第8話

 俺の顔が川に映る。

 髪は白髪で、瞳はブルー。弟の春元とにてクールな印象の顔だ。ただやっぱり精神が俺だからか、少し頑固そうな印象を受ける。


「別に春元みたいな黒髪で良かったんだけどなあ」


 思わずそうつぶやく。町などに降りると目立って仕方ないのだ。


「泉山どの。ここにいたか」


 船本が俺に声をかける。


「ああ。……というか、泉山でいいよ。私は戦っている時しれっと呼び捨てしてしまったからな」


 頬をポリポリとかく。あんまり敬称などをつけているといざ呼び捨てする時すこし恥ずかしくなってしまうからだ。


「そうか。では私のこともぜひ呼び捨てしてくれ」

「もちろん。よろしく船本」


 もう既に俺と船本が戦ってから1日が経った。現在はある寺に向かっている。どうやら船本のツテがあるところらしい。

 最初は町に行こうとしたがそれは岡本に止められた。どうにもあまり俺が行っていい雰囲気ではないらしい。


「いやあ、それにしても……」


 船本を見る。全裸であった。


「……!?」

「どうした? 泉山。何かあったか?」

「お前、服……」

「ああ、水浴びをしようと思ってな」


 そこで、船本は自分の行いに気づいたようだ。あ、しまった。そんな顔をしている。そしてなんとも言えない空気が漂う。


「あー……」

「その……。そうだ! なんなら見るか?」


 さもこの場を凌ぐ名案を思いついたような顔で、船本はそんなとち狂った提案をしてきた。

 変な空気で頭がおかしくなったのだろう。頭がおかしくなっていないのならば船本は全裸を見せたがる生粋の変態になる。

 そんな事実を知ってしまったら、俺は彼とこれからどう付き合えばいいのだろうか。


 少し冷静になった頭で断りの言葉を入れようとした瞬間。船本がこちらを向いた。


 その日、森に意味にならぬ絶叫が響き渡った。






◆ ◆ ◆




「すまん。泉山が女だという事がすっかり頭から抜け落ちていた」

「いや、私ならまだいいよ」


 男だったしな。そんな言葉は脳内に留めておくことにした。


「ただ……女子に全裸を見せたがる変態ではないんだな?」

「も、もちろんだ! 次同じことをしたら私は切腹すると誓おう」


 良かった。もし変態野郎なのだったら俺は船本をこの手で殺めなければいけなくなっていた。


「なんの話しをしておるのだ」


 岡本は俺らの話しについていけず不機嫌だ。もうこの話しはやめた方が良さそうだな。


「しかしまあ、こんな重装備することあるのか?」


 何となく疑問に思ったことを聞いてみる。俺らは船本が出発するときに買ってきた菅笠すげがさに道中合羽をつけている。笠はまだしも、道中合羽とやらは少し背中に違和感があって嫌だ。


 俺の疑問に船本が答えた。


「まあ、雨が来て死にたくないなら着るべきですね」


 船本どうにも講釈を垂れるときは言葉遣いが丁寧になるようだ。あまりトゲが立たないようにという彼なりの工夫なのだろうか。


「旅は危険というのは知っているが、そこまでなのか?」

「ええ。まあ私たちは忍びながらの行動をしないといけないというのもありますけどね」


 その言葉を聞いて、俺は岡本が追われている身だったことを思い出した。何となく岡本から小馬鹿にするような視線を感じる。


「船本の言う通りであるな。雨が酷ければ死ぬことなんて更であるぞ」


 岡本までそういう。どうやら俺は旅に対する自分の認識が甘いことを理解した。


「こっちに来る時は雨にうたれなかったか?」

「ええ。まあこれはご主人が晴れ男だからでしょう」

「はっはっは! その通りである」


 高笑いしながら胸を張る岡本。胸がプルンと揺れた。

 貧乳系キャラなら悔しがったのだろうか。まあ岡本は男だが。


「いやあ、それにしてもご主人といれば雨には当たらない気がしますね」

「おい、船本。そういうことを言うと雨が降るからやめた方がいいぞ」

「いやいや、そんなまさか……」

「そうだぞ。泉山。なんといってもこのわしがついているのだからな!」


 まあそこまで言うならいいか。


「そういえば、船本よ。その今向かっている寺はなんという名前だ?」

輪刻りんこく寺ですね」

「おお! たしかすぐそばに商業都市の阿束くまたばがある寺か」


 商業都市阿束。その名前は俺も知っている。近くに瀬間川という大きな川があり、綉明国の物流を担う都市。

 そんな岡本と船本の言葉をぼんやりと聞きながら、俺はなんとなしに手を前に出した。


 ポツリ。手に水っぽい何かが落ちた。


――いやいや、まさかそんなすぐ雨が降るはずが……。


 ポツリ、ポツリ。俺の手にさらに水がおちる。どうやら、本当に雨が降り出したようだ。


「……岡本どの。先程自分がいれば雨は降らないと豪語されてましたよね」

「ああ。それがどうした?」

「どうにも、雨が降りはじめたようです」


 俺のその言葉がきっかけのように、雨の勢いが強くなる。


 岡本は無言で走り始めた。船本と俺もそれについて行く。

 まるで、雨から逃げるように。


 その後しばらく会話がなかったのは言うまでもないだろう。

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