第9話 はじめてのデートは政治的取り引き!?
「お待たせ。幸子ちゃん」
「あ、有栖川くん」
日曜日、駅の高架下の柱に背中を預けているサッチー。改札口を抜けて、その前に爽やかな笑顔を浮かべた少年があらわれた。有栖川煌流くんだ。
僕は織田呉羽、洛和小学校に通う小学校6年生。今日は人生ではじめて誰かを尾行するために二条駅前に繰り出してきたのだ。サッチーがデートするなんて言うから心配で。
物陰に隠れる僕に後ろから声がする。
「織田くん、ちょっと見えないんだけど? 有栖川くん、来たの?」
「うん、今ついたところ」
後ろにいるのは皐月照沙さん。サッチー――木春菊幸子ちゃんの親友だ。ひょんなことから僕らは仲良くなった。そしてその結果、こうやってサッチーの尾行を皐月さんとしているわけであり……。――どうしてこうなった!?
「ねえねえ、織田くん。私の変装って、大丈夫かな?」
「大丈夫じゃないかな? 皐月さんだってことはわからないと思うよ」
「そ……そうかな?」
恥ずかしそうに、頭をかく皐月さん。
――でも、「変装してる」ってことはバレバレだけどね! ここだけの話。
皐月さんの格好は春だというのに膝下まであるトレンチコートに、真っ黒なサングラス。漫画に出てくる「変装している人」みたいになってるよ! 第一、小学生が普通そんな格好しないから。……よくそんな服、持っていたね。
大体、いつもはサッチーが天然すぎるから、皐月さんは常識派みたいなポジションになっているけど、実際には皐月さんも結構な天然だ。――常識人の象徴みたいな僕が言うんだから間違いない。
「僕こそ……バレないかなぁ? 結構、普通の格好してきちゃったけれど」
「バレないから! いや、絶対にバレないからっ!」
「皐月さん、声が大きいよっ!」
「あ……ゴメン」
物陰からサッチーと有栖川くんの様子を覗き込む。二人は気づいていないみたいだ。まずはホッと安堵のため息。
普通の格好だから、大丈夫かなって思ったけれど、皐月さん曰く大丈夫みたいだ。
今日は普通に膝丈まである空色のワンピースと、黒いレギンスパンツ。足元はストラップのかわいいサンダル。特に変装ってわけじゃなくって、普通の女の子の格好をしてきた。この格好で女の子と二人でお出かけだなんて、尾行とはいえ楽しいなー。
「――でも、本当に織田くん、すごいね。私、サッチーから話でしか聞いてなかったから、びっくりした」
「え? そう? そっか……皐月さんにこういう格好を見せるのって始めてだもんね。――変……かな?」
「ううん! いい! めっちゃ可愛い!」
「そ……そう? そう言ってもらえると嬉しいけれど。でも、男の子が女の子の格好をしてもどこか違和感あるでしょ? どうやったって本当の女の子みたいに可愛くなれないっていうか……」
そうなのだ。どんなに女の子の服が好きでも、結局のところ僕の体は男の子でしかないのだ。
「ないよっ! 違和感ゼロだよっ! 何なら、かわいさ『式部さん級』だよっ!」
また声を大きくして力説する皐月さん。
皐月さんは、こういうふうに僕のことを思いやってくれる、優しい女の子なのだ。
「でも、ちょっと分かった気がするよ。サッチーが織田くんのこと気に入って肩入れしようとする理由が。……児童会役員選挙……勝とうね。織田くんが好きな服を着るために」
「うん。……あ、動いた。行こう、皐月さん」
「オッケー!」
僕らはショッピングセンターへと向かう二人の後を追った。
先日、僕らはイケメン有栖川くんに児童会長への立候補をお願いした。いわゆる「擁立」ってやつ。誰か人気のある人に立候補してもらって、押し上げて、その人に児童会長になってもらう。そしてその人に自分たちのやりたい児童会規則の変更をやってもらうのだ。
本当は自分たちで立候補すべきなんだろうけど、冷静に考えて、僕たち自身には児童会長になるだけの能力も人望も人気もないと思う。――だから擁立って方法に頼らないと仕方ないんだ。
でも、そんな面倒なこと有栖川くんだってしたくないよね? だから有栖川くんはまず条件を出してきた。それは「幸子ちゃんと、一日デートをする」こと。それをサッチーは受けて立ったんだ。
サッチーはまるで果たし合いを受けるみたいに出陣していった。擁立を実現するために。
でも、本当のことを言うと、僕は気付いていたんだ。
有栖川くんが条件を出したとき、その条件を飲めば「立候補してもいい」と、彼は言っていないんだ。ただ、「考えてもいい」って言っただけなんだ。
――サッチーの努力が無駄にならないといいんだけれど。
「織田くん、二人、映画館に入っていくわよ。何の映画かしら……?」
「――『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』ですね」
「ここでガンダム!? 女の子をデートに連れて行く先として、絶妙にチョイス間違っていない!?」
「いや……、きっとこれは有栖川くんがサッチーのことを試しているんだと思います」
「ど……どういうことっ!?」
もしくは絶妙にサッチーの趣味に影響を与えようとしに来ているのかもしれない。サッチーも変な女の子だからここで突然のガンダム好きになるということもワンチャンあるかもしれないから。……あるかな~? どうかな~?
「どちらにせよ、映画デートなら外で待つか中に入るかだけど、織田くんどうする?」
「――前売り券二枚、すでにネット予約しています」
「君は出来る子かっ! 織田くんっ!」
こんなこともあろうかとっ――! ……もとい。
そもそも今日のデートの予定についてはサッチーから事前に聞いていたのだ。だから映画デートだって分かっていたし、見る映画のタイトルだって分かっていた。ただ、それだけのことだ。誰にだってできることだよ。
「行きましょう、皐月さん」
「う……うん!」
チケットをチェックされて、上映スクリーンに向かう。二人にばれないようにこそこそと移動。うまく二人からちょっと離れた斜め後ろの席を確保することができた。
隣を見ると皐月さんがサングラスを外して、……めっちゃ二人の方を見ていた。
「皐月さん、サッチーのことが心配?」
「う……うん。まぁ、心配かな。あの子、これまで男の子とデートなんてしたことないし。世間知らずだし。それに相手があの有栖川くんでしょ? もしものことがあったらどうしようって」
でもそんな心配をよそに、斜め前の二人組は
もしかしたら皐月さん、仲良しのサッチーを有栖川くんに取られたみたいになって、やきもちを焼いているのかも?
やがて映画が始まって、――二時間ほどの映画はあっという間に終わった。
その結果――。
「――めっちゃカッコよかった……」
ガンダムのカッコよさに目覚めたのは皐月さんの方だったみたいだ!
☆
そのあとサッチーと有栖川くんの二人はファーストフードと本屋さんに立ち寄った。
そしてショッピングセンターを出たところで、なんだかいい雰囲気を作り出したんだ。
もちろんサッチーはいつも通りバカみたいな顔をしているけれど、有栖川くんが全身から出す空気がなんだかもう凄くいい雰囲気なんだ。
――こ、これがイケメンの力なのか!?
「――どうだった映画……それにデート。楽しかった?」
「う……うん。た、楽しかったかな」
「それは良かった」
有栖川くんの白い歯がキラリと光る。サッチーは柄にもなくなんだかモジモジしている。
あわわわわ、僕の隣で皐月さんがギリギリと歯軋りをしているよぉっ!
「本当のことを言うとね。ボク、ずっと前から幸子ちゃんのこと、可愛いなって思ってたんだよ?」
「え……、嘘。わたしなんて平凡だし、何の取り柄もないし、可愛くもないよ?」
似合わない謙遜をするサッチー。――あ、謙遜じゃなかった。事実かも(真顔)。
今度は街路樹の後ろに隠れて覗き込む僕ら。
頭の上から皐月ちゃんの不満そうにつぶやく小さな声が聞こえる。
「サッチーに取り柄がないなんてそんなことないわよ」
「――たとえば?」
「バカなところ?」
ほんとそこしかないのっ!? 皐月ちゃんっ!?
「君は今のままでも十分に可愛いよ。だから無理して児童会役員選挙なんてやって、今を変えようとしなくても、君は君のままで、十分に素敵なんだよ――(キリッ)」
「あ――有栖川くん……」
なんだかボウッとした表情をしているサッチー。
これはもしかして有栖川くんにやられてしまっているのでは?
「なんだかやばくない? ……織田くん?」
「うん……」
そんな風に普通の女の子みたいになってしまいそうなサッチーのことを、僕はもう見ていられなかった。
だから僕らは物陰から飛び出した!
☆
「君は君のままで、十分に素敵なんだよ――」
「あ――有栖川くん……」
頭がボウッとしたままでいると、なんだか急に有栖川くんが顔を近づけてきた。
頭の中はさっき見たガンダムの興奮でいっぱいになっていた。
あ~、ガンダムめっちゃかっこよかったなー。
やってみせろよ、マフティー! って、きゃーっ!!
あれ? なんで有栖川くん、ドアップなの?
そう思った瞬間だった。
「――ちょっと待ったぁああああああ!」
少し先の街路から人影が飛び出した。それは二人の女の子。
季節外れのトレンチコートを着たポニーテールの少女と、空色のワンピースを着たとっても綺麗な女の子。その子が颯爽と駆けつけてくる。
あれは……メイちゃんと、――わたしの
「あれ? 皐月照沙ちゃん、と……君は?」
有栖川くんは、そのワンピース姿の
そりゃそうだよねー。女の子モードの織田くん、学校での雰囲気と全然違うもん。
驚く有栖川くんに、織田くんはグイと詰め寄る。
「有栖川君。サッチーが困っているじゃないか? 女の子を口説くのは構わない。でも、せっかくサッチーが目指し出した『児童会役員選挙』っていう目標を、……どうでもいいことみたいには言って欲しくないっ!」
織田くんはわたしと有栖川くんの間に割って入った。
急な登場にちょっと驚いたけれど、有栖川くんの距離が近すぎたからちょうど良かった! だって有栖川くん、どアップすぎなんだもん! そんなに近づかなくても、顔は見えるんだよ、有栖川くん。わたしって、そんなに視力が悪いと思われてるのかな~?
織田くんに詰め寄られた有栖川くんは何だか目を見開いている。驚いたような顔。
「君は……誰? 幸子ちゃんの……友達?」
「――そうだけど?」
「……う……美しい。君、洛和小学校の生徒じゃないよね? いいや、違う。君みたいに美しくて凛々しい少女が、ボクの学校にいたら、このボクが気づかないわけがないっ! ……名前を教えてはくれまいか? ボクの――『運命の人』よっ!」
「ふぇっ!?」
織田くんから変な声がでた。美少女なのに。
有栖川くんはすでに目をキラキラさせて、織田くんの手をとって両手で握りしめていた。――そのすきにわたしはそろりと距離をとる。
「今日という日までの人生は、あなたに出会うためにあったのだ。僕の運命の人よっ! 是非、あなたのお名前と、連絡先を教えてほしい。そして、少しでもあなたと同じ時間を過ごし、同じ空気を吸う許可をわたしに与えて欲しいっ!」
「え? 有栖川くん、今まで、サッチーのことを口説いていたんじゃ?」
「それは一旦、脇に置こう――」
脇に置かれたっ! ……まあ、全然いいけど!
「ねえ、有栖川くん。それ――本気で言っている? 僕のこと本当に綺麗だと思うの? そして、女の子として一緒にいたいって、――『運命の人』だって思うの?」
「ああ、思うさ。ボクの目に狂いはない。君は素敵だ。これまで出会ってきた女の子たちとはなんだか全然違う。――そういう風にボクは感じるんだ。……だから」
それはめっちゃわかるぞ! 有栖川くん!
女の子モードの織田くんはめっちゃ可愛いし、綺麗だし、凛々しいし、素敵なんだ!
もしかしたら、わたし、有栖川くんとそのあたりの趣味があうのかも! 有栖川くんのことは趣味じゃないけど(暴言)!
でもその子はね――
「わかったよ。有栖川くん。じゃあ、教えてあげる。僕の名前を――」
わたしたち三人の目の前で、洛和小学校の6年生きってのイケメン有栖川煌流が息を飲むのがわかった。そして織田くんは言葉を繋いだ。
「――僕の名前は
「……へ?」
そうして織田くんはその頭から髪の毛を――ウィッグを取ったのだ。
その下からこぼれ出すボサボサの黒い髪の毛。それはいつもの織田くんだった。メガネじゃなくてコンタクトなのと、少しのお化粧の分、どこか女の子モードの雰囲気は残しているのだけれど。ウィッグの下から現れてきたのは、男の子の顔だった。
有栖川煌流は何が起こったのかわからないという様子で、目を点にしている。
しばらくして、有栖川くんはわたしとメイちゃんの方へとゆっくり振り向いた。ロボットみたいに首をカクカクと動かしながら。助けを求めるように。
でも、わたしもメイちゃんも黙って頷くしかなかった。救いなんて――無いんだよ。
だって、それは本当に織田くんなのだから!
運命の人だと言ったその人は、君のクラスメイトの男の子だったんだから!
「そ・ん・な・ば・か・な……!」
――バタリ。あ……倒れた。
「ちょ、ちょっと、有栖川くん、大丈夫っ?」
心優しい織田くんは、アスファルトの上、横たわった無惨なイケメンの前にひざまずいた。そして心底驚くと、本当に人間は泡を吹いて倒れるのだということを、わたしはこの日初めて、知ったのである。
有栖川煌流。安らかに眠れ……。(死んでないけど)
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