第12話 今川一騎がライバルだ!?

「おい! そこの三人!」

「え? わたしたち?」


 放課後、三人で廊下を歩いていると後ろから呼び止められた。

 立ち止まって振り向くと、そこには偉そうにふんぞり返る男の子が立っていた。その左右には他に男子生徒がそれぞれ一人ずつ。

 真ん中に立つ彼が誰か、わたしもさすがに知っていた。6年3組の今川一騎くんだ。

 あんまり喋ったことは無いけれど。


「今川くん。……どうしたの?」


 メイちゃんが尋ねる。そういえばメイちゃんは今川くんと同じクラスだったこともあったんだっけ? 居丈高に呼び止められて、ビクッとした織田くんは、そっとメイちゃんの後ろに隠れた。


「あー! 『イマイチくん』だっ!」

「だれがイマイチくんやねんっ! おまえ、そう俺のことをそう呼ぶなんて、ええ度胸しとるなっ! ケツの穴に手ぇ突っ込んで、歯ぁガタガタいわせるぞっ!」


 覚えていた彼の裏ニックネームをわたしが思わず口にすると、一瞬で今川くんは顔を真っ赤にして怒り出した。このニックネームは、一瞬で今川くんを沸騰させるみたいだ。

 瞬間湯沸かし器なんだね! 思わず言っちゃったけど、気をつけよう……。反省。


「お前、木春菊だよな? それに皐月の後ろに隠れているのが、織田だろ? ――聞いたぜ。おまえら、児童会役員選挙に出馬するんだってな!?」

「「出馬するんだってナッ!」」


 何故か左右の二人が追いかけるように復唱する。なんだ、なんだ!?

 どうやら今川くんの左右に立っている二人は、彼の子分みたいな存在らしい。

 仮にここでは右側に立っているスポーツ刈りの男の子を子分A、左側に立っている茶髪の男の子のことを子分Bと呼ぶことにいたしましょう。


「そうよ。織田くんが児童会長候補で、サッチーが児童会副会長候補として立候補するのよ! もう貴子先生には立候補届だって提出したんだからね。ねっ!?」

「うん。わたし、立候補した! 児童会副会長に、わたしはなるっ!」

「う……うん。ぼ……ぼくも」


 矢面に立つメイちゃんの左でわたしは胸をはった。

 織田くんはメイちゃんの右側からこっそりと顔を出す。

 会長候補! 威厳! わたしたちのリーダーとしての威厳をくださいっ!


「なんだってぇ? お前らが児童会長と児童会副会長だって? やめとけやめとけ。立候補するだけ無駄だ。演説会でも、予備選でも恥をかくだけだぞ?」

「――演説会? ――予備選?」


 首を傾げるわたしに、イマイチくん――もとい今川くんは、馬鹿にしきったように眉を寄せた。


「なんだ、木春菊。お前そんなことも知らないのか? 何も知らないで立候補したんだな。――まぁ、どうせ負けるお前らは知らなくても良いことかもしれないけどな」

「なっ……なにおうっ!」


 思わずファイティングポーズを取る。肩に掛けたカバンの脇で「バター牛くん」のキーホルダーが揺れた。わたしの大切なお守り。


「ふん! まぁ、知らなくてもいいが、せっかくだから優しいこの今川一騎さまが特別に教えてやろう! ありがたく思え!」

「「ありがたく思エッ!」」


 腕を組んでふんぞり返る今川くんの左右で、子分AとBがまた声をあげる。


「いいわっ! 教えてもらおうじゃないの! わたしの知らない知識とやらをっ!」

「……サッチー。なんで、自分の無知に……そんなに自信満々なのよ」


 それから本当に、普通に、今川くんは演説会と予備選について教えてくれた。

 彼の話を要約するとこうだ。


 まず選挙期間が始まってすぐ、今週末には演説会というイベントがある。それは選挙管理委員会が行うイベントで、校庭に置いたお立ち台の上で、それぞれの立候補者が集まった生徒たちに向かって演説――つまりスピーチをするのだ。生徒は自由参加なのだけれど、六年生は自分のクラスの候補が何を言うのか、面白半分に見に来る。そうすると結局、お祭りムードになって、四年生と五年生、さらには下級生も引っ張られるようにやってくるのだという。

 演説会ではそれぞれの候補が「公約」について話したり、自分がどうして児童会長になりたいかをアピールしたりするらしい。

 むむむむむ! それなら今週末までには公約を決めないとダメじゃん!


「演説会は児童会長候補者がいかにリーダーとしてふさわしいかが問われる場所。みんなの前で話すんだ。お前たち……特に織田にそれができるかな? いつもコソコソとして、ボッチでいる『オタクくん』に魅力的なスピーチができるとは思えないけどなぁ!」


 ビシッと今川くんは織田くんに人差し指を立てた。


「ああああっっっ! いま、今川くん『オタクくん』って言った! 先生に言いつけてやるぞっ! 織田くんのこと『オタクくん』って言ったらダメだって、三年生の時、先生に言われたの覚えてないのぉ〜!?」

「ハアァッ! 何だよ、木春菊っ! 先に、俺のことを『イマイチくん』って言ったのお前のほうだろ! 売り言葉に買い言葉だよ! 売ったんだったら、買いやがれっ!」


 ぐぬぬぬぬぬぬっ! とわたしと今川くんは睨みあう。

 そんなわたしの制服の袖口を織田くんが「いいから、いいから」と引っ張る。最近、気づいたんだけど、織田くん、実は『オタクくん』と呼ばれるの、あんまり気にしていないんだよね。あの事件は、先生たちの過剰反応だったのかもしれないなぁって今は思う。


 次に予備選だ。「予備選」と呼ばれているものの、実際には選挙ではない。

 本投票前に様子を見る事前アンケートみたいなものだ。これを実施するのは選挙管理委員会じゃなくて、生徒たちがつくる新聞部。四年生以上全員にアンケートが行われて、その結果が壁新聞として廊下に掲示されるのだ。

 その結果が本投票の結果をどれだけ予測するかは年によって違うけど、それでもやっぱりここで一番になった候補がそのまま児童会長に当選することが多いらしい。逆にここで最下位になると、もう逆転は難しいんだって。


「――まぁ、お前達はきっと最下位だろうな」

「なんですってぇ〜! そういう今川くんはどうなのよっ! 予備選で一位になれる気でいるの? 1組からは式部しきぶヴァイオレットさまも立候補するんでしょ!?」


 わたしはなんだか悔しくなって、ヴァイオレットさまの名前を出した。


「ああ、式部のことは理解している。間違いなく俺たちの最大のライバルになるだろうな。式部紫――俺たちが覇権をとるためには最大の難敵さ。だが勝機はある。打倒式部紫に向けて俺たちは集中して準備するんだからな」

「「準備するんだからナッ!」」


 何か秘策でもあるのだろうか? 今川くんはニヤリと笑った。


「だが、お前たちに負ける気はこれっぽっちもしない」

「なんですって?」

「だってそうだろ? お前たちは6年2組の中でも目立ったメンバーじゃない。有栖川煌流とかが出てくるならまだしも、ボッチの織田と、自由人の木春菊が組んだところで6年2組の票さえ固められるようには思えないんだけどな」

「――うぐっ」


 図星過ぎて言い返せない! 隣を見るとメイちゃんも苦笑いしている。

 ……メ……メイさま……、われらに策を……!


「織田くん! 何か言ってやってよ! あの今川焼きにっ!」

「うん。でも、そのとおりだなーって……。ははは」


 織田くんはわたしの「今川焼き」というボケにつっこむことすらせずに、乾いたような笑いを浮かべた。ぐぬぬぬぬぬ! リーダーァッ!


「まぁ、せいぜい、恥をかかないことだな。俺たちはライバルが一組減ったくらいの気持ちで、対式部戦に集中することにするさ。おい、行くぞ、前ら!」

「「ハイッ! 大将ゥッ!」」


 そう言うと、三人はくるりと背を向けて、廊下の向こう側に去っていった。

 そのまま廊下を折れ曲がって階段を下りていく。三人の背中はすぐに見えなくなった。


「――言われ放題、言われちゃったね」


 メイちゃんがわたしたちに振り返り、頬を掻く。

 冷静沈着で頭脳明晰なメイちゃんが言い返せなかったのだから、きっと今川くんの言ったことは本当に的を射ていたのだろう。――うん、わたしもそう思う。


「でもでも。貴子先生だって、『無理じゃない』って言っていたよね? 織田くん」

「う……うん。だ……だよね? これから一緒に『公約』を考えて、『想い』を言葉にして、準備していけば――きっと!」


 ボサボサ頭に黒縁メガネの織田くん、はコクコクと何度も頭を縦に振った。

 なんだかちょっと頼りない気もするけれど、織田くんの中には、わたしの騎士ナイトさまが隠れているんだから――きっと、最後にはっ!


「だよね。二人共。この書記候補――皐月照沙さまも、手伝ってあげるからね。あんな嫌味な男、ぶちまかしてやりましょうね!」

「「うんっ!」」


 わたしたちはお互いの顔を見て頷きあう。

 まだ選挙戦は始まったばかり。がんばるぞおおおおおーーーーーっ!


 「イマイチくん」なんかに、絶対負けないんだからっ!

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