第22話 最終演説会がやってきた!?
最終演説会の朝が来た。金曜日。いつもの通学路を抜けて登校したわたし。
教室の窓から頬杖をついて体育館の向こう側にある校門の方角を眺めていた。
もうすぐホームルーム開始のチャイムが鳴る。
「――どう? 織田くん来た?」
「……ううん」
席の隣にやってきたメイちゃんが問いかける。わたしは左右に首を振った。
いつもなら織田くんは遅刻なんてしないし、どちらかというと早く席に座っている方。
曲がり角でぶつかって一度家に帰らないといけなかったあの日だって、ホームルームに十分間に合う時間に来て、何食わぬ顔で本を読んでいた。
「変ね。来ないってことはないと思うけれど。……昨日の電話でも、織田くん来るって言っていたし。ハッキリと」
「うん。織田くんは来るよ。わたしは信じてる。わたしたちのリーダーは――わたしの
「だねっ」
メイちゃんが冗談っぽく身体をぶつけてきたから、わたしは「もうっ」とぶつけ返した。
でもどうしたんだろう? 織田くん、どうして来ないんだろう?
やっぱりまだ怖いんだろうか? また学校でいじめられるのが怖いんだろうか?
チャイムが鳴って、席に戻っても心がざわざわして不安な気持ちがわいてきた。
わたしは織田くんのことを信じている。それはもう絶対に揺らがない。
それでもやっぱり心配になるのだ。何かあったんじゃないかって。
――織田くんっ! 絶対に来てよねっ!
教室の扉が開き、和以貴子先生が入ってくる。
そしてホームルームが始まった。織田くんの座席は空席のままだ。
先生が点呼を始めて、織田くんの欠席が決まると、教室が少しだけざわついた。
☆
昨日の昼休み以降、学校はわたしの放送内容と、織田くんの話題でもちきりだった。そして「洛和小学校児童会規則第16条」改正の是非。
みんなが16条改正に関して賛成反対を言い合っている。わたしと一緒で、これまで小学生手帳のそんなページを開いたことも無かったって言う人も多かったみたい。教室のクラスメイトがそうやって手帳を開く様子を、わたしはなんだか不思議な気持ちで眺めていた。
織田くんの写真掲示事件とわたしの爆弾みたいな校内放送を経て、「洛和小学校児童会規則第16条」の改正は児童会選挙の重要な争点へと急上昇していた。
☆
「織田のやつ、来てないんだってな――。大丈夫なのかよ?」
「「大丈夫なのカヨッ!?」」
昼休み。廊下でボケッと立っていると、今川くんに声をかけられた。
左右にはいつもの子分二人がくっついている。
あ、子分ではないらしいんだけど――まあいいよね。
「何? 今川くん、心配してくれているの?」
「馬鹿野郎。そんなんじゃねーよ。まぁ、俺様と式部が相手じゃ、織田の野郎が逃げ出したくなる気持ちもわかるけどな。ハッハッハ!」
そう言って今川くんは腰に手を当てて、悪役っぽく笑った。
「織田くんは、そんなことで逃げ出したりしないもん!」
「――わかってるよ。まったく、冗談の通じねぇやつだな」
今川くんはわたしの横まで近づいてくる。開いた窓に背を向けると、窓枠に両肘をついてもたれかかった。
「正直、あいつのことはよく知らねぇ。先週の演説会の日。どもりながら、ちっちゃい声で、何言っているのかわからないことしか言えなかったあいつしか知らねぇくらいだ。――でも、それがあいつの全部じゃねぇんだろ?」
「――うん。あれが全部じゃないよ」
わたしは知っている。織田くんのカッコいいところ。織田くんの素敵なところを。
「だろーな。そうでなきゃ、お前がここまで肩入れするってことも無さそうだしな。――俺は正直、織田の野郎がどんなタマなのかは知らねぇ。でもお前のことは買っている。その……なんだ。そんなお前が親友として信頼していて、児童会長に押し上げようとしている奴なんだろ? だから、……その、……なんだ」
言葉をつまらせる今川くん。どうしたのだろうと、隣を見ると、何だか照れくさそうに頬を赤らめていた。――ん? 何に照れているの? 今川くん。
「――だから、きっと来るさ。あいつは。俺の認めたお前が認めた男なんだからな。木春菊――幸子」
「あ――ありがと」
じっとこっちを見る今川くん。なんで今、下の名前まで呼ばれたのかは全然わからなかったけれど。今川くんに上と下の名前をちゃんと呼ばれたことって、ほとんど無かった気がするから、新鮮だった。
こうやってライバルが心配してくれている! わたしたちのことを!
――だから、絶対に来てよね。織田くん!
☆
「どうだった? 学校に連絡きてたりしてた?」
昼休み終了の十分前、教室に戻ってきたメイちゃんに尋ねると、メイちゃんは無言で首を左右に振った。
「――学校には、普通に授業の欠席連絡がきていたって。貴子先生もそう言っていたし、念のために保健の先生にも聞いてみたけれど、『そう聞いているわよ』って言ってた」
「そう――そうなんだ」
実際に織田くんは授業を休んでいる。だからそのままと言えばそのまま。やっぱり授業は意図的に休んでいたのだ。――どうして?
でも逆に言えば、学校に来るはずがどこかで交通事故に遭っているとか、誘拐されちゃったとか、そういうことじゃないみたい。それはちょっと安心した。
だったら、織田くん、放課後の最終演説会にだけやってくるってことなのかな?
「でも貴子先生は何か知っているみたいだった」
「知っているみたい? ……ってどういうこと」
「うん。なんだか言っていたんだよね『演説会だけには織田くん、きっとくると思うから、信じてあげてね』って、こっそり」
「そ……そうなんだ。もちろんわたしもそう信じているけれど……。大丈夫なの? それって授業をサボって放課後のイベントだけ来るって言っているような気がするけれど」
わたしが尋ねるとメイちゃんは「わからない」というように肩を竦めた。
もしかしたら、だからこそ、貴子先生は知っている「何か」を教えてくれないのかもしれない。
「――じゃあ、結局、わたしたちにできることは、『信じて待つこと』だけだね」
「ん、そうだね、サッチー。大切な親友のことを『信じて待つこと』」
わたしたちは顔を見合わせて、頷きあった。
☆
『これから児童会役員選挙のための最終演説会を開催します。四年生以上の全校生徒は、体育館に集まってください』
一日の終わりのホームルーム終了を知らせるチャイムが鳴った後、スピーカーから生徒の声によるアナウンスが教室に鳴り響いた。にわかに教室がざわつき始める。
貴子先生がパンパンと手を叩いて、みんなを静かにすると、体育館へと移動するように促した。みんなガタガタと椅子から立ち上がって、教室から移動を開始し始める。
特に耳をすましていたわけじゃないけれど、クラスメイトの「織田のヤツ、来ていないけど大丈夫かよ」「もしかしてうちのクラスの代表、不戦敗?」みたいな声が聞こえてくる。
わたしは「そんなことない! 織田くんはきっと来る!」って叫びたくなったけれど、ここでそんなこと言っても仕方ないから、ぐっと堪えた。
きっと、みんな不安なだけなんだ。みんな心配してくれているだけなんだ!
廊下とコンクリートの渡り廊下を抜けて、体育館へと移動する。
金属でできた緑色の扉が半分開いていて、その間を抜けると、たくさんの生徒たちが集まっていた。四年生から六年生までの生徒総数は二四〇名ちょっと。きっと欠席者もいるだろうから、ぴったりの数字はわからないけれど。自由参加だった先週の演説会よりもずっと多く感じた。それとも緊張して、多く感じてしまっているだけかな?
「――織田くん、来ていないんですって?」
「ヴァ……ヴァイオレットさま。――じゃなかった、ヴァイオレット」
下の名前を呼んだわたしに式部さんは「ん。よし」と嬉しそうに、そして少し恥ずかしそうに微笑んだ。なんだか、かわいらしかった。式部さん……じゃなかった。ヴァイオレットの新しい魅力発見!
「大丈夫? マーガレット? もしよかったらわたくしから演説の順番を変更するように選挙管理委員会と先生にかけあってみましょうか?」
式部さんはそう言って、心配そうに眉を寄せた。
最終演説会におけるスピーチの順番は慣例で予備選の結果の逆順になる。つまり、今日のプログラムは一番がわたしたち、二番が今川くんたち、三番が式部さんたちのチームだ。
予備選はあくまでも新聞部がおこなうアンケートだから、公式のものではないのだけれど、慣例でその順位を最終演説会の順番に利用することになっているのだとか。
あくまで慣例だから、規則にのっているわけじゃない。だからお願いすれば順番は変えてもらえる……かもしれない。
ちなみに、会長と副会長の選挙は一応別々なんだけれど、これも慣例で、本人たちがチームとして立候補している場合には、その順番でまとめてスピーチが行われる。
「大丈夫です。織田くんはきっと来ます。織田くんは逃げたりするような子じゃないですから」
「そうね。織田くんはマーガレットの――
そう言って式部さんは悪戯っぽく微笑んだ。
「でも羨ましいな。妬けちゃうな。そんなに強い信頼関係で信じあっていて。つながっていて」
「えへへへへ。ありがとうございます」
「――でももう、あと五分。……無事を祈るわ。お互い頑張りましょう。ここからはライバル。勝っても負けても恨みっこなしね?」
「はい! よろしくおねがいします!」
お上品に手を振りながら、式部さんは6年1組の集団へと戻っていった。時折、下級生にも声をかけられて、笑顔で手を振り返したりしている。
さすがのカリスマだなぁ。やっぱり、ヴァイオレットさまはすごいなって思う。
『では、これより洛和小学校児童会役員選挙の最終演説会をはじめます!』
壇上で選挙管理委員長の女の子がマイクを持って説明を開始した。
最終演説会の位置づけ。ルール。順番。そしてその後の投票の方法についてだ。
「――サッチー。どうしよう。織田くん、まだ来てなくない?」
「うん……そうだね」
「だ……大丈夫かな? もう呼ばれるよ? さすがにやばくない?」
6年2組。男女が混じり合って名簿順で並んでいる。あ行だからいつもは前の方に立っている織田くん。でもいつもの場所に、ボサボサ頭は無かった。
どうしよう? 織田くん、本当に間に合わなかったらどうしよう?
そう思ってわたしは、あらためて体育館中を見回した。
――そして見つけたのだ。――その姿を。
思わず胸が熱くなる。胸の奥から笑い出したいくらいの興奮がこみ上げてくる。
「――大丈夫だよ、メイちゃん。織田くんはもう――来ているよ」
「えっ? どういうこと、サッチー!?」
そして司会の選挙管理委員長がわたしたちのことを呼ぶ。
『では、一組目の児童会役員候補に登壇してもらいましょう。トップバッターは6年2組の候補です。では、児童会長候補の織田呉羽さん、児童会副会長候補の木春菊幸子さん、壇上までお願いします!』
アナウンスを受けてわたしは「はいっ!」と大きな声を出して立ち上がった。
全校生徒がわたしの方に振り返った。
一方で6年2組のクラスメイト、そしてその周囲の生徒たちはざわつき始める。
なぜなら前列から立ち上がるはずの織田くんが、そこに居ないからだ。
昨日の校内放送で注目を集めていただけに、みんな心配そうな顔をする。
「逃げ出しやがったんじゃね?」と、馬鹿にするみたいな声も聞こえる。
でもわたしは胸を張る。思わず笑みが溢れだす。
だってこんなに素敵なことは無いんだから。
みんなの視線を引きつけて、わたしの大好きな
だからわたしは手のひらを広げて、まっすぐと伸ばした。
体育館の右手前方、先生方が座っているパイプ椅子の列。その端。保健室の先生が座っている席の、隣の席に向かって!
「行こうっ! 織田くん! わたしと一緒にっ!」
全校生徒の視線が一斉に動く。
その先で、一人の少女がゆっくりとパイプ椅子から立ち上がった。
肩まで伸びた栗色の髪。洛和小学校の女の子の制服。すらりとした肢体と、ぱっちりとした瞳。そこにはみんなが見たことのない、美しい少女が立っていた。
行こう! わたしの素敵な
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