第21話 仕切り直して最後の勝負へ!?

「録音をありがとう。聞かせてもらったよ、皐月さん。サッチーにも『ありがとう』って言っておいて」

「自分で言いなよ、織田くん。サッチーと織田くんは親友なんでしょ? この皐月照沙ちゃんが妬いちゃうくらいに」


 電話口で皐月さんは憎まれ口をたたいた。

 あんなことがあって、どうしていいかわからなくなっていた。


 学校で突然暴露された自分の秘密。自分自身が細心の注意を払って隠していたわけじゃなかったし、正直、不用意なところもあったと思う。でもあんなに悪意にみちた形で、拡散されるとは思っていなかったのだ。――その悪意が怖かった。


 先生に相談したら、とりあえず学校を休んでもいいと言われたので、昨日と今日、学校を休むことにした。本当は児童会役員選挙も近づいてきているし、ちゃんと学校にいかなきゃと思った。また児童会長の候補がこんな風評にやられているようじゃだめだとも思った。

 でも人の悪意は、動き出したらどう転ぶかわからない。だから学校に行くことはためらわれた。僕が学校を休んだからって、状況が変わるわけじゃない。でも、どうしようもなかった。三年前だって、いろいろあったんだ。

「人の噂も七十五日」っていうことわざもある。人の噂はそのうち忘れ去られていくという意味だけれど、さすがに七十五日も学校を休むわけにはいかない。だから――どうにか突破口を開かないといけない。そう思っていた。

 でも、突破口は友達が開いてくれた。あの日、曲がり角でぶつかった友達が。


「でも良かったの? サッチーってば、容赦なくカミングアウトしていたけれど?」

「いいんだ。僕もいつまでも隠し続けるわけにはいかないかなって思っていたし。サッチーはちゃんと昨日、連絡をくれて、僕が『オッケーだよ』って言ったんだ」

「そう? それならいけれど。サッチー、本当に、暴走すると何するかわからないからね~。笑えちゃうくらいバカだから」

「惚れ惚れするくらいバカだよね。――いい意味で」

「そっ、いい意味で」


 僕らは電話越しに笑いあった。

 皐月照沙ちゃん。サッチーの親友ってことで、つながっている彼女。

 さばさばしていて話しやすくて、それでいていつも周囲のことをちゃんと見ている。サッチーとの凸凹コンビは時々羨ましくなるくらいに、お互いを補い合っている。そんな二人が、どうしてだか僕のことを仲間として受け入れてくれている。

 二人と仲良くなって、毎日の風景が色づいたように思う。

 だから、二人のことは大切にしたいし、二人が大切にするものも――大切にしたいと思う。


「――織田くん。明日、最終演説会だよ? 来られる?」

「うん。行く」


 即答した。サッチーがあそこまで頑張ってくれたんだ。

 僕がここで逃げ出していいわけがない。


 そして何よりもこれは僕自身の自由を、勝ち取る戦いなんだから。


「待っているね。じゃあ、また明日」

「うん、また明日」


 そう言って、僕は受話器の通話終了ボタンを押した。

 受話器を子機のホルダーに置いて、伸びをする。

 夜の窓には、長袖のニットを着て、フレアスカートを穿いた自分自身の姿が映っていた。


 ☆


 やっちまった。――いや、やっちまったわっ!


 放送終了のボタンを押した瞬間、わたしが思ったのは、正直そんな感じのことだった。

 だってやばくない? まじ、やばいよ!

 わたし何言ってんの? まじで何言っちゃってんの?

 全校放送だよ? 全校放送でぶちまけちゃったよ!

 自分のコンプレックスとか夢とか! 超恥ずかしい!

 それに織田くんのことも。全部話しちゃったし! ……まあ、織田くんには事前にオッケーもらっていたから、大丈夫なんだけど。――大丈夫だよね?


 もはや自分が何を言ったか覚えていないんだけど、なんか上から目線のお説教までしていた気がする。やばいよぉ! はずかしいよぉ!

 駄目だ。これは駄目だ。明日の選挙も絶対にだめだぁ〜!


 そう思って振り返ると、メイちゃんと式部さんと今川くんと貴子先生がみんなで拍手してくれていた。


「ふぇん。ど……どうだったかなぁ。ぐすん。だいじょうぶだったかなぁ……?」


 半分涙目になっていたわたしの頭を。メイちゃんがぽんぽんと撫でてくれた。


「大丈夫なんてもんじゃなかったよ。サッチー。最高だった。めっちゃ良かったよ」

「ほ……本当?」

「おう、良かったぜ。なんだか俺も熱くなってきたぜ。お前、結構やるな。こりゃ、明日の選挙、一波乱あるかもだぜ」


 今川くんも、「敵ながら天晴れあっぱれ」的なコメントと共に親指を立てて見せた。

 貴子先生もなんだか目を潤ませている。


「児童会の顧問ってやっているとね。時々、生徒の成長っていうか、なんだか眩しいなって思える瞬間があるの。そういう時、先生やってて良かったなって思うんだけどね。――今の放送が、そうだった。――お疲れ様、木春菊さん」


 なんだか光栄だ。そんなこと言ってもらえたら、まるで、わたし自身が特別になれたみたいじゃない。わたしなんて、何の取り柄もない、普通の女の子なのにね!

 立ち上がる。すると式部紫さんが目の前まで近づいてきて、右手を差し出してきた。握手を求めるみたいに。


「ふ――ふえ? ヴァイオレットさま?」

「木春菊幸子さん。あなたの政見放送――とても良かったわ」


 せ……政見放送――って何? (なお後から国語辞典で調べてみたら、国の選挙の時にテレビやラジオでやる演説の放送のことみたいでした)


「あ……ありがとうございます! ヴァイオレットさまにそう言ってもらえると光栄です!」

「ふふふ。言ったでしょ? ヴァイオレットでいいって。そういえばあなたの名字もお花の名前よね? 木春菊――マーガレットかしら?」


 わたしは無言で頷いた。名字の漢字はややこしいけれど、英語の名前の方が有名なお花。

 木春菊はマーガレットってお花。花言葉は「信頼」と「真実の愛」。


「あなたの行動力、そして真っ直ぐさ。きっとわたくしの良きライバルになる人だと思っていたわ。今日のスピーチ、とても良かった。選挙戦。明日の放課後まで、もうあと一日だけど、最後までよろしくね。――マーガレット」

「はい! こちらこそよろしくおねがいします! ヴァイオレット!」


 そしてわたしたちは強く握手を交わした。


「おいおい、俺の存在も忘れてくれるなよ~。この今川一騎の存在をよっ!」

「あれー、妬いてるの〜? 男のやっかみはカッコ悪いよぉ〜」

「妬いてねぇ! 妬いてねぇよっ!」


 隣で今川くんが、メイちゃんに突かれていた。


 ☆


 教室に帰ったわたしたちを迎えたのは、ものすごい拍手だった。

 まるでスターの誕生を祝うみたいに、みんながわたしとメイちゃんを取り囲んだ。


 どうやらわたしたちが選挙に立候補したのは知っていたけれど、何を考えていて、何をしたがっているのかは、全然伝わっていなかったのだそうだ。

 たしかに、そりゃそうだよね? ――言っていなかったもん! (あかん!)

 唯一の機会だった演説会はわたしのドロップキックで終わったので。(大反省)


 クラスのみんなは口々に「応援するよ、木春菊さん!」「織田くんにもよろしくね!」なんて言ってきてくれた。

 これで6年2組の基礎票は固められたかなっ!?


 それからもう一つ。

 わたしたちからのお願いを聞いて、貴子先生が「公約」の印刷と配布を手配してくれた。演説会での事件もあったし、それに今回の織田くんの写真に関わる騒動で、児童会役員選挙の選挙週間は随分と荒れてしまった。

 だからみんなの公約がちゃんと生徒たちに伝わっているか不安だったのだ。だから三チームの総意として顧問の貴子先生にお願いしたら、それぞれ一枚ずつのプリントを四年生から六年生の全クラスに配布してくれることになったのだ。

 これでわたしたちの公約もちゃんと伝えることができる。

 ちゃんと「公約」と「想い」が伝われば、あとはみんなの判断――民意に委ねるだけ。それが民主的な社会だって、貴子先生も言っていた。

 それと同じようなことを、昔、田舎のおばあちゃんも言っていた気がするぞっ!

 だからラストスパート! みんなに最後のメッセージを伝える!


 明日はついに最終演説会! そして児童会役員選挙の投票日だっ!

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