第6話
「船本……。あなたは船本幻遊どのですか?」
「おお、はい。よくご存知で」
「まあ、これでも猛者には詳しい方ですから」
俺はそう言って笑う。やっぱりこういう博識じみた事をするのは楽しい。
そんな風に自分に浸りながら言った俺渾身の決めセリフは、船本はあっさりと俺も有名になったなーとぼんやりとした感想で終わった。……ちょっと抜けているところもあるようだ。
「しかし岡本……どのと船本どのはなぜここに?」
そういうと、2人は揃って難しい顔をした。
「ああ、いやもちろん難しい理由があるなら詮索はいたしません」
船本は岡本に目をやった。語るなら主である岡本が、ということだろうか。少し考えた後、岡本は口を開いた。
「まあ、簡単に話すと我が岡本家は秋山に滅ぼされたのだ」
その言葉から岡本は始めた。
◆ ◆ ◆
「なるほど。それでここに」
簡潔にまとめるなら、
秋山寺正の軍勢が岡本領に。岡本信最の首を出せば降伏を受け入れるという文が送られてきたらしい。
それに岡本は激怒、徹底抗戦の令出したが、領民家来共々嫌われていた岡本に従うものはいなかった。なんなら喜んで殺して来ようとしてきたそうだ。
岡本は唯一従ってくれた船本幻遊と命からがら親しかった榊樹家まで逃げてきたが、その頼りの榊樹家ももはやなく……。ということらしい。
「まったく。ただわしは民に重い税をかけて美しい女を迎え入れて気に入らないもやつを追放して自分が優先してうまいものを食っていただけなのにこの仕打ちは酷いだろう!」
「いや悪の権化じゃねえか……」
プリプリと怒りながらそういう岡本。完全なる悪である。こいつを殺そうとした秋山寺正は間違っていないと思う。
忍びながらここまで来たというが、頭には全く自己顕示の塊のようなハチマキをつけている。まったく、矛盾のという言葉に悪をトッピングしたような男だ。
「そういえば、剣士どののお名前はなんというのですか?」
「私ですか。私は泉山。泉山
「いい名前ですね」
「ありがとう」
船本との会話はとても心が落ち着く。なんというか殺伐としていないのだ。
「フン。それで泉山とやら。なぜお前は
ピシリ。空気がそんなふうに固まった。
――鋭いな。ただのバカと思っていたが。
「ご主人」
船本が咎めるような目を岡本に向ける。
「いや、いい」
俺は制止の意味で手を船本に出す。岡本ですら喋ったのだ。俺が喋らなければフェアではない。
と言っても話せるようなことはほとんどないけれども。
◆ ◆ ◆
「結局のところただの負け犬ではないか」
岡本の忌々しい言葉である。憎たらしげに鼻を鳴らす岡本。肉厚な頬肉が揺れた。
「で、泉山。お前に憎しみの心はあるか? 秋山寺正をどうにかしないと気がすまぬという強い意志がお前にはあるか?」
「それは……」
岡本の言葉。つまるところ復讐の旅に付き合えということだろう。
正直な話、俺は迷っている。秋山寺正という巨大な存在。それ自分から刃向かうなど恐ろしくてたまらない。
決断できない俺に岡本は失望を隠そうとしない。
「負け犬は嫌いだが、意志のないやつはもっと嫌いだ」
そう言って岡本は歩いていった。船本もこちらに一礼して岡本について行く。
多分何もしなければ彼らが振り向くことはないと思う。
「ちょっと、待て」
無意識だった。無意識に口から出ていた。
俺は覚悟を決めた。やってやろう。岡本の復讐に従おうと。
そして、春元に一泡吹かせてやるのだ。そう考えると、自分の口角が上がるのを感じる。
「私も、行く。ついて行かせてください」
俺は頭を下げた。
「ほう。わしは嫌いなものが多い。弱いやつも嫌いだ。力を示せ」
声のトーンをあげて、愉快そうにそういう岡本。
「力を示す、とは?」
頭をあげて俺は聞く。
「簡単だ。船本と戦え」
岡本はそう言ったのだった。
「いつでもどうぞ。泉山どの」
船本も頷いてそう言った。
なるほど準備はもう整っているらしい。
――図られたかな。
そう思うが、後悔はしていない。やること無く生きるならせめて何か爪痕をこの世界に残したいのだ。
俺は刀に手をかける。
――春元のやつ。丁寧なことに刀も鞘に戻してやがる。
今まで気づかなかったが、しっかりと2本ともある。
……よし
「行くぞ、幻術使い」
俺はそういう。船本は少し驚いた顔をした。
「なるほど。では遠慮なく」
駆け出す。
船本は手を合わせた。パチン、という乾いた音が鳴る。
そして目の前には龍が現れた。
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