探偵は刑事を出迎える

 そう言えば久しぶりだな、という気持ちと共に富士宮ふじのみや駅のホームへと降り立つと、8月の熱気が一気に押し寄せてきた。なんとも熱烈な歓迎だ。静岡県警捜査一課の刑事、水田龍二みずたりゅうじは思わず苦笑した。


 静岡県富士宮市。富士山を擁することで知られる人口12万ほどの中都市。市街地はごく普通の田舎の街並みであるが、標高の高い北部には、朝霧高原や白糸の滝を始めとした広々とした自然が広がり、その北端には富士山が構えている。


 冬になれば北部側には雪も積もる地域ではあるものの、夏場は普通に暑い。色濃い青空に照り付ける太陽。それはそれで楽しいものだが、35歳のおじさんである龍二にはちょっと季節でもある。


 改札を出ると、見慣れた巨躯が龍二に向かって手を振っていた。身長は190cmほど、体重は軽く3桁を越え、某フライドチキンチェーンの立像を思わせるかのような白い頭髪に顎髭を持つ大きな体は、待ち合わせには持って来いだ。その歩く待ち合わせスポットが、「龍二くーん」と声を上げ、嬉しそうにぶんぶんと手を振っている。子供か。龍二も釣られて笑ってしまった。


義父とうさん、わざわざ駅までありがとうございます」

「いやいや、龍二くんこそ済まないね。江美えみ茉祐まゆちゃんも元気かい?」

「はい。茉祐は一緒に来たいと不満げでしたよ」

「それはそれは。じゃあ今度静岡に遊びに行かないと」

「はい。是非」


 巨躯の持ち主は、龍二のかつての上司であり、しゅうとでもあるやぐら竜太郎りょうたろうだ。現役時代は事件の流れ、いわゆる「スジ」を読み解く能力に優れ、「スジ読みの櫓竜ロウリュウ」の二つ名を県内に轟かせていた名刑事であったが、定年後はあっさりと故郷である富士宮へと引っ込んで隠居した。


 かつて龍二が畏れ、憧れた鬼刑事も、今では孫の成長がなによりの楽しみという好々爺だ。が、先ごろ、何を思ったのか急に探偵業を開業した。一人で大丈夫だろうかと危ぶんでいたが、ご近所のあれやこれやのトラブルをそこそこ捌き、うまく軌道に乗っているようだった。


「じゃあ、さっそく宿へと向かいがてら、確認していこうか」

「はい」


 刑事と探偵が何事かを確認すると言うと、何か事件でも起きたのかと思うが、そうではなかった。なんでも、山梨に住む竜太郎の悪友が遊びに来るので、駅周辺の観光スポットを下見しておきたいとの事だ。


 竜太郎は普段からこの町で過ごしているので、どこか魅力的なのかいまいちピンと来ない。そこで、静岡市に住む龍二にも吟味して貰いがてら、一杯やらないかとの事だった。


 竜太郎はまだまだ元気とはいえ、隠居の身でひとり暮らしだ。なにかと気にかけていた龍二はふたつ返事で承諾し、休暇を利用して訪れた、というところであった。


「まずはどこへ行くんですか?」

「フフフ。富士山世界遺産センターだよ」

「ええ? 義父さん、いきなりカマしますね」


 竜太郎は悪い顔でニヤリと笑った。山梨県民と静岡県民が同席する前で、富士山の話題は危険だ。両県に属している日本一の山については度々、「どちらの富士山が良いのか」といういさかいが産まれる。


 市ぐるみで対決イベントを開催するなど、ある意味「鉄板のじゃれ合いネタ」扱いにもなっているものの、その結果はめんどくさい事になりがちだ。義父と客というのも、そういう親しい間柄なのだろう。龍二は笑顔で応じつつも、同席はしたくないな、と考えていた。


「では、出発」


 竜太郎はそう宣言すると、浅葱あさぎ色の日傘を開いて歩き出した。その後ろ姿は、某国民的アニメの巨躯の動物のようだ。茉祐がみたら喜びそうだな、そんな風に考えながら、龍二も後に続いた。


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