第15話
沈黙。それはこれまでのリューイがもたらした物とは違う無音だ。あれ、とコモは思う。何か言ってはいけないことを言ってしまっただろうか。
訂正するべきだろうか。コモが唇を開く、刹那。
「コモと同じ身体を持っていて、コモと同じ記憶を持っている。それはコモだよ」
穏やかな声が落とされた。それはどこか、言い聞かせるような、教え諭すような響きを持っている。コモはそんな気がしている。
「そうなのかなぁ……」
でもその『あたし』は今のあたしとは同じではない気がする。だって『今のあたし』は居なくなってしまっているのに。その『あたし』は何か決定的に『あたし』とは違うのに。
コモは思う。考える。けれど口には出さない。どうしてか、言ってはいけないような気がしている。
「でもこれはたとえ話だから、コモの代わりは居ない。ぼくが一緒にいるから、大丈夫だよ」
ね? リューイの声は、膝に視線を落とすコモの頭をそっと撫でた。「この話はもう終わり」と言外に含ませて。
「再起動したロ号機が来るにせよ、急造のニ号機が来るにせよ、ぼくらに今できるのは待つことだけだ」
「もう来ないかもしれないしね」
「それは楽観的」
コモは歯を見せて笑った。
「二機同時に来ることも考えられるけど、可能性は低いと思う。向こうは目立つことを避けるだろうし」
「そっか」
「更に可能性は低いけど……海外製の機竜が来ることも、一応考えておくべきかな」
「海外?」
「ほとんど可能性は無いけれど。研究所が海外に協力を要請するとは思えないし……機竜の技術が元々は海外製だとは言っても」
海外。海の向こう側。コモが知らない国で作られた、リューイと同じ機竜。
「……ちょっと見てみたいかも」
「見るだけで済めば良いんだけどねぇ」
出逢うのは、きっと戦うことになる時だ。友達になれたら良いのに。――ジョンのように。
金森ジョン。どことも知れない商店街で別れた姿が再びコモの脳裏に浮かぶ。ほんの二時間、買い物に付き合ってもらっただけだ。それでもその二時間は、コモにとっては初めて友達と過ごす二時間だったのだ。
バイバイ、と手を振ったあの時。ジョンは笑って見送ってくれたが、やはりどこか困ったように眉を下げていた。あの笑い方がジョンの普通だったのだろうか。叱られた柴犬のような、困惑と戸惑いと――どこか寂しそうな笑み。どうしてあんな笑顔になるのだろうか。
やっぱり、連絡先くらい交換した方がよかったかもしれない。また会える? と問いかけられた時、「いつかね」とごまかしてしまったけれど。これでおしまい、なのは少しもったいない気がする。
「そうだ、コモ」
「なに?」
「携帯端末を少し貸してくれない?」
「なんで?」
「これから先、今日みたいに別行動をした時に、きちんと連絡が取れるようにしたい」
それは、つまり。
リューイから電話が来たり、メッセージが届いたりする。コモは留守番電話に残されたリューイの声を聞いたり、一時間前のメッセージに慌てて返事をする。今までおじいちゃんとしかしたことの無かったやり取りを、これからはリューイと。
コモは二度瞬く間に想像していた。友達ではなく、大好きな相手からくる連絡を。
想像しただけで、髪が浮き上がるほど胸が躍った。
「ちょっと待って!」
放りだしていたランドセルに慌てて這い寄る。
そんなに慌てなくても、というリューイの言葉にも気付かない。引き寄せて金具を外し、逆さまにする。教科書とノートと下敷きと、筆箱とあと何に使ったのかよくわからないプリントとが、音を立ててこぼれ落ちる。
携帯端末は、最後に遅れて転がり落ちた。コモはランドセルを投げ捨て鷲掴みにする。
「はい!」
「うん、ありがとう。ここにちょうだい」
コモの傍らの壁が、音もなく僅かにへこんだ。リューイに見せつけるように掲げていた携帯端末を、コモは慌てて押し込もうとする。が、直前で考え直しそっと収めた。
ふっ、と携帯端末の画面が灯った。コモはどきりとする。不在着信の文字が、そこに見えた気がしたのだ。しかし文字を認識する前に画面は消え、やはり音もなく壁はふさがった。携帯端末を飲み込んで。
「そうだ、充電」
「ここで充電できてるから、大丈夫」
「そっか」
無線充電かあ。コモは呟く。
「お腹すいてない? パンとおにぎりあるけど」
「たべる!」
コモは疑いもなく手を挙げている。もう会えない友達のことはすっかり意識から抜けている。
明日もあさっても、今日と同じリューイと過ごす日々が待っていると、そう思っている。
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