第2話

 俺は走っていた。主様のいる御殿へ。

 最短ルートの家と家の抜け道を通り抜けていく。表通りは既に敵の兵士がいた。


「あそこを通るのは自殺行為だしな……」


 1対1なら勝てるかもしれない。でも、2人以上を相手取るなんて無謀なこと極まりない。

 放たれた火が、家を飲み込む。

 知っている家々が形を無くしていく姿は痛々しい。


「どうか、生きていてくれよ……」


 泣きそうになりながら走っていく。からだに引っ張られるのか、感受性が高くなった気がする。


「あ」


 知っている人物を見て、思わず安堵の声が出ていた。

 そちらの人物、佐竹内成もこちらに気づいたようだ。


「おう、恭子。生きてたか」

「あ、ああ。状況は?」

「さっぱり、だな」


 首を横に振りながらそう答える内成。ただ、と言い内成は続ける。


「時間がねえのは確かだ。隠れ仏殿に向かってんだろ?お前は」


 頷いて答える。止まってる暇はない。とにかく、主様がそこにいることを祈るしかないのだ。


「佐竹成幸どのは?」


 佐竹成幸――おそらく現在頼れるだろう最強の剣士。

 もう既に敵と戦っているのだろうか。それとも――。

 嫌な予感がしながら、そう聞く。


「殺された」


 短く、しかし確かにそう言った。


「そんな……」

「俺を逃がすために。死んだ」


 内成の人より黒い瞳がこちらを見ていた。せめられてないのはわかる。ただ、どうしても少しビビってしまう。


「いや、すまねえ。ちょっと気が立ってた」


 俺の恐怖を感じたのか、いつもの様なフレンドリーな雰囲気に戻った内成は謝ってきた。


「は、はは。ギャップにビビったよ。ちょっとそういう雰囲気の方が女の子にモテると思うぞ」


 本当に申し訳無さそうだから、そう言ってやった。そしたら内成も少し笑ってくれた。

 それ以上会話はない。ただ、今なら。そう、今ならどんな敵も倒せる気がする。内成と、俺。絶対に負けない。負けられないのだ。






◆ ◆ ◆




 主様の御殿はまだ火で燃えていなかった。少しだけ安心した。まだ、手遅れでは無さそうだ。

 敵の兵士が御殿に10何人ほどいるのが見えた。


「恭子。俺が突っ込む。だから……後は、任せるぞ」

「それは……」


 内成の顔を見る。覚悟は固そうだ。

 だったら、俺も覚悟を決めないとな。


「……わかった。俺が隠れ仏殿に行く」


 その言葉だけを伝えた。内成は少しだけ笑っていた。


「じゃあな、泉山鳥恭」


 うおおお、と叫び声をあげながら敵に突っ込んでいった。

 本当にそんな声あげるやつがいるんだなと少しだけ笑えた。


「じゃあ私も行くか」


 走り抜けていく。敵が通ったぞ!という声が聞こえる。でも、大丈夫だ。内成が時間を稼いでくれる。




 ――右にまっすぐ行って、3つ目の左の道で曲がる。畳の部屋を通り抜けていって、そのまま仏殿へ。そして仏殿の仏様を避けると……。


「あった」


 隠し仏殿への道。よかった、最短で来れた。

 敵に警戒しながらゆっくり歩いていく。


「主様、いてくれよ……」


 そう祈りながら。




「あ、来ましたね」


 そう微笑んだ女性を見て俺は安心感で崩れ落ちそうになった。

 腰まである綺麗な黒髪。タレ目でおっとりとした雰囲気を纏う美しい人。


「ああ、主様。よかったです」

「他には?」


 俺は首を横に振った。


「佐竹成幸どのは討死です。息子の内成どのは一緒に行動していたのですが、私をここに行かせるために犠牲に……」


 あの状況での生存は絶望的だろう。それと、といい俺は続ける。


「ほかの方たちはわかりません。でも……」

「わかりました。あなたは充分尽くしてくれました」


 そう言われて、少しだけホッとした。来てよかった。


「それにしてもなぜこんな状況に……?」


 何か知っているかと思い、聞いてみる。

 そうしたら主様は悲しそうに俯いて、こう言った。


「秋山寺正様は知っていますよね」


 小国の将軍から周りの国を飲み込みわずか30年で今の国を作った偉大な英雄。知らないはずがない。彼はゲーム開始時には寿命でが、ストーリー中たびたび名前が出てくる。


「秋山様はご自分の死期を悟られ、後継者である孫の……光正みつまさ様の安全のため不安要素を摘もうとしているのです」


「それと今の状況がなんの関係が……?まさか、その不安要素に主様が入っていた、とは言いませんよね」


 自分でもわかっていた。そのまさかに入っていたのだろうと。でも、信じられなかった。なぜ?

主様は続ける。


「そのまさか、ですよ。不安要素、というのは強さも関係しているのでしょうね」


 ため息をつきながらそう言った。

 そう、主様は強い。異端の力。そう周りからは称される能力を主様は持っている。主様曰く、昔、主様が生まれる何世代も前に西洋の血が家系図に入ったらしい。それが今先祖返りで主様に西洋の能力が目覚めたらしい。

 それが、異端の力の正体だ。ちなみに俺には魔法にしか見えない。魔法少女の主様だ。


「それにしても、秋山寺正の大粛清、ですか」


 そう口にして、完全な確信を持った。

 この世界はゲームが始まる20年前だ、と。

 作中たびたび出てくる秋山寺正という名前。それは大粛清も例外ではない。20年前の大粛清が〜うんぬんかんぬんというセリフを覚えている。なんのキャラが言ってたっけ……。

 そんなことを考えていた時、ふと思った。もうこの世界で18年も暮らしているのか、と。それは確かに、ゲームのセリフやキャラもかなり忘れるよなあ。なんとなくしみじみ思う。


「さて、時間がありません。秋山様に敵として見られたのは残念ですが、とりあえず生きのびたいのでね」


 主様はそう言った。つまり、そういうことだろう。


「しんがりはおまかせください。……ああ、後。今まで本当に…本当にありがとうございました」


 俺は主様に心の底からそう言った。主様には感謝しかないのだ。本当に。

 そうしたら主様は驚いた顔をして、


「ふふ、そんなふうに笑えるのですね。似合ってますよ」


 ふわりと、笑みを浮かべてそう言った。その顔があまりに綺麗で見とれてしまいそうになった。


「絶対に生きて主様に会いに行きます。約束します」

「ええ、待ってますね」


 そう言って主様は奥に進んでいった。おそらく外に出る場所があるのだろう。


「絶対に、生き延びる」


 俺は自分にそう言い聞かせた。生き延びたら、自由に旅をしよう。そしてゲームの知識でもなんでも披露してやるんだ。そしたらみんな俺を褒めてくれる。

――ちょっと、幼いけどな。

 隠し仏殿に足音が響く。最初の敵みたいだ。まずは1人、仕留める。1人でも多く地獄に送ってやる。


「よーう、姉貴。久しぶりじゃん」

「はる……もと……」


 なんで、ここに。




――そうして、絶望の時間が始まった。

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