第3話 どうしてあなたが持っているの!?
「どうしてそれを織田くんが持っているのっ!?」
目の前にぶら下げられたのは激かわキャラクター「バター牛くん」のキーホルダーだった。お父さんが買ってくれたわたしの大切な宝物。
織田くんは、わたしの質問に気圧されたみたいに、俯いた。
「ひ……拾ったから」
「え? どこで? いつ?」
「あっ……朝、曲がり角で……」
ん? つまりこういうことだろうか?
わたしと
経緯はよくわからない。でも――うれしいっ!
こうやって「バター牛くん」が見つかってくれたら、わたしはそれで満足っ!
「あああああ、ありがとう、織田くん! めちゃくちゃ助かった。拾ってくれてありがとう!」
わたしは思わず織田くんの手を握手するみたいに掴んで、ブンブンと大きく振った。
「イタタタッ!」
「あ、ごめん。大丈夫? そんなに力を入れたつもりはなかったんだけど」
織田くんが痛そうに顔をしかめたから、わたしは驚いて手を離した。そんなに痛くするつもりなんて全然なかったから。
「あ、違うんだ。ちょっと朝、こけた時に地面に手をついて……、その時にちょっと手のひらを擦りむいてしまったみたいで」
「あ……、そうなんだ。ごめんね。知らなくて。織田くんも朝こけちゃったんだね。実はわたしもなんだよ? 朝、曲がり角でね。とっても綺麗な女の子とぶつかって……。ちなみに、多分このバター牛くん、その時に落としちゃったんだと思うんだけど」
「うん、知ってる」
度のきつそうな黒縁眼鏡の奥で、織田くんは目をしぱしぱさせながら気弱そうに頷いた。
「そっか。うん、そうだよね。その曲がり角に偶然通りかかって、拾ってくれたんだもんね。わたしのバター牛くんを。――もしかして織田くんもあそこの曲がり角でこけちゃったとか? わたしと同じでドジだねー。織田くん。親近感おぼえちゃうよっ!」
織田くんからバター牛くんを受け取ったわたしは上機嫌だ。
目の前で親元(?)に戻ってきてくれたバター牛くんをぶらぶらさせる。
「あ、うん。急に飛び出してきたから、避けきれなくてね。……ごめんね」
「ん? あ、そうなんだ。織田くんも誰かとぶつかったんだ。大変だよね。あそこの曲がり角、いかにも誰かとぶつかりそうだもん。朝に食パンなんて咥えていると、特に〜」
だから毎日のように、食パンを咥えてダッシュしていたんだけどね。えへへ。
でも、それも今日で終わり。
わたしは運命の
「うん、そうだね。だから木春菊さんも気をつけないとだめだよ。食パンを咥えて走るのって危ないからね。マンガとかアニメだとそういうシーンもあるけれど、あれってあくまで物語の中の話だからね。ぶつかった瞬間にカバンの中身も撒き散らかされて大変だっただろうし」
「わかってるよ〜。もうしないって。ご忠告感謝、感謝!」
目の前でキーホルダーのバター牛くんがぶらぶらと揺れる。
頭の上で溶けたバターが周囲へと撒き散らかされそうだ。それもまた……可愛い。
撒き散らかされて……、って……ん? ちょっと待てよ。
「――どういて、織田くんが、わたしのカバンの中身が撒き散らかされたことを知っているの? 朝の曲がり角で?」
「え? だから、ぶつかったから……」
「え? 織田くんがぶつかったのは、誰か別の人よね? 偶然、わたしがあの方とぶつかった曲がり角で、また偶然、織田くんが今日の朝、誰かとぶつかったのよね?」
「え? え?」
偶然? 偶然? ちょっと待てよ? そんな偶然って重なるものか? 同じ曲がり角で登校時に同じ学校の生徒が、同じ朝に二回も衝突事故を起こす。つまり一日で合計四名の被害者……。――それどんだけ危険な曲がり角やねん!
でも、……ということは?
「織田くん……。ちょっと、ここで、あらためて、心をしずめて、虚心坦懐に聞くのだけれど――」
身の丈に合わない、難しい四字熟語を織り交ぜながら、わたしは問いかける。――あ、虚心坦懐っていうのは、「心になんのわだかまりもなく、気持ちがさっぱりしていること」だからね。国語辞典によると。
「――織田くんが、今朝、その曲がり角でぶつかったのって……誰?」
思わず生唾をゴクリと飲み込む。まさかとは思うけれど。ていうか、そんなはずは無いのだけれど。一億分の一の可能性に身構えるように、わたしは織田呉羽くんの返答を待った。
「誰って……。木春菊幸子さん――きみだけど? 本当に怪我とかしてなかった? 大丈夫?」
ええええええええっっ!? どういうこと?? わたしがぶつかったのはこの学校の女子の制服を来た女の子。凛々しくて、格好良くて、美しい、わたしの
なのに、それがどうして、頭ボサボサで、黒縁メガネの「オタクくん」とぶつかったことになっちゃうのぉ〜!?
「あの……。織田くん……。いいかな? 嘘偽りない言葉をもらいたいのだけれど。……質問していい?」
「うん。いいよ」
わたしは一度、大きく息を吸う。
ラジオ体操第一でやる、「吸ってぇ〜、吐いてぇ〜」の両腕の動きもつけながら。
「わたしは朝、女の子とぶつかったの。その人は、この学校のセーラー服を着ていてね。とてもかわいくて、かっこいい人だった。そして言ってくれたの――『大丈夫ですか?』『特に大きな事故にならなくて良かった』って」
朝のことを思い出しながら、わたしは
「それがどうして織田くんとぶつかったことにすり替わるの?」
「……いや、こんなこと言うのは恥ずかしいんだけど。それに本当はもうバレていたかなって思っていたんだけど。実は――その女の子……僕なんだ」
一時停止。無音区間。
「……はい?」
自分の口から出たのは、蚊が鳴くみたいな声だった。
いや、蚊の鳴き声なんて聞いたことないけれどね。
「じゃ……じゃあ。あの人が、去り際に何て言ったか……言ってみてよっ!」
「うん。確か僕は『名乗るほどのものじゃない』って言って、『お嬢さんに怪我がなければ何より』――くらい言ったんじゃないかな?」
うん。そう言われた。その言葉で、またときめいちゃったんだよね。
でも、――ということは。
「……本当に、あのときの
「うん、そうだよ。でも、本当に怪我がなくてよかったよ。木春菊さん」
そう言って笑った織田くんの眼鏡の奥で、どこか朝のあの人を彷彿とさせる純粋な瞳が輝いていた。
「どういうことぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーっっっっっ!」
わたしは本日三度目の叫びを、6年2組の教室に反響させてしまったのでした。
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