第4話
秋山寺正の国――
しかしその国の堂々たる成り上がり譚はもはや過去の話。現在危機に立たされていた。
強国であるとはいえ、周りの大国には敵わない。
さらに最近は内情の脆さも明るみに出てきた。
今から10年前、綉明国の大黒柱であり若い頃から寺正に付き添っていた忠臣、河東
それからは酷いことで、河東に従うものたちが続々と綉明国から去っていったのだ。現在では命令も無視され、実質独立国のような振る舞いをしているのである。
どうにもこの大乱の島国を征するのでは無く、国の安定に力を入れ始めた寺正を見限ってのことらしい。
さらに寺正は戦争で活躍したものを次々と貴族にしたものだから、貴族は武力を重視するようになっていった。
7大貴族、と呼ばれる家がある。まず大貴族が7家もあり、その7家全てが武に傾倒している。そこに空いた政治の空席。政治は一瞬で腐敗してしまった。
この国が未だに国としての形を為しているのは一途に秋山寺正その人の求心力だろう。寺正がいなくなったらどうなるのか。今の状況を鑑みれば答えは火を見るより明らかだった。
「報告は」
秋山寺正は様々な問題を黙殺していたが、かわいい孫の今後のことを思いようやく重い腰を上げた。
「
「柴森家、田村家、岡本家の三家の討伐に成功しました」
などなどの吉報が飛び交い、
――どうやら我らが綉明国は安泰であるらしい。
と皆がこぞって安心する中で、白い髭を蓄えた男――秋山寺正は難しい顔をしていた。
その顔を見た貴族らは、不可解極まりないという顔を浮かべていた。
それはそうだろう。戦争が始まって3日。たった3日で寺正反対派だったもの共を、まさに一網打尽したのだから。
さらには寺正の手回しが既に済んでいたのか、
それがなぜ、難しい顔をすることがある。この部屋にいる貴族が寺正のことを見た全員がそう思っていた。
そして寺正は決断する。
「7大貴族の席を3つまで減らす。武でも、策略でも、なんでもいい。国に自らの家の有能さを示せたものをその席に君臨させる」
寺正の、孫を思う気持ちが故の言葉だった。
◆ ◆ ◆
俺は今、絶賛死にかけ中だ。
春元の怒りに身を任せた攻勢。
これを軽々と避けてお前もまだまだだな。なんて言えたら格好もついたものだが、生憎なことに最初の受け流しで俺の刀があっけなく吹っ飛ばされててからはこの隠し仏殿を逃げ回ることしかできてない。
「おい逃げんな!?」
「刀がなきゃこうするしかないだろ! バーカ!!」
「腰にもう1振りあるじゃねえか! 抜けよ!」
死の鬼ごっこ。しばらく走っていたから俺も春元も息が上がる。だんだんと速度が落ちていく春元に対し、俺は余裕を保っている。これでも足には自信がある。
「……クソッ!」
ジリ貧というか、追いつけないとさとったのだろう。足を止めた。
春元が追いかけてこなくなったところで俺はもう1振りの刀――風輪刀に手をかける。
「お望み通り、切ってやろう」
風輪刀。この世界には、妖刀というものがある。刀によって能力はバラバラだが、雷を落としたり地面を操れたり。その力は絶大なものだ。
俺が持っている風輪刀は風の刃を起こすことが出来る。ただ起こせる風がせいぜい肌を傷つける程度という妖刀の中では最弱の部類。でも普通の刀よりはよっぽど凶悪だ。
俺が2振り目の刀に手を置いた時、春元は顔をしかめた。
「本当に、そんなんになっちまったんだな」
それはこちらのセリフだと声を大にして言いたいところだが、春元の反応はこの世界ではもっともなものだ。
この世界、刀が折れるなんてことが全くないのだ。そして誰が広めたのか、
――剣士たるもの刀は1振り以上持たぬ。
という謎の武士道精神がある。正直刀を2本刺ししているのはこの世界で数人しかいないと思う。
「……行くぞ」
抜いて、切る。刹那で終わらせる。
静寂、だった。その空間にあるのは静寂。
俺はこれが好きだ。どうしようもなく好きだ。心が興奮する。体の奥底からじんわりと染み込んでいく満足感。思わず叫び出しそうになる気持ちを抑える。
はっ、と短く息を吐き出す。そして俺は風輪刀を引き抜いた。
静寂を切り裂く風輪刀の一閃。しかし、肉を断つ感触は一切感じない。
――なぜ?
春本は動いていない。刀を見る。
ここで俺は、剣士としてありえない致命的失敗を犯していることがわかった。
風輪刀はいつも使っている黒刀より刀身が短いのだ。つまり、間合いの測り間違い。
……刀が春元に届いていなかった。
ドクドクと心臓の音が聞こえる。やばい、やらかした。どうする。そんな焦りが体を蝕む。
「お前の負けだよ。
白永刀を俺の目の前に突きつけてくる春元。
そんな余裕に俺はなぜか笑えてきた。
「油断してるな。バカ元」
そう、風輪刀は妖刀だ。その力をまだ使ってないのだから、まだ勝てる!
「死ね」
春元は怪訝そうな顔をしていたが、何かを感じとったような顔をして頭を下げた。
そうだ。それでいい! 俺は信じていた。春元の反射神経なら必ず反応できると。そしてまんまと
――勝った。
俺は春元に切りかかった。完全にこれは首に入る。春元は俺を舐めすぎた。
――本当にこれでいいのか?
俺の心でそんな疑問が生まれる。今なら生け捕りも可能だぞ、と囁いてくる。
――いや、ここでやるしかないんだ。そもそも外には敵がいるんだ。
覚悟を入れ直した時。
チン、と刃と刃がまじ会う音がする。
ナニカが俺の後ろへとんで行く。
何が起きた?
痺れる手の感覚。俺の手から風輪刀はなくなっていた。
「油断したな、姉貴。殺すことを躊躇った時点で僕の勝ちだよ」
黒刀、風輪刀共に俺から遠く離れところにある。
俺は、みんなを虐殺した弟に負けたのだ。負けた。
ガクリ、と体が崩れる。もう、体力はない。
「……俺の黒刀とお前の白永刀。どーにかしたら最強の妖刀ができる」
それだけ言った。もう十分だ。楽しかった。
「あーあ。俺がもっと強ければな」
「……そうか」
春元は興味がなさそうだ。
まあこれくらい頑張ればみんなも許してくれるかな。
そして、俺の視界は闇に落ちていった。
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