第7話

 船本が手を合わせた後出て来た龍。


――これが幻術か!


 さて、俺は船本が幻術使いというのは知っていたが幻術が何かは全く知らない。

 なぜなら彼はストーリー中ちょくちょく出てくるが、最終的にあっさりとサヴァシュに殺されてしまうからだ。なので戦闘する機会はない。


 幻術。まあ、読んで字のごとくだろう。

 龍は俺を喰らおうとしているのか、大きく口を開けている。そんな龍を無視して俺は船本に向かう。


「決着は寸止めだよな?」

「ええ、もちろん」


 よし、と俺は黒刀を掴む。

 走りながらも刀を抜くというのは、最初重心が少し崩れるような違和感がある。ただ抜いた後、刀の重たさが自分の重心を深く落としこむことでかえって自分を加速させれる気がする。

 船本はまだ刀を抜かない。


――反応出来てないのか?


 そう思った瞬間。ゾクリ、と背筋に悪寒が走る。龍の方からだ。

 思わず切っていた。龍はカゲロウのようになって消えていく。しかし切った感覚はない。

 物体に触れると消える、と言ったところだろうか。それだったら無視で良さそうだ。頭ではそう思うのに、あの悪寒がまだ心に残っている。


――どうする。


 船本が手を叩く。次は熊が出る。


 また切ると、何も無かったように消えるのだ。


――いや、まて。風輪刀の風の刃ならどうだ?


 船本は相変わらず手を合わせる。熊を再び出してきた。

 熊がゆっくりとこちらに歩いてくる間に俺は黒刀を鞘に戻す。


「……む」


 そして、風輪刀を取り出した。風の刃を熊に向ける。龍の時と同じように消えていった。


「妖刀か!」


 春元と戦った時のような間合いの測り間違い。それを二度としないために俺は風輪刀も使うと決めたのだ。

 船本は手を合わせた。狼3匹。風の刃で1匹。風輪刀で2匹同時に消す。

 船本は俺の目の前に龍を出す。


――これも切るか? 


 そう考えて俺はやめた。風の刃を使うにしても船本は移動して距離を取られたら意味が無い。賭けなきゃ決着のつかない勝負というか、体力が徐々に削られていく俺が負ける。

 俺は龍の口に飛び込んだ。刀は前に構える。突きの姿勢で龍に飛び込んだ俺は、喉辺りだろうか。そこで刀の突きが龍に当たる。目の前には船本。


――そこまで幻術にこだわるってことは剣術は苦手なんだろ?


 そんな俺の期待は一瞬で裏切られた。


「ムン!」


 いつの間にか刀を引き抜いていた船本は、俺の上段の切りを横に構え受け止めている。


――硬いな。


 その時、船本が力んだからか筋肉の膨張に服が耐えきれず、上半身が真っ裸になった。

 現れたのは筋肉だった。

 僧服の上からは細く見えていたが、想像以上についている筋肉。これがいわゆる着痩せというタイプだろうか。いや、そんなことはどうでもいいのだ。


 このままでは押し切れない。俺は刀を引いた。

 俺が刀を引いた後、船本は刀を右手だけに持ち替えた。


――なんだ?


 そして左手で指パッチンをした。かわいた音が響く。


「なるほどそうくるか!」


 てっきり手を合わせることが幻術の条件だと思っていたがどうにも違かったらしい。しかし、攻略の仕方はわかっている。何が来ても問題ない。


 船本は指を鳴らし続ける。何かが出るような感じは全くしない。

 警戒をするが、どこにも獣なのなんだのがいる様子はない。


――なんだ。なんなんだ。船本は何を考えている。


 このまま立ちすくんでいるよりはいいだろうと船本に再度切りかかる。その瞬間、船本は左手をふり下げた。まるで、なにかの合図のように。

 悪寒が酷い。


「おお……」


 周りが獣共に囲まれていた。なるほど何かの幻術で姿でも消していたのだろうか。

 狼が15匹ほど。龍や熊などは体が大きいから必然、消えた時の穴が大きくなり包囲には向いていないのだろう。


「参りました、と言ってもいいですよ。泉山どの」

「良い煽りだ。でもこんなんじゃダメだな」


 俺は首をコキコキと鳴らした。そして俺に迫ってきた狼を蹴って消す。すこしラグをつけて後ろから来た狼その2は風の刃で。

 慢心して蹴りで1匹片付けたが、刀を持っている状態での蹴りは思う通りに動いてくれないのでリスキーな選択だったと思う。

 前の狼が飛びかかってくる。


――……後ろからも来るな。


 大きく足を出して上段で切る。そしてクルリと半回転、すかさず刀を振るう。

 連携を使ってはくるが、どうにも単調だ。とてもつまらない。


「船本どの。こんなまやかしで私に勝てるとでも?」


 船本の居た方を見るが、いない。狼退治に集中しすぎて船本を見失った……いや、


「……ほう」


 仕掛けに気づいた刹那、俺は背に迫る船本の刀を防いだ。おそらく気づけなかったら負けていただろう。


「……殺す気かよ、船本」

「いやいや、申し訳ない。では、正々堂々勝負といきましょうか」


 クックック、と笑いながらそう言う船本。ようやく対等な勝負が始まるらしい。


 俺は刀を黒刀に入れ替えた。船本は既に構えている。


「いい構えだ」


 ポツリ、そのつぶやきは俺のだっただろうか。それとも船本だろうか。分からないが、俺と船本の勝負はその言葉から始まった。




 仕掛けてきたのは船本からだ。突きを俺に向けて放つ。


 俺は突きを右側に避ける。そして、船本の横に入り込む。おそらく死角に入れただろう。

 しかしこれで決まるほど甘くはないようだ。


 ぬるり、という表現がしっくりくる動きをして船本は俺の背に入り込む。

 俺は片足を後ろに出した。船本の足が俺の足にかかる。


「クッ」


 見事転倒させることに成功したようだ。しかし俺が船本の転倒した方を見たら、既に立ち上がっていた。


 俺と船本は互い間合いを取り合う。

 俺が前に出ると船本が1歩下がる。その逆も然り。


 見合う。


 次は俺から攻勢に転じる。

 右側から刀を行く……ように見せかけて、左側から攻める。

 船本は驚いた顔をする。どうやら読み合いが俺の勝ちのようだ。


 そして、俺はまだ刀の対応が追いついていない船本に接近。首筋に刀を寸止めした。


「……見事。完敗だ」


 こうして船本と俺の戦いは俺の勝利で終わった。

 チラリとまあまあ遠くにいる岡本を見る。


「どうだ? 岡本どの」


 岡本の顔は不満1色だ。そして声を発した。


「ま、まあまあだな」

「ご主人。私が負けたからと言ってそう不満にならないでください。ほら、強い味方が増えて心強いじゃないですか!」


 どうにも、船本が俺に負けたことがとても不満らしい。

 むうう、と唸る岡本。あやす船本。そして俺。


――どうにも、愉快な旅になりそうだ。


 気づけば不安も忘れて俺は笑えていた。

 そしてこの瞬間を俺は一生覚えているんだろうな、となんとなくそう思ったのだった。

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