つまんない花畑

桜野 叶う

つまんない花畑

「辺り一面が、ピンクと、白に覆われていで、色鮮やかです」

 朝。和良かずらは、いつも通りにテレビを見ていた。そこで、最近、話題になっていると言う、色鮮やかで綺麗な花畑が、取り上げられていた。

 およそ東京ドームと同じくらいだと言う、広い土地。そこに映るは、桃と白が混然した、可愛らしい色味の花の絨毯じゅうたんだ。

 花と桃色が好きな和良は、この可愛らしい絨毯に、魅了された。

 テレビでの特集が終了した後、和良はスマホを手にとり、アナウンサーが言っていた、花畑の名前を検索した。日下野くさかの花畑。すると、すぐに出てきた。やっぱり話題になってるんか。

 SNSでも検索してみた。これも、すぐに沢山出てきた。ところが、出てきた花畑についての投稿は、どれも不穏なものばかりだった。

『この花畑はつまんない。画像にあったものとは全然違う。詐欺畑だ。蜂もめっちゃ飛んでたし、最悪』

『何もなくて、ただのクソ』『おはじき集めたようなとこ』

『ただただ広いところに、地味なのがあるだけ』『どうしてこれが話題になってるのかが、分からない』

“つまんない花畑”と言うワードをよく見かけた。花畑を好評するものもあったが、酷評の方が多い印象。

 どうしてこんなに? と、和良は疑問を持った。そして、どうして花畑に面白さを求めるのかと言う疑問も、同時に湧いた。それを求めるのなら、どこの花畑に行っても同じではないのか。

(まあ、今度行ってみるか。行きたいと思っていたし)

 和良は、今度の休みに、その花畑に行ってみることにした。


 日下野花畑。雲のかたまりがちらほらと見えるだけの、青空の下。

 テレビで言っていた、ピンクと白の絨毯が、見事に映えていた。和良は近づいてじっくり見てみた。たしかに、おはじきみたいな小さな花だ。桃と白と、可愛らしい。

 ミツバチがぶんぶんと飛んでいた。そして、お花に止まって、みつを集めているらしい。長閑のどかでほっこりする。

 奥の方も行ってみよう。東京ドームと同じくらいの面積だと言っていた。

 しばらく歩くと、ポツンと、桃でも白でもない、色を見つけた。やがて近くなると、それは、小さな屋台であった。車輪が付いている、リアカー屋台だ。世知辛い社会を生き抜くサラリーマンが、仕事帰りに立ち寄って、味の染みたおでんを食べて、ビールを飲み、しみじみとしている絵が浮かんでくる。

 しかし、そこの屋台で売っていたのはパンであった。はちみつパンと書いてある旗が、屋台の側に立っていた。そのかたわらで、おじさんが一人、テーブルの椅子に座っていた。花畑を眺めているらしい。

 おじさんは、和良を見、椅子から立ち上がった。

「いらっしゃい。はちみつパン食べる?」

 おじさんは言った。はちみつパン。屋台の奥を見る限り、食パンにはちみつを塗ったものだろうか。

「うちでは養蜂もしてるんだよ。いくつかの箱を使ってね。そこからとったはちみつを、焼いたパンにのっけて食べるのさ」

「じゃあ、ひとつ」

「はいよ。っあ、そこの君もいるかい?」

 おじさんは、ちょうど通りかかった青年にも、声をかけた。青年は、和良とも近い年頃の、綺麗な男の子だ。

「はい。お願いします」 

 青年は、怪しがることもなく、笑顔で答えた。

 はちみつパンができあがるまで、二人は、傍らにあるテーブルの席に座った。

「綺麗ですよね。あの花畑」

 青年は、和良に話しかけた。

「ですよね。前にテレビで見て、いいなと思って、来たんです。可愛くて綺麗です」

「多分、僕もそのテレビを見て来ました」

「あっ、そうなんですね。やっぱり良いですよね、ここ」

 そこへ、できあがったはちみつパンが届けられた。

 二人は、そのパンをさっそく一口。ゆっくりと噛んでゆく。すると、二人は目を輝かせ、舌鼓を打った。

「んー、美味しい!」

 二人の声は、見事にシンクロした。

「はちみつの味が染みてる」

「最高です!」

 二人は顔を見合って、感想を述べ合った。

「そういや、ここってやっぱり、よく人来るんですか」

 和良は、尋ねた。

「うん。来るときは結構、来るね。でも、ここの店まで来る人数は、そっからかなり絞られる。ここまで、来ずに花だけちいと見てすぐに帰る」

「えー、もったいない」

 青年は言った。和良も同じ思いだ。こんなに美味しいはちみつパンの味を知らずに帰るなんて。あの花畑の長閑さ、ほのぼのとした感じも知らずに帰るなんてね。それでつまんないとS N Sに書き込むのだ。それは、何も収穫せずに帰ったからだろうに。

「私が思うに」

 おじさんは口を開いた。

「ここまで来る人と、すぐに帰ってしまう人の違いって、この花畑をちゃんと噛んで味わっているか、口に入れてすぐに飲み込んでいるかだと思うんだ」

「と言いますと?」

「このはちみつパンもそうだけど、ちゃんと噛まないと、ちゃんとした味が味わえない。ただ丸呑みしただけだと、本来持つ味を味わえないまま、腹まで行っちゃう。それに、噛まずに飲み込むと、あんまり腹は満たされないから、ものたりないと感じるのだろう。それでつまんなく感じちゃうのだろう」

「なるほど」

 二人は、おじさんの話に納得したように、相槌あいづちを打った。

「しかし、お二人さんは、本当によく噛んで味わうタイプなんだね。花にしろ、パンにしろ。ちゃんと噛んで、味わって、楽しんでいる。それを見ている私まで楽しくなるよ」

「そりゃあ、人生、楽しく生きていく方がいいに決まってますから」

「そうです、そうです」

 二人は、笑顔で言った。

「つまんなく生きても、楽しく生きても、どうせ終わってしまう、ひとつだけの命。それだったら、楽しく生きた方が絶対に良いです」

 ただ丸呑みだけして、酷評ばっかりしてる人生なんて、絶対に御免ごめんだ。そんなの本当につまんないし、損ばっかりしている。

 そんなのよりも、噛んで噛んで、味がなくなるまで、味わい尽くして、腹も心も満たされるような人生を送った方が絶対に良い。もちろん、ミルク、チーズ、小松菜など、舌に合わないものは、無理に食べる必要はない。舌に合わないものを噛み続けると、だんだん吐き気がしてくる。

 芋や、メロンや、プリン。あとは、シュークリーム、エクレアなど、甘くて好きなものは、どんどん味わい続けていきたいな。

 疲れて、ムカムカしているときに、冷蔵庫にあるプリンを食べると、タイマー付きだけれど、うれしい気分になる。そんな、プリンみたいなのが周りにたくさんあれば、うれしい気分もたくさんゲットすることができるんだろう。

 たった一度しかない、どうせすぐに終わってしまうものなのだから、楽しく生きたい。

 和良は、桃と白の絨毯をじっと見た。あの花畑が持つ、可愛らしい味。綺麗な味。長閑な味。ほっこりする味。ほのぼのする味を、ゆっくりと味わった。

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