第10話 ショッピングセンター屋上の決意!?

「……どうしようか? 児童会役員選挙?」


 泡を吹いて魂の抜け殻になった有栖川くんが、改札口を抜けて帰っていくのを見送った。なんだか時々、誰かに見られているような気がしたけれど、有栖川くんを送り出すとそんな気配も消えた。そしてその後、わたしとメイちゃん、織田くんはショッピングセンターの屋上へとやってきたのだ。

 屋上は駐車場になっていて、車を利用しない人が入る場所ではないんだけどね。屋上の駐車場からは京都の街並みが一望できた。

 碁盤の目になっている京都の街。向こうには京都タワー。北には左大文字山。

 それは素敵な風景。だからわたしたちの間で、ここはちょっとした穴場スポットなんだ。

 春の風がやわらかく頬を打つ。


「有栖川くんはもう……」

「無理だろうねぇ〜。もともと乗り気でもなかったみたいだったし」


 メイちゃんの冷静な分析。

 うん、そのとおりだと思う。わたしだって、無理だろうなーってどこかで思っていた。

 有栖川くんがわたしとデートしたのだって、立候補の決意をするためというより、むしろ諦めさせようって意図があったんじゃないかってさえ思う。

 なんだか織田くんの登場で、最終的によくわかんない感じになっちゃったけどね~。


「ごめんね、僕が中途半端に飛び出して、逆にぐちゃぐちゃにしちゃったみたいになって」

「あ、ううん。織田くんのせいじゃないよ。あそこで織田くんが飛び出してこなくても、結果は同じだったと思う」

「そうかな?」

「うん、そうだよ」


 むしろ、助かった。だってあの時、有栖川くん、めちゃくちゃ近くにくるんだもん!


「でもどうしてあの時、飛び出してきてくれたの? わたしは助かったけど。だって、有栖川くんったら、めちゃくちゃ距離が近いんだもん。どアップだよ、どアップ! ――そんなに近づかなくて、わたし、そんなに視力悪くないんだけどなぁ」

「し……視力って、サッチーあんた……」


 呆れたように頭を押さえる、メイちゃん。

 ん? わたし何か変なこと言った?


「僕の早とちりだったかもしれないけどさ。なんだか有栖川くんがサッチーのことを口説いていて、サッチーもなんかボウッとしているみように見えたんだ。――これはもしかしたら有栖川くんの魔の手にサッチーが落ちてしまうんじゃないかって……不安になったんだよ」


 織田くんはそう言って屋上の縁に立つ柵へと腕を掛けた。

 京都の春風が彼女(彼?)の髪をさらって陽光がそれに乱反射する。わたしは単純にそれを綺麗だって思った。やっぱり彼女はわたしの理想の存在――「運命の人」なんだって。


「わたし、口説かれてたんだ? 落ちるなんて――ちょーウケる。ないないないない!」

「でも、なんだかドキドキしてたでしょ? そんな顔だったよ? ねぇ、メイちゃん?」

「うん。思った。……でも、バカが取り柄のサッチーのことだから、別のこと考えてたんじゃない?」

「別のこと? う~ん、よくわかんないけど、きっと考えていたのは、ガンダムのことかな? めっちゃカッコよかったんだよっ! マジでっ!」

「「知らんがなっ!」」


 なんだか二人がかりで勢いよく突っ込まれてしまった……。

 なんだよう。二人が勝手に誤解しただけだったのにさー。ひどくない?

 映画、めっちゃカッコよかったんだよ? ガンダム、初めて見たけど。

 あたらしい世界を教えてくれた有栖川くんには感謝かな。


「でも、有栖川くん、泡食って死んじゃったんだよねぇ~」

「いや、死んでないから。サッチー、勝手にウチのクラスのイケメン殺さないで。下級生含めた女子全般を敵に回すよ?」

「そう? でも有栖川くんが、わたしの騎士ナイトさまの魅力に一瞬でメロメロになっちゃったのはわかるなぁ。わたしもそうだったもん」


 そう言ってわたしは隣で京都の街を眺める織田くんの横顔を見る。

 西の空に傾いた太陽が彼の顔を紅く染め出していた。

 そこには何かを決意する時みたいな、緊張感が見えた。

 唇を真っ直ぐに結ぶ。メイちゃんも身を乗り出して、織田くんの顔を覗き込んだ。


「――織田くん?」


 彼――彼女は手摺りに両手をかけて腕を伸ばし、体重を後ろにかけた。

 そして大きく伸びをすると空を仰いだ。

 やがてわたしの騎士ナイトさまは、真っ直ぐに立って、美しい髪を夕日の光に溶かした。

 眉はきりりと美しく、瞼の端は伸びやかで、睫毛は長く彼女の瞳は革命の乙女みたいだった。わたしの騎士ナイトさまは、今、新しい何かになろうとしている。そう思ったのだ。


「サッチー、メイちゃん、ありがとう。僕、決心がついたよ――」


 夕日を背に、彼女の中でギアが切り替わるのが分かった。革命に向けて。

 黒いレギンスは彼女の細くて美しい脚を包む。


「――初めから誰かを擁立しようなんて考え方が間違っていたんだと思う。これは僕の――僕らのやりたいこと。僕らの叶えたい夢。それならやっぱり矢面に立つべきは僕なんだ。自分自身がどんなに弱くて、無力だったとしても。なによりも大切なのは叶えたい思い、そしてそれを叶えようとする意志の強さなんだ!」


 その気品ある佇まい。意思を感じさせる美しい瞳。


「――わ……わたしの騎士ナイトさまっ!」

「おお、これが織田くんの騎士ナイトさまモード……」


 わたしたちの黄色い声には耳を貸さずに、織田くんは続ける。


「――だから僕は決めたよ、サッチー、メイちゃん。――僕、織田呉羽は――洛和小学校児童会長に立候補するよ!」


 それは彼女の決意だった。それは彼女の思いだった。

 そしてこれがきっとわたしの騎士ナイトさまの栄光の始まりなんだ!

 天下布武! イエス・ウィーキャン!


「いいと思う。織田くん! そうだよ! 何もはじめからわたしたち、諦める必要なんてなかったんだよ。足りなければ補えばいい。届かなければ努力すればいい。イマイチくんがなんだ! ヴァイオレットさまがなんだ! 正直、恐れ多いけど……。でもでも! 諦めたらそこで試合終了だもんね! うん、わかった。織田くんが児童会長に立候補するなら、わたしが副会長に立候補するわっ!」

「――サッチー……あんた」


 驚いたような顔でわたしのことを見上げるメイちゃん。


「……ん? 何? メイちゃん?」

「あんた、ただのバカじゃなかったのね。ちょっと尊敬」

「えへへへ。メイちゃんったらぁ!」

「――ものすごいバカだわ」


 おいいっっっっ! 言いすぎっ!


「でも、――とっても良い意味でね☆」


 そう言ってメイちゃんは女優みたいにウィンクをしてくれた。


「うん、いいと思う。二人ともそれでいいんだと思う。――だって、二人とも、今、物凄くいい顔しているもん! 惚れちゃうくらいに。わたしも応援する。書記くらいならやってあげるよ?」

「本当? やったね。さすがメイちゃん、親友!」


 わたしはそう言って、トレンチコートを着た彼女へと抱きついたんだ。


「暑い、暑いってば。重いし。……それに、親友はもうわたし一人じゃないでしょ? ――ね、織田くん?」

「え? 僕?」


 きょとんとした顔で自分を指さす織田くん。


「うん。わたしたちは今日から親友」

「一蓮托生! 運命共同体!」


 ちなみに「一蓮托生」っていうのは、結果のよしあしにかかわらず、行動や運命を共にするあいだがらのことだよっ。国語辞典によるとねっ!


「――二人とも……。いいのかな? 僕なんかが児童会長候補で? 僕なんかが親友で?」

「何言っているの? 織田くんが良いんだよ。織田くんだから良いんだよ! わたしはあの日、『食パン咥えダッシュ』であなたにぶつかって運命を感じたの! 今ならわかる。やっぱりあの時、わたしたちの物語は動き出していたんだよ。これはわたしたちが始める、わたしたちだけの物語なんだ!」


 思わず織田くんとメイちゃんの手を取る。三人の手が一つにつながる。


「――児童会役員選挙はその幕開け。わたしたちの快進撃の始まりを告げる聖戦なんだ」

「織田政権誕生に向けての第一歩ね。そしてより素敵な未来へ向けた第一歩!」

「とりあえずの目標は児童会役員選挙の勝利! そして児童会規則16条の改正!」


 わたしたち三人はお互いの顔を見つめ合う。

 胸の奥からドキドキが込み上がってくる。

 わたしたちは歩き出す。まだ見ぬ世界に向けて。自分たちらしく生きられる未来に向けて。

 何はともあれ――まずはそのために


「児童会役員選挙! 勝つわよ〜っ! せーのっ」


 三人の力を繋がった一点に集中させる。


「「「エイ、エイ、オーーーーーーーーッ!」」」


 そして、わたしたちは繋いだ手を空へと放った。


 ――全てはここから、始まるんだっ!


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