探偵はゲストハウスで推理する
龍二がひと通りの対応を済ませて戻ってくると、竜太郎がラウンジで待っていた。
「龍二君、お疲れ様。どうだった」
「萌衣さんは病院へ搬送されました。容体は……まだなんとも」
「そうか。無事だといいね」
「まったくです」
萌衣が救急搬送された後、龍二は竹本に現場の保全を依頼した。事件か事故かはまだ不明だ。龍二は駐車場での顛末をひと通り話した。
「なるほど。やっぱり、熱中症なのかい」
「状況を見るとそうです。今朝、彼らが出かけたのが9時ごろ。救助したのが13時ごろ。その間ずっと車内にいたとすると、車内に4時間近くいた事になりますからね」
「冷房はかけていなかったのかい」
「いえ、かかっていました。それから、外付けのサンシェードも着けておいたそうです。車の上に被せ、ドアミラーやタイヤ付近にフックをひっかけて固定する形式のものなのですが、現場に行った時には外れていました。これは、駐車場脇の植え込み付近で見つかりました。なんらかの理由で、外れてしまったようです」
竜太郎は、風かな、それとも車上荒らしのような要因かな、と呟いた。
「車上荒らしのセンは薄そうです。と、いうのも、駐車場です。ゲストハウスが確保している駐車場ではなく、川瀬君が自分で見つけてきたとか。ここから歩いて3分ほどのわき道に入った所にある、空き地のような場所でした。下は打ちっぱなしのコンクリで、周りは木立ち。静かですが、日中は日差しがキツい場所でした。もし車上荒らしが狙うとしたら、もっと車が集中している場所を狙うでしょう」
竜太郎は腕を組んで聞いている。龍二はさらに続けた。
「三輪君と川瀬君に、朝からの行動を聞いておきました。今朝、我々と会う前、三輪君、川瀬君、萌衣さんの3人でコンビニに買い物に行ったそうです」
「千咲さんはゲストハウスに残っていた、と」
「はい。E-バイクの手配と確認をしていたそうです。男性陣2人は駐車場に車を止め、萌衣さんを車内に残して車にサンシェードをかけ、それからゲストハウスに戻って着替え、サイクリングへ出発したとの事です」
「もちろん、朝の時点では萌衣さんは元気だったと」
龍二は竜太郎の言葉に頷く。
「ふむ。車の免許だけど、千咲さんと萌衣さんは持っているようだったけど、男性陣の2人はどうなんだい」
「4人とも持っているそうです。コンビニに行く時は川瀬君が運転したとか。車は中型のステーションワゴン、AT車です。4人が乗るのはちょっと窮屈かな、という大きさですが、先月納車したばかりの新車だそうです」
問いに答えた龍二は、逆に竜太郎に聞いてみた。
「千咲さんの方はどうでしたか。大丈夫でしたか」
「さすがに動揺していたよ。やっぱり一緒に連れて行けばよかったと、相当責任を感じている様子だったよ。今は少し落ち着いて、部屋にいるはずだよ」
「面倒見がよさそうな子でしたものね。妹となれば、なおさらでしょうね」
「ああ。今日一日、なんだか胸騒ぎがしていた、とも言っていたよ」
「胸騒ぎ、ですか」
「うん。サイクリング中、なんだかいつもと違う感じだった、と。千咲さんだけでなく、三輪君も川瀬君も。いつもはそんな事は無いのに、三輪君はすぐに止まって写真を撮りたがったとか、川瀬君もいつになくドリンクを買って飲んでいたとか。自分も含めて皆、観光でテンションが上がってるのかと思っていたけど、後から思うと萌衣さんの件の予感のようなものだったのかもしれない、と」
「どうでしょうか。事故や事件に巻き込まれた方は、後からいろいろなものを結び付けて考えてしまいますからね」
「ああ。気の毒なことになってしまったね」
「ええ……」
龍二は竜太郎の言葉に、どこか歯切れの悪い返事をした。すると、竜太郎がひとつ咳払いをした。
「今日のこれ。龍二君は、単純な事故ではないのではと気になっている、と」
「はい。状況からすると不幸な事態が重なった熱中症と思われるのですが、なにかこう、少しづつ違和感があるというか。確かに、今日のような炎天下では熱中症の危険は高まります。ですが、小さな子供や高齢者ならともかく、成人女性がエアコン作動下で意識を失うまで車内に留まっているだろうかと……」
すると、竜太郎が背筋を伸ばして椅子に座り直し、ニヤリと笑った。いやな予感がする。
「龍二君、探偵の力が必要なようだね」
「ええ、まあ。少しでも不安を払しょくできる根拠があればいいのですが」
「謎は全て解けた!」
「謎」
竜太郎はびしっと人差し指を龍二に向けて宣言した。龍二は思わずラウンジ内を見回した。事故の件もあり、他に客の姿が無くて本当によかった。
「これは事故ではないよ。仕組まれた事件だ」
「事件って、いったい誰が」
「あの3人がぐるになって仕組んだんだよ。いいかい? 考えてみると、今日、萌衣さんの姿を見た人はいない。彼らが『車に置いてきた』と言っただけだ」
「はあ」
「サイクリングに出掛けたと装って、どこかで萌衣さんを殺害し、そして車への中へと押し込んだんだ。そして、そ知らぬ顔で、事故が起こった演技をしたんだ!」
「でもお父さん、車はキーロックした状態でしたよ」
「そんなのは簡単だよ。ドアのロックをかけた状態で、こう、ドアノブを引っ張ったままドアを閉めれば……」
「今の自動車はそういうのじゃロックできませんよ」
「え、そうなの?」
「はい。スマートキーの車はほぼ。付属のエマージェンシキ―でも使わないと、エンジンかけっぱなしで外からロックするのは難しいです」
「じゃあ使ったんじゃない。そのなんとかキー」
「エマージェンシキ―はスマートキーに付けっぱなしでした」
「付いてたんだ」
「はい。そもそも、なんであの3人が萌衣さんを殺害しなきゃならないんですか。仮に危害を加える動機があったとして、今日、3人は実際にサイクリング行ってるんじゃないですか。もし何か工作したとしても、その気になればE-バイクのバッテリー調べればわかっちゃいますし、何より、そのピザを買ってきたというのが、田貫湖方面まで足を延ばしたという証拠になるじゃないですか」
気まずい沈黙がラウンジに流れた。聞こえるの窓の外の蝉の声だけだ。かつての鬼刑事も、すっかり錆びついてしまっているようだ。龍二が黙って竜太郎を見つめていると、さすがにまずいと思ったのか、取り繕うように口を開いた。
「バッテリー……サイクリング。あっ、水筒! 水筒と言えば龍二君」
「水筒。ああ、川瀬君がスポーツドリンクを入れていた水筒ですか」
「そうじゃなくて、こないだ新しい水筒を買ったんだよ。私が」
「完全に事件から興味が逸れちゃってるじゃないですか」
「グラウラーって言って、地ビールを入れて持ち帰る時に使える奴なんだけど、持って来たから見るかい?」
「ええ? そんなの買ったんですか。後で見せてもらいたいですけど」
竜太郎は目を合わせようとせず、しきりにお勧め地ビールの話をしている。そして、急に何か思いついたというように、ポンと大きく手を合わせた。
「それにしてもちょっと疲れたね。そうだ龍二君、そろそろ予約しておいたテントサウナの時間だよ。考えをまとめるのもいいけど、まずはひと汗かいて頭と体をリセットしようじゃないか」
誤魔化したな。龍二はそう思ったが、黙って頷いた。確かに、思わぬ事態になってまだ落ち着ききれていないところはある。サウナに入って冷静になるのは悪くないし、未知のテントサウナというものも体験してみたい。――それに、サウナであればあるいは。
かくして2人はいそいそと水着に
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