第5話

「ん……」


 意識が浮上していくのを感じる。

 もしかして天国だろうか。1回多分死んだ時には行けなかったのに今回は行けるとは。なかなか神というのも信用出来ないかもしれない。


 どれ、天国というのはどんなものだろう。周りを見渡す。

 そこには、仏さまがいた。

 ……仏像ではあるが。そしてとても見覚えがある。


「隠し仏殿……」


 思わず口に出ていた。

 そうか、俺はまだ生きているのか。


「結局あいつも殺す覚悟だかはできてないじゃないか……」


 生かされたのだろう。あいつ、春元に。それは優しさであるかもしれない。でも、今の俺にとっては拷問以外の何ものでもなかった。

 知っている人がみんな死んでいるかもしれない。それなのに、俺だけ生きている。

 そう考えたら心にポッカリと穴が空いたような虚無が広がる。


「……クソッ」


 俺は覚悟を決めて歩き出した。どんな地獄が俺を待っているのだろうか。




 隠し仏殿を出たあとは、あんがい覚悟していたような地獄は広がっていなかった。

 ただただ、無。表現するならそうである。


 焼け落ちた家々と、まだ残る焼けた時に出る独特な臭い。鼻を刺すその臭いがどうしようもない現実から目をそむけることを許してくれない。


「一通りみるか……」


 この屋敷の惨劇を見ることが俺の使命のような気がするのだ。

 地面に落ちている瓦を踏まないように気をつけながら前に進む。


――それにしても、見晴らしが良くなったなあ。


 死体の1つや2つ落ちていると思っていたが、そんなことはなさそうだ。なんなら何も無いのが不気味に感じる。




 しばらく歩いて、1番見晴らしのいい場所に来た。

 ここではよく、成幸どのが剣の訓練をしていたな。

 下を見渡す。山の山頂ではないが、すこし高いところに屋敷はあるのだ。


「あ……」


 下には町が広がっている。最初は屋敷で暮らすことを許されていない人達が暮らしていただけだったが、だんだんと発展していったらしい。俺が生まれた頃にはもう町になっていた。

 てっきり灰にでもなっていると思っていたが、どうにもピンピンしている。


「行ってみるか」


 俺は街に行ってみることにした。何か収穫があるかもしれない。

 最後にくぐり戸を抜ける前、俺はここで散っていった英雄たちに合掌をした。

 供養だのなんだのは分からないけど、せめてここで俺がこうすることで少しでもその心が報われて欲しいものだ。

 さて、行くか。そう思った矢先に声が聞こえてきた。人の声だ。


「――おい、なんでここには炭しかないのだ。……まさか榊樹さかきじゅ家とやらは貴族ではなく炭焼き屋だったのか!?」


 くそ、騙された、と悔しそうに顔を歪める人間。

 いや、服を着た喋る豚だろうか。全体的にでっぷりとした体と顔の周りについている肉がなかなかに強烈だ。

 さらに頭には岡本家当主也!と書かれたハチマキをつけている。

 うん。やっぱり人ではないようだ。あまりにもバカが丸出しだし。


「ご主人、そんなことはございません。見てください。この惨状を。おそらく秋山の軍勢にこの家も滅ぼされています」


 付き添っている配下、だろうか。シンプルな灰色の僧服を着ている。少し見覚えがあるのは気のせいだろうか?

 その配下の言葉に豚はフンッ、と鼻を鳴らして、


「それも一理ある」


 と、言うのである。逆にそれ以外何があると言うのだろうか。

 しかし、てっきり秋山側の人間かと思っていたが話しの内容的にそうではないようだ。


「いやあ、困りましたね。こんなところにおそらく榊樹家に仕えていただろう剣士のような風貌をした白髪の女でもいたら情報でも少しは手に入るのですがね」

「お前はバカか。そんな都合のよいことなどこの世にはなくてだな……ん!? いや、剣士のような風貌をした白髪で榊樹家やらに仕えていそうな女がいるぞ! こんな偶然。いやはや、神に月に1度祈った甲斐が有るものよ」


 ……あの配下。俺に気づいていたな。出来ればお近づきになりたくなかったのだけど。仕方ないか。

 諦めて近づく。


「いかにも。私はこの榊樹さかきじゅ家に仕えていたものです。……何が起きたかはこの現状を見て察してください」


 配下の男は頷いた。


「私は船本ふなもとというものです。そしてこちらの方は岡本信最しんさい様」


 配下の男――船本はそう言った後、


――何も言わなくて大丈夫ですよ。辛いですよね。


 と気の利くセリフを言ってきた。ちなみに豚男……いや、岡本だかは頭に完全に「?」を浮かべていた。どうにもこの現状を見ても何が起きたかわかっていないようだ。ホントに大丈夫なのだろうか。

 そして俺は、この男――船本になぜ既視感があるのかわかった。


――俺がこの男を知っていたからだった。

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