第13話 決着

 八尋やひろの放った封縛の霊符から伸びた黒い影は、小嶺こみねの体を蝕む様に絡み付いていく。


「くっ!」


 小嶺はまとわりつく影を懸命に振り払おうとする。


「無駄だよ、一度発動したら振り解く事は出来ない」


 体を侵食された小嶺は息をきらせ、その場に膝をついた。


「……体が、重い」


「霊力を阻害する術式だからね。聖霊刃による身体強化などの加護が消えてるのさ。よく見てみなよ君の聖霊刃を」


「な、鶴醴かくれい!?」


 小嶺は、右手に握った自分の聖霊刃鶴醴を見て驚く。先程までハルバートの形をしていた鶴醴が、覚醒前の状態に戻っていたのだ。


「勝負あったね」


「舐めないで欲しいっすね、これくらい丁度いいハンデっすよ!」


 自らを奮い立たせ八尋に斬りかかる小嶺、だがその動きは先程までに比べると明らかに精彩を欠いていた。


 八尋は余裕の表情を浮かべながら攻撃をいなし、小嶺の脇腹に強烈な蹴りを叩き込む。


「ガハッ」


 吹き飛ばされ、血を吐き倒れる小嶺。


 八尋は悠然とした足取りで小嶺へと近づき、トドメを刺そうと刃を振り上げる。


「終わりだよ」


 八尋が刃を振り下ろそうとした瞬間、俺は小嶺を助けるため走り出していた。


 ガキィン

 

 走りざま繰り出した俺の攻撃を、八尋が受け止める。


「……何やってんすか、早く逃げてくださいよ」


 その場に膝をついたままの小嶺がそう告げる。


「さっき庇ってもらったから、これで貸し借りなしだ!それに、俺を守るために殺されそうになってる人間を見捨てて逃げられるわけないだろ」


「格好つけて、正義の味方気取りかい?彼女の言うように大人しく逃げていればいいものを」


 八尋は皮肉めいた嘲笑を浮かべ俺を見る。


「もっとも、逃すつもりはないけどね」

 

 八尋の目に殺気が宿る。直後に繰り出された蹴りで、俺は後方に吹き飛ばされた。


 何とか地面にダウンするのを避けたが、八尋はすでに追撃するべく刃を振るうモーションに入っていた。


 ──不味い!


 あの太刀筋の読めない謎の攻撃がくる。何とか回避しなければと俺は思考をフル回転させる。小嶺のように砂埃を巻き上げるか?駄目だ、俺には砂埃を巻き上げるだけの爆風を起こす事は出来ない。


 ──やられるっ!


 俺は死を覚悟した。


 『伏せろ!』


 どこからか聞こえた声に従い、俺は咄嗟に身を屈める。


 ビュン!という風切音と共に、風圧が頭上を掠めた。


「かわした?」


 避けられると思っていなかったのか、八尋は少し驚いたような素振りを見せる。もし、あのまま立ち尽くしていたら、恐らく俺の首は切断されていただろう。


『聞こえるかれん?』


 先程の声がまた聞こえた。しかもよく聞くとその声は聞き覚えのある声だった。

 

「この声は、立華りっかか?」


 俺の問いかけに、『そうだ』という返事が返ってきた。どうやら脳内に直接語りかけているらしい。


『それよりいいか煉、あいつの能力は恐らく空間に干渉する類のものだ。攻撃の瞬間に刀身を別の座標から出現させて斬っているんだ』


 なるほど、あの不可思議な斬撃はそういう事か。しかし、それが分かったからといってどうすればいいのだろうか。そんな俺の思考を読み取ったのか立華が答える。


『距離を取られると不利だ、近づいて接近戦に持ち込むんだ』


「でも、どうやって? どこから飛んでくるかわからない攻撃を避けながら接近するなんて・・・・・・」


『攻撃が飛んでくる方向に、一瞬だが空間の歪みのようなものが見られる。周囲を注意深く見ていれば気づけるはずだ』


 簡単に言ってくれるよな、と俺は心の中で毒づいた。


「死角から攻撃が来た場合はどうする?」


『そっちは私が対処する。だが後手に回り続けていたらジリ貧だぞ』


「わかった」


 そう答えるのと同時に、俺は地面を蹴り走り出した。


 距離を詰めさせまいと、八尋が攻撃を仕掛ける。立華に言われた通り、俺は周囲を注視する。一瞬だけ、前方右斜めの空間が陽炎のように揺らいで見えた。


 ──これか!?


 俺は咄嗟に足を止め、右斜め後ろにバックステップをした。


 予想した方向から現れた刃は、俺の目の前を掠めていった。やはりさっきの陽炎の様な揺らぎが攻撃の前兆なんだと俺は確信した。


「ちっ」


 二度も続けて攻撃をかわされた八尋は、明らかに苛立っていた。


「調子に乗るなよ」


 八尋は攻撃の手を緩める事なく、連続して一回、二回、三回と刃を振るう。


 右上の空間が歪み一太刀目ひとたちめの斬撃が襲ってきたが、俺は左に跳んで躱す。


 続いて左下からの掬い上げるかの様な二太刀ふたたち目の斬撃を刀で受ける。


 ──残りはあと一太刀ひとたち


 だが、視界には三太刀さんたち目の前兆が見えない。


 ──死角からの攻撃が来る!


 一瞬、脚が止まりそうになったが、立華を信じて俺は全力で八尋へと走り出す。


 バギン! という音が背後から響く。死角からの攻撃だ。


 だが死角からの一撃は、分厚いガラスの様な壁に阻まれていた。


 霊殻れいかくだ。本来は聖霊刃を持つ者の周囲を守るよう広がっている防御結界だが、立華がそれを収束し強度を上げ八尋の斬撃を防いだのだ。


「なに!?」


 八尋にとってもこの結果は予想外だったらしく、一瞬攻撃の手が止まった。


『行け!』


 立華の声と共に、俺は一気に八尋との距離を詰め、肉薄する。


 ──届いた。


「はあぁー!!」

 

 俺は八尋に向かって刃を一気に振り下ろした。


 手応えはあった。だが八尋の姿はそこに無かった。あるのは地面に落ちた血痕だけだった。


「いない!?」


『後ろだ煉!』


 すぐさま後ろを振り返ると、傷口を手で押さえ膝をついている八尋の姿があった。


「いつの間に?」


『どうやら斬られる瞬間に空間移動したようだね』


「油断したよ……少し侮りすぎたみたいだね」


 思いのほか、傷が大きかったのか八尋は渋面を浮かべている。ダメージを負ったとはいえ油断できないと思い、俺は八尋に対して構えを解かない。


「安心しなよ、今日のところは退いてあげるよ。流石に時間もかけすぎたしね」


 八尋が横目で資材置き場の入り口の方を見る。視線の先を追うと、武装した警邏隊けいらたいが駆けつけてきたのが見えた。おそらく結衣ゆいが助けを呼んだ者達だろう。


「煉、きみはいつか後悔するよ。立華と出会ってしまった事をね」


 八尋は手に持った聖霊刃の彩羅沙さらさで空間に裂け目を造ると、その中へと入っていく。


「待て八尋!」


 俺は逃すまいと八尋を追おうとしたが、すぐに空間の裂け目は閉じてしまった。


『どうやら撤退したようだね』


「ああ」


 とりあえず一安心といったところか。だが、去り際に放った八尋の言葉。あれは一体どういう意味なんだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る