第24話
言葉にはならない。声にもならない。
もはやそれは、肺から押し出された息が、喉で鳴る音でしかなかった。
コモの既に骨しか残されていない顔が、熱ではなくもはや圧倒的な力でしかない光で焼き潰される。僅かに残されていた肉は消し炭と化し、骨は白く残ることなく黒く焼け焦げ、崩れる。瞼は熱で捲れ上がり、露出した眼球が即座に沸騰し、蒸発する。焼け落ちた頭蓋の中で、脳は煮え上がり蒸発した水分で頭蓋が膨れ、炭化した頭蓋の隙間から溢れ出す。
その全ては、幻覚だ。
溶け崩れているのはリューイの機体だ。コモではない。コモの肉体は、リューイの機体の奥、核心とも言える場所に収められている。機体の全てを消し飛ばされない限りは、傷つかない。
だがコモはリューイと『繋がって』いる。その繋がりが、コモへリューイの感覚を流し込んでいる。
この痛みは初めてではない。機竜の光弾に焼かれることは、経験済みだ。リューイの記憶として。だが今コモを焼くこの痛みは、リューイの記憶を共有した時の比ではない。記憶の中の痛みは、もっと遠くぼやけたものだった。
現実だ。この痛みはもはや、コモの痛みだ。
「―――――――――――――――――――――――――――――――ッッッ」
悲鳴は止めどなく溢れる。感覚ではすでに沸騰し蒸発したはずの脳が、絶え間なく痛みを感じ続けている。
鉄の味が口内に広がる。焼け焦げた歯や舌、すでに無いはずのそれらで感じる味は炭ではない。血の味。生きた血潮の味だった。
裂けた喉から溢れる血の匂い。鼻腔いっぱいに広がる鉄さびの香りが、コモを僅かばかり肉体に引き戻した。
狭く、暗い場所にコモはいる。暑くも寒くもなく、埃っぽくも乾いてもいない。忙しない呼吸でコモはそれを知る。
暗闇の中、コモは自身の顔に触れる。恐る恐る、指先で。
濡れた感触。ひ、と喉が鳴るが、そこに痛みは無い。更に触れる。柔らかな曲線を描く鼻、震える唇、薄い瞼がそこにはある。切り落とし、剥がれ落ち、焼け落ちたはずの顔面がある。
少しずつ闇に慣れた目が、ぼんやりと自身の指先を認識する。コモの感覚では、焼け落ちたはずの目が。
コモの頬を、鼻を、顎を濡らすのは、コモ自身から流れ出した涙や、涎や、鼻水、そういった体液の類だ。そこに血液は含まれていない。
僅かに咳き込む。絶叫で傷ついた喉が痛んだ。
背中に、腕に、足の裏に触れるものがある。それは壁だ。リューイの『中』を構築する壁。
リューイの『中』に『コモ』はいる。背を丸め、膝を抱えるように身を縮めている。手も足も、もちろん頭も揃った五体満足で。
そこは膝を抱えたコモひとりを収めるので精一杯の広さしかない、リューイの中の『隙間』のような場所だった。リューイには、もう自身の中にそれだけの空間しか確保できない。
「コモ」
静かに呼ぶ声は、常と変わりのないリューイのものだった。いたずらな少女のようにも、はにかみ屋な少年のようにも聞こえる声。
その先に続けられる言葉を、コモは知らない。予測できない。
「リューイ」
コモは応える。最愛の友の呼び掛けに。
それは今までに出したことの無いほど、震えた声だった。
リューイの機体の損傷は、もはや修復不可能な域に達している。繋がりが薄くなっているコモにも、それは感じられていた。
コモを『中』に匿ったまま、飛ぶことすらできない。
リューイは、何かを考えている。思考の間が、コモの上に降り積もる。
暗闇で、卵の殻に包まれるように膝を抱え。
コモは。
自身の喉で息を吐いた。震え、血痰の混ざる呼吸は鈍い痛みを伴っている。
息を吸う。涙と絶叫で吐き出した唾液と鼻水とで汚れた顔を拭う。
深く、深く息を吸う。
リューイと『繋がって』いるために。
「コモ」
「いいの」
ひび割れた声で応える。言葉を紡ぐ唇は、もう震えてはいない。
コモは決めたのだ。リューイと戦うと。
「あたし、リューイとどこまでも一緒に行くよ」
街を出た時に、そう決めたのだ。もう帰らないと。閉じ込められるくらいならば、どこか遠くへ行きたい。
だから。
「戦おう」
すでに戦うことなどできないと、わかってはいる。リューイは捕らえられ、解体されるのだろう。コモは連れ戻され、またあの『街』で死んだように生きるのだろう。
けれど座してその瞬間を待つわけにはいかなかった。結果そうなってしまうとしても。諦めるわけにはいかない。リューイのことも、コモ自身のことも。
その感覚は橋から飛び降りた時に似ていた。ただ違うのは、身体を残したままというところ。意識だけを、深い場所に落とし込む。
遠ざかる自身の身体感覚。
「約束したから。海、見に行こう」
ね? コモは笑う。意識だけで。微笑みは、コモの胸の内、深い場所から生まれている。
コモは『目を開く』。
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