第29話 出発

 次の日の朝、宿舎を出て隊舎の前まで行くと集合時間の十分前であるにも関わらず、既に俺と立華りっか以外の全員が大きな荷物を持って待機していた。


「遅いよれん


 俺の姿を見るなり結衣ゆいが眉間にシワを寄せながら苦言を呈してきた。


「ごめんごめん。十分前でいいかなと思ってたんだけど、まさか皆んなこんなに早くきてるとは思わなかったからさ」


「だからもっと早く出た方がいいんじゃないかと言ったのに」


「なんだよ、立華りっかだってのんびりしてたじゃないか」


 横で呆れる立華に俺は文句を言う。


「新人のくせに一番最後に来るとは中々図太い神経してるっすね」


 小嶺こみねに痛いところを突かれ反論できずにいると、何やら紫音しのんが、ぼそっと呟いた。


「……小嶺も今きたばっか」


「あたしは先輩だからいいんすよ」


 と小嶺は堂々と言い放った。


「……ん? 俺が最後?……大隊長は?」


 全員揃っていると思ったが、よく見たら男鹿おが大隊長の姿が見えない。例によってギリギリに来るのだろうか。


「大隊長ならすでに来てるぞ」


「え? どこですか?」


「アレだ」


 朝日奈あさひな中隊長が指を差す方を見ると、一台の大型トラックがこちらに向かって走ってきていた。


 トラックはそのまま俺たちのいる隊舎前に止まると、運転席の窓から大隊長が顔を出した。


「おお、全員揃ってるな」


「大隊長、酒飲んでないっすよね?ちゃんとアルコール抜けてます?」


「飲んでねーよ!人をアル中みたいに言うんじゃねえ。いいからさっさと乗れ」


 大隊長は軽口を叩く小嶺を手で追い払い、後ろに乗るよう促した。


 トラックの幌の中は左右に一列ずつシートが付いており、床にはシートなどなく剥き出しの金属が無骨な印象を与える。


 俺は幌に乗り込み、右側のシートに座る事にした。


 俺の右側に立華が座り、左側には結衣が座る事になり俺は二人に挟まれるような形で座る事になった。


 対面のシートには小嶺と紫音、朱利しゅりが座り助手席に朝日奈中隊長が座る形となった。


 トラックが発進するやいなや立華はポケットから携帯を取り出しゲームを始めた。「酔うぞ」と俺が注意すると「酔うわけないだろ」と立華は言い放った。まあ言われてみればそうかと俺は納得する。


 対面に座る小嶺達を見ると、何やら紫音がまっさらな霊符を小嶺に貼り付けている。


「何してるんだ?」


 俺が聞くと紫音はこちらを見る事なく、淡々と作業をしながら返事をする。


「……解呪。移動時間にやっておこうかと思って……」


「へえ、そういば解呪ってどうやるのか見た事ないな」


 俺が興味深く解呪の様子を見ていると、小嶺の体に貼った白紙の霊符がいつの間にかびっしりと文字で黒く染まっていた。


「なんだそれ?どうなってるんだ」


「体の中の呪詛を霊符に移してるんすよ。自分の中にこんなのが溜まってるのかと思うと気持ちわりぃっすけどね」


 紫音が黒くなった霊符を外し、新しい霊符へと貼り変えると、小嶺の体から呪詛が吸い出される様に霊符へと移っていくのがわかる。まるで墨汁につけた半紙みたいに見る見るうちに霊符は黒くなっていく。


「解呪はどの程度進んでるんだ?」


「……まだ10%程度。……この呪詛式は相当タチが悪い。……作ったやつは絶対性格悪い」


 恨み言の様につぶやく紫音の言葉にふと、呪詛をかけた張本人である八尋やひろの顔が頭に浮かんだ。


 ──あいつは今どこにいるんだろう。


 俺を襲った理由を上からの命令と言っていたが、やはりあいつも反乱分子の一人なのだろうか。だとしたら一体どうしてそんな組織にくみする事になったのか、俺はあいつ自身の口から直接聞きたい。


 俺はそんな事を考えながら、目的地に着くまでの間トラックに揺られるのだった。

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