第22話
それはリューイの言葉と似た感覚で、コモに届けられた。声のようで声ではない、直接頭の中に流れ込んでくる意志とも取れるもの。
『ころすな』『止まれ』
断片的なそれは、リューイの言葉ではない。そしてコモの言葉でもない。直感で、コモはそれを黒の機竜の――その登場者の言葉だと悟っている。漆黒の棘。それに貫かれた瞬間に、声は聞こえたのだ。
「ジョン」
コモは呼びかけている。自身の言葉が黒の機竜に届いている、という確信は無かった。ただ、純粋に届けたいと思った言葉だ。
『コモ』『イ号に』『か?』
どうしてだろうか。コモは言葉を交わせたと理解した瞬間、嬉しいと感じていた。わかり合えなくとも、友達と話せることは、純粋に嬉しい。
「あたし、戦うよ」
『こも』『なぜ?』『降りろ』『危険』
コモの一つの答えに、ジョンからの応答は矢継ぎ早であった。
疑問と同時に命令が差し込まれ、コモは少しだけむっとする。むっとして、でも笑いだしたくなる。友達と喧嘩をするなんて、生まれて初めてだ。
「戦って、勝つよ。」
『危険』『危ない』『兵器』『人が』
『無駄だよジョン』
その瞬間に声は途切れた。男のものではない、むしろ少年に近い声と共に。
静寂が訪れる。現実のものではないはずの無音に、コモは耳が痛むような気がしている。
最後に聞こえた声は、冷徹な少年のようにも冷血な少女のようにも聞こえるものだった。子どもから、幼児性を剥ぎ取った末に残された純粋さをそのまま声にしたような。
それはどこかリューイに似た声だった。
「コモ? 平気?」
は、とコモは詰めていた息を吐いた。夢から覚めたような、突然見ていたテレビを消されたような、そんな感覚に包まれている。
長い時間そうしていたように思われたが、目の前の光景は変わらない。
リューイの口は相変わらず黒の棘に絡みつかれ、開くことは叶わない。接触しているのと変わりのない近距離、光弾を放つ絶好の機会であるのに。
口を拘束する棘に対し、リューイは自身の棘を使い、引き剥がそうとしている。口に食い込む棘と自身の表層との間に自身の棘をねじ込み、なんとか逃れようとする。それと同時、リューイは黒の機竜との間に伸びる棘に自身のそれを巻き付け、引きちぎろうとする。
金属が擦れ合い、摩耗する音が響き渡っている。気色の悪い羽虫が立てる羽音のようなその音に、コモの背が粟立つ。
状況は拮抗している。
「何か、今、声が聞こえた」
「混線したんだね」
「そんなことあるの?」
「うーん、あったからある、としか」
状況とは反し、リューイの声は常と変わりがない色をしている。
「あたしがいなかった時も?」
「うん、少しだけ」
「あっちの――ジョンと話した?」
「あんまり。一方的に投降を勧められただけ」
「そっか」
沈黙。コモは思考する。先程聞こえた声のことを。
「たぶんだけど、ジョンは迷ってる」
「どういうふうに?」
コモの安定しない語尾に、リューイは疑問を重ねる。
「あたしたちを、攻撃すること?」
「ぼくを撃たなかったことと関係しているのかな」
黒の機竜は、搭乗者――ジョンを回収してからも、リューイに対して光弾を使用していない。
コモもそのことは知っている。記憶はリューイと合流した時に共有していた。
「恐らく、コモがジョンから聞いたように目的はぼくの確保だ。できる限りきれいな形で捕まえたいはずだよ」
「うん」
それならば光弾を使わないということだろうか。
「でもぼくらの確保が難しい、できない、ってわかった時には、目的は変わる」
「どういうふうに?」
「完全な破壊」
どきり、とコモは胸の内が跳ねるのを感じる。
「ぼくの持つ機密だとか技術だとか、そういうものが他国に渡るくらいなら、跡形も無く消してしまうだろうね。そしてたぶん、向こうの機竜はそうしたいと思ってる」
「撃ってこないのは、ジョンのせい?」
「きっとね」
コモの耳朶の奥深く、先程聞いた焦燥にまみれた男の声が蘇る。記憶の中で『危険』と繰り返す声は、遠く聞こえるサイレンに似た歪みを持って響いていた。そして『無駄』と切り捨てた、少年のような冷たい声。
「じゃあその前に」
「うん。あっちがぼくらの確保を迷っているすきに、勝負を決めないと」
そのためにはまずこの状況を打破しなければ。絡み合う棘と棘が軋みを上げる中、コモは思案する。
「あのね、リューイ。たぶん一度きりしかできないと思うんだけど」
「うん」
おそらく、光弾を撃てるのもあと一度きりだ。今までの戦闘継続時間、そして削られたリューイの機体がそれを物語っている。この一撃は、必ず当てなければならない。そしてこの一撃で、相手の機竜を屠らなければ。二人に明日はない。
「――うん。やってみよう」
リューイの言葉には何の気負いも逼迫も感じられない。コモは笑う。密やかに、口元だけで。
「どうしたの?」
「ううん。なんでもない」
笑いは胸の奥から生まれ、自然とこぼれ落ちていた。ただ、共にあること。次の行動で今までのことが何もかも台無しになってしまうかもしれないのに、それだけで奇妙に心強い。コモの生まれてから十年と少しだけの人生の中で、そんなことは初めてだった。
リューイと、もっと一緒に居たい。できるだけ長く。できるならずっと。
「いこう。リューイ」
コモは眼の前の光景を見据える。呑まれそうな黒に染まった棘と、そこに絡む始まりに似た色、白の棘を。
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