第11話 わたしたち立候補します!?
「じゃあ、これで児童会長と副会長の立候補届は受け取ったわ。みんな、がんばってね」
「「「はい!」」」
笑顔でエールを送ってくれる和以貴子先生にわたしたち三人は元気よく返事した。
「でも、貴子先生が児童会の顧問だったなんて知りませんでした」
「あれ? 言ってなかったっけ? そうなのよ。三年くらいになるかしら? 先生の間の役割分担でね〜。こんな先生ですが、よろしくお願いします」
そう言って貴子先生は神妙な感じで椅子に座ったまま頭を下げた。わたしたち――わたしとメイちゃんと織田くんは恐縮しちゃう。
週が明けた月曜日、早速わたしたちは立候補届を出しに職員室へとやってきていたのだ。
「やっぱり、自分たちが立候補することにしたのね。初めは誰か別の人に立候補してもらって、自分たちはその応援にまわるみたいなことを言っていたけれど」
ニコニコと笑いながら貴子先生は、前回の相談内容を振り返る。
「やっぱり、わたしが児童会副会長だなんて、おかしいですよねー? わたしたちが1組の式部紫さんなんかに敵うはずないし」
「そんなことないわよ。木春菊さん?」
わたしと織田くんの立候補届を机の上のクリアファイルに挟むと、貴子先生は顔を上げた。思いがけない否定に、わたしは驚いて先生の顔を見る。
「選挙はお勉強やスポーツとちょっと違うわ。大切なのはみんなの気持ち。誰の頭がいいとか、誰の運動神経がいいとか、そういうことじゃないの。ただみんなが誰に児童会長になってほしいか。ただそれだけなのよ。だから織田くんや木春菊さんにも、十分チャンスはあると思うわ」
そう言われると、少し希望が見えてくる気がする!
たしかにお勉強なら、わたしは逆立ちしたって式部さんに敵わない!(自信満々)
でも、そういう人気投票なら式部さんに……勝て……る? ……あれ?
「でも先生。普通の生徒ならサッチーと式部さんを比べたときに、どっちが児童会役員に向いているかって聞かれたら、みんな式部さんだって言うと思います。……私たちに本当にチャンスなんてあるんでしょうか?」
冷静沈着なメイちゃんが、ハキハキと先生に質問をぶつける。
よ、容赦がないっ! そりゃあ、わたしとヴァイオレットさまならそうなるけどね!
でも待ってメイちゃん! どうしてわたしと式部さんを対戦させるの?
児童会長に立候補するのは織田くんなんだからね~!
当の織田くんは、わたしの隣でコクコクと頷いている。
男子の制服を着た織田くんはボサボサ頭の黒縁メガネ。
オー! 昨日、ショッピングセンターの屋上で見たわたしの華麗な
「いい質問ね。うん、何の準備もしないで印象だけの勝負にだけ持ち込んだら、正直、苦しいと思う。児童会長って本当は誰を選んでもいいんだけど、何も言わないとみんな知らず知らずのうちに『優秀で、立派な人が、児童会長をやった方が良いんだ』って思っちゃうのよね。だから自然と成績の良い人や、運動もできて元々人気者の人が児童会長に選ばれやすかったりするの」
「確かに。私もどこかそんなふうに思っていました。児童会長ってリーダーですもんね。なんだか自分より優秀な人とか、みんなに好かれている人がなってくれた方が落ち着くっていうか、普通っていうか……」
フムフムとメイちゃんが頷く。
「そうね。だからそういう印象とは別の意味で、ちゃんと織田くんが児童会長、木春菊さんが児童会副会長――児童会役員になることの意味をアピールすることが大切なのよ」
「わたしたちが……児童会役員になることの意味?」
わたしがくりかえすと先生は「そう」と頷いた。
「先生。そ……それは具体的にどうすれば良いんですか?」
黒縁眼鏡をクイクイと動かしながら、織田くんが質問する。
「大きく分けて二つかな。一つは『公約』。もう一つは『想い』」
「「『公約』と、『想い』?」」
わたしと織田くんが同時に口にすると。先生は二本指を立てながら微笑んだ。
先生の説明によるとこういうことだ。
「公約」というのはみんなに対する約束。自分たちが児童会役員になったらこういうことをするぞー! って話。
そして「想い」というのは、自分たちがどうして児童会役員になりたいのか、そして児童会役員になって学校をどういう風にしていきたいのかという本人が思っていることなんだって。
「じゃあ、わたしたちの公約は『児童会規則第16条を変更する!』で決まりじゃん! それがそもそもの立候補目的なんだし」
「うん、そうだね」
わたしたち第一関門クリア! いえーい!
って思っていたら、先生とメイちゃんが困ったような表情で顔を見合わせた。
あれ? わたし、なんかまずいこと言った?
「サッチー、それは公約の一つにはなると思う。実際にやりたいことなんだから公約には加えておくべきことだと思う。でも、他の生徒の気持ちになってみて。その公約って魅力的に思える? 織田くんやサッチーに『投票しよう!』って気持ちになる?」
た……確かにっ! わたしなんてつい最近まで「児童会規則」の存在すら知らなかったんだからっ!
「じゃ……じゃあ、ど……どうしたら良いのかな? 皐月さん?」
またどもり気味の織田くん。
「うん。きっとみんなが票を入れたくなるような公約を作ろうってことなんだと思う。たとえば毎日も給食にプリンがつくぞー! とか……無理だけど。一人に一個、バター牛のキーホルダーあげるよ〜! とか……無理だけど。そうしたら『あ、票を入れようかな』って思うでしょ?」
「……確かに!」
「……バター牛ちゃんの、キーホルダーは渡さないわよ――!」
「いらないから! たとえばの話よ! たとえば! ……そういうことですよね? 貴子先生」
メイちゃんが同意を求めると、先生は「そうね。その通りよ」と頷いた。
「物を配るのは児童会じゃ難しいからそれ以外のことで考えないといけないけどね。公約は具体的に、みんながイメージできるものにすることが大切よ」
なるほど。わかった、「公約」、完全に理解した(キリッ)。
「織田くん。これは後で要相談ですね……」
「そ……そうだね、サッチー。要相談だね……」
次に「想い」だ。これって本人が想っていればいいってこと? そんなの投票する人にとっては関係なくない?
「先生。公約はわかりましたけど、『想い』ってどうすればいいんですか? わたしが何を思っているかって、選挙にどう関係するのかわかんないんですけど?」
わたしがそう言うと織田くんも頷いた。同感って感じみたいだ。
これに関してはメイちゃんもよく分からないみたい。
「ねえ。君たち、誰かを応援する時のことを考えてみて。何かに一生懸命になっている人と、適当な感じでやっている人、どっちのことを応援してあげたくなる?」
「それは、もちろん、一生懸命な人ですよ。先生」
「そうね。きっとみんなそうね。それが一つ目の『想い』のポイント。その人が本当に児童会長になってやりたいことがある。一生懸命な人は、みんなの票を引きつけるの」
「なるほど、それはわかる気がします」
織田くんとメイちゃんもなるほどとつぶやいた。
「その『想い』は言葉になっていた方が良いし、それにみんなと共有できる『想い』であった方がいいわ。そう言うのをビジョンっていったり、未来像って言ったりするんだけれど」
「――ビジョン? ――未来像?」
「そう。たとえば木春菊さん。誰か友達が『僕は給食のプリンをもっと食べたいんですよねー。まぁ、それだけなんですけどねー』って言ったらどう思う?」
「え? ……うーん、『うん、食べられるといいね』って感じ? よくわかんない。結構、リアクションに困るかも」
「そうね。だって、その『想い』は完全に個人の小さな欲望をかなえるためだけのものだったから。それに訴えかけるものもない。でもその人が『僕は昼休みにみんなとご飯を食べながら過ごす時間が大好きです! みんなでお昼休みに楽しい時間を過ごしたいから、給食にプリンが月一回つくように先生たちと交渉します!』って言ったらどう思う? さっきの場合と、どう違う? どっちを応援したくなる?」
「うーん、それはあとの方かなぁ。だって、わたしにも関係あることだし。それに、どうしてプリンを食べたいのか、その想いもなんだかちゃんとしてる感じがする」
「そう。そこなの。今の例はビジョンって言うほど大きな話じゃなかったけれど、誰かの『想い』にはその情熱に加えて共有できるものと、共有しにくいものがあるわ。選挙において、やっぱり共有できる『想い』は強いの。もちろん児童会役員選挙だから、学校や、児童についてのことでね」
「――共有できる『想い』かぁ〜。メイちゃん、何か思いつく?」
わたしはメイちゃんに話を振ってみた。
「学校の未来のことについて話したら、だいたい共有できる『想い』になるんじゃないかな? たとえば『男の子と女の子が仲良くできる学校にしたい!』とか『お花が綺麗に咲き乱れている美しい学校にしたい』とか?」
「うん。まぁ、いいんじゃないかな」
一瞬で出る、貴子先生からの合格点。メイちゃん、天才すぎでは?
「『想い』には色んな形がある。もっと個人的な経験や心情に基づくものでも良いし、もっと遠大な夢でも構わない。『公約』と違って具体的でなくても構わない。みんなが一緒になって『イイね!』『応援したい!』と思える『想い』を伝えることね」
――イイね! 応援したい! そう思える想い。
わたしの心に先生のその言葉は染み込んでいった。
「何よりも忘れないでいて欲しいのは、そういう『想い』を伝えることを恐れない心。児童会長はみんなのリーダーよ。みんなはリーダーが何を考えているのか、何を思っているかを知りたいの。知って、そして投票するの。だから、自分の『想い』を口にすることを、恐れないでね」
「「「はいっ!」」」
「よくできましたっ!」
貴子先生はそう言って右手でOKマークを作って見せた。
わたしたちは先生にお礼を言うと、職員室を後にした。
「なんだか、貴子先生、めっちゃ色々教えてくれたね!」
「僕らに……き……期待してくれているのかな?」
「うーん、それはちょっと違うんじゃない? 先生だから誰にも肩入れできないよ。きっと誰が聞いても同じようなアドバイスをしてくれているんだよ」
「メイちゃんったらクール~! それでも、わたしは嬉しいなっ! わたしたちがやるべきことも見えてきたし。とりあえずは――」
「「『公約』と『想い』」」
「そうそれ! じゃあ、早速、そのあたりから考えていこうよ!」
わたしたちは6年2組の教室までの階段を三人で駆け上がった。
ついにわたしたちの児童会役員選挙が始まる!
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