第9話
「よう。剣従」
秋山寺正は極瞬流地方トップである剣従と対談していた。
「お久しぶりです。秋山どの」
そういったのが剣従。30代ほどの、これからが現役というような男だ。
「しかしまあ、条件はあるとはいえ極瞬流が俺らの提案を受けるとは、思わなんだ」
剣従は少し困った顔をした。そんな様子を見て、まだまだ若いなと寺正は微笑ましく思うのだった。
「まあこちらにも事情がありまして」
「2足の百足の退治、だったか?」
ニヤリ、と寺正は獰猛な笑みを浮かべた。
2足の百足。殺した相手の能力を奪う恐ろしい人間。先代剣従を殺害した極瞬流の忌むべき敵。
なるほど確かに極瞬流が2足の百足を殺したがるのはわかる。しかし――。
「なぜお前らでその問題を解決しない?」
寺正の、最もな疑問である。忌むべき敵であるならば、自らの手で終わらせるべきなのでは?
その言葉に、剣従は悔しそうな顔を浮かべる。
「我々も最初は自分で、と思いましたがダメだったのです」
「2足の百足はそこまでバケモノなのか」
「強さでいえば問題なくこちらが上です。しかし、彼の剣筋は先代剣従のそれなのです」
「そうか」
極瞬流の禁忌。それは同士討ちである。
寺正は自分の極瞬流に対する評価を下げることにした。盲信は禁物だ。
「それで、お前らが殺せない2足の百足を俺らの誰に頼むんだ?」
「それはサヴァシュにやってもらいたいのです」
「おいおい、サヴァシュは雇っているとはいえあくまで在野だぞ」
「我々の願いは聞かないとはっきり言われてしまいまして」
剣従は苦笑いする。どうやら極瞬流も複雑な内情らしい。
「すべての極瞬流門下生が俺らの味方になる、だったか? 期待してるぞ」
それだけ言って寺正は席を立つ。
「どちらへ?」
「愛する孫のところだよ」
寺正が振り返ることは無かった。
◆ ◆ ◆
「剣従どのとの対談はどうでしたか?」
将棋の準備をしながら寺正に聞く少女。彼女は寺正の孫である秋山夜見だ。
「ありゃダメだな」
首を横に振りながらそう答える寺正。剣従との対談は寺正をかなり失望させたようだ。
「そうなのですか?」
何があったのか、と不安そうに夜のように暗い瞳が揺れている。安心させるように寺正は頭を撫でる。
「まあ始めるか」
「はい!」
寺正と夜見の日課である将棋。どんなに忙しくても寺正は必ずこの時間を取るようにしている。
「あと1週間だ」
「何がですか?」
「うかうかと戦をしていられる時間だよ」
パチン、と将棋を指す音が響く。
「京之国のサムライですか」
「ああ。それに寺がどう動くかわからん。僧兵共は厄介だからな」
寺正は苦々しい顔を浮かべる。若い頃何度も苦渋を舐めさせられたのだ。さらに、と言い続ける。
「もし河東に付かれたら1番厄介なことになる」
「ちなみにその時はどうなるのですか?」
「戦が長引くな」
ははあ、と納得した顔をする夜見。それは確かに厄介だ。
「まあ俺が居れば京之国の進行が来てもどうにかなる」
「でも、おじいちゃん……」
そんなに長くないんでしょう? その言葉は喉元で止まった。家族の死を考えるほど嫌なことは無い。それがこの国を支える偉大な男なら尚更だ。
「大丈夫だ。あと3年は生きる」
「嘘はダメだよ?」
「本当さ。まずお前は戦争に対する才能がからっきしだからな」
わかってはいてもあまり言われても嬉しくない言葉である。ただその次に続く言葉までがセットではあるが。
「ただそれが大切なんだ。お前がこの国を普通の国にしろ。俺にはできないことだ」
俺にはできない。お前がしてくれ。いつもの言葉だ。それなのに、まだ言われると照れてしまう。夜見はそんな自分自身の甘さがあまり好きではない。
「まあ安心しろ。俺が死ぬ前にすべての汚名を被ってやる。たとえ狂人になったと言われてもな」
「そーですか……」
プイッとそっぽをむく夜見。そういう自虐的なのは嫌いなのだ。
「ただまあ河東との戦は1週間もあれば終わるさ」
「例の場所を取れば勝ちなんでしたっけ」
「ああ。そこさえ取ればな」
その都市の名前。それは――
「
王手、と寺正は将棋の駒を指す。どうやら逃げ場は無さそうだ。
「……参りました」
「将棋まで才能が一切ないのはさすがとしか言えないな」
ガッハッハッと笑う寺正。
秋山寺正がこの国掃除で排除したいもの、河東純太郎。
秋山寺正の軍は阿束に居座る河東軍を討伐するために歩を進め始めた。7月20日の出来事である。
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