配しないでください。これでもうちの寺は武には自信がある方ですから」


 俺を見ながらそんな風に言われると、考えでも見透かされてるような気分になる。

 顔に出ていただろうか。


「ここまでこられたということは阿束まで行く予定でしょうか?」

「ああ。そのつもりだな」

「ならば阿束へ行くのはお辞めになられた方が賢明でしょう」

「ほう。何故だ? 言ってみろ」

「耳に挟んだ話ではございますが、どうにも阿束では物騒な騒ぎが増えたようです」

「そうか」


 大したことないと判断したのか岡本はもう興味が無さそうだ。そんな主人を見て船本が代わりに返事をする。


「情報提供感謝致します。法空どの」


 いいんですよ、と微笑む法空。岡本の態度に顔色1つ変えずに対応する。本当に素晴らしい人だ。俺にはできない。


「そういえば船本さんは武道に達者でしたね。どうですか。我が輪刻寺自慢のつわものと戦ってみますか」


 武に自信があると言っていたこの寺のつわもの。とても興味がある。

 岡本が俺をつっついてきた。なんだ?


「泉山。お前も参加してみたらどうだ?」


 なんというか。不器用な優しさというのだろうか。言動は傲慢で自分勝手だが、こう聞いてくるところを考えると根は優しいのかもしれない。ありがたい提案だが俺は断ることにした。


 断ると少し不満そうな顔をしたが、夜も遅いしなと納得してくれた。


「まあ、もう夜遅いので明日の船本さんの良き時間で」

「すまん。助かる」

「まだまだ幼き少女もいますしね」


 にっこりと笑いこちらを見る法空。もしかしなくても俺のことだろうか。一応この世界では成人しているのだけど。

 明日にする、という法空の言葉で岡本がこちらをじっと見てきた。明日なら参加するか? ということだろうか。


 しかし最近は俺も戦いすぎて疲れたのだ。少し休ませて欲しい。

 そんなことを考えていたら眠気が急速に襲ってきた。


 ああ、これ眠っちゃうやつだ。


 目をつむった。睡魔が俺を落とそうとしてくる。

 もう耐えられない。俺は意識を手放すことにした。


「ほっほっほ。お嬢さんは眠ってしまったようですね」


 そんな法空の言葉を聞きながら。

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