第2話 あの騎士さまは誰なの!?

「――ってことがあったのよ〜!」

「まじで! すごいじゃん、サッチー。ついに念願の出会いがきちゃったわけだ!」


 朝一番、授業前の教室。興奮冷めやらぬわたしは、親友のメイちゃんに朝の出来事をまるまる話していた。

「メイちゃん」こと皐月さつき照沙てれさちゃんはわたしの大親友。運動神経も良くて頭も良くて優しい素敵な女の子なんだ! 後ろで括ったポニーテールの髪がトレードマーク。ミニバスケットボールクラブにも所属しているんだよ。

 ちなみに「皐月」っていうのが「五月」のことで、「五月」が英語で「MAYメイ」だからメイちゃん。アニメの『となりのトトロ』が由来なんだよ。


「うん。でも名前も聞けなかったからねー。どこの誰かはわからないんだけど」

「そうなんだ。だけどこの洛和小学校の生徒なんでしょ? 制服を着ていたんだから」

「そのはずなんだけどね。でも、あんなかっこいい女の子がいたら絶対覚えていると思うんだけどなぁ」

「だよねー。転校生とかかなぁ? でもこの時期に転校生ってあんまり来ないよね? 新しく誰かが編入して来るって噂も聞かないし」

「だよねー」


 わたしたちの学校――私立洛和小学校は私立の学校だから住んでいる場所に関係なく、いろんな地域から生徒たちが集まってくる。

 その逆に、引っ越して来たからって理由では、途中から学校に編入してくることも出来ないのだ。特別な理由が無い限りは。だから六年生になるまでの五年間だって、転校生が入ってきたことは一度しかない。その子は海外に赴任していた父親と一緒に帰ってきた帰国子女。本当は小学校の一年生になるまえに受験はしていて合格していたんだけど、お父さんの海外赴任が決まったから一旦入学せずに海外で暮らしていたんだって。そういうパターンだったから、まさに特別枠。


「謎だね〜」

「謎だよ〜」


 朝、洛和小学校のセーラー服を着た騎士ナイトさまと衝突したわたしは、一旦家に帰った。案の定、少しだけ膝小僧を擦りむいていたし、スカートも汚れていた。お母さんに消毒してもらって、スカートは新しいのに穿き替えた。わたしはそのままでも良かったんだけど、お母さんが「穿き替えなさい」っていうからね。


「どうしたの?」と、心配したお母さんに、曲がり角で同じ学校の女子生徒とぶつかったということを話すと、「ちゃんと前を見てあるかなきゃだめよ。もう食パンを口に挟んだまま走っちゃだめ!」とちょっとだけお説教されちゃった。わたしは「はーい」としおらしく返事しておいた。

 でも大丈夫だよ、お母さん! わたしもう朝早くから食パンを咥えたまま走ったりしないよ。だって、わたしはもう出会えたんだから……運命の人に!

 思っていたのとはちょっと違って、女の子の同級生(多分)だけど、これはわたしの物語の始まりに違いないって、わたしの直感がビシビシと叫んでいるのです。

 そんなことを思い出していると、メイちゃんが、きょろきょろと周囲を見回していた。


「どうしたの?」

「いや、うちのクラスにそんな女の子いないよなーって」


 朝のホームルーム開始十分前。クラスの生徒の半分くらいは集まっている。

 見回すとクラスはいつも通りって感じ。


 窓際の前の方にはイケメンの有栖川ありすがわ煌流ひかるくん。名前の音は「ひかる」でけっこう普通の名前なんだけど、漢字の画数がものすごく多くて、かっこつけた感じのキラキラネーム。「ひかる」だけに……。

 今日も有栖川くんの周囲には女の子たちが集まっている。

 イケメンで調子が良くて、スポーツもできる有栖川くんは、女の子たちに人気だ。体育の授業でも有栖川くんがシュートを決めると黄色い声援が飛ぶしね〜。下級生にもファンは多いらしい。――わたしはパスだけど。

 そしてその取り巻きにも、もちろんわたしの騎士ナイトさまはおられなかった。


 窓際の後ろの方にはちょこんと席に座って一人で小説を読んでいる男の子。ボサボサの髪の毛で黒縁のメガネを掛けている「オタクくん」……もとい、織田おだ呉羽くれはくん。

 三年生くらいの時に、いっとき「オタクくん」がニックネームになっていたんだけど、それが「いじめ」に見えるということで、先生方から学年全体がこっぴどく怒られて、それ以来、織田くんのことを「オタクくん」と呼ぶことは禁忌タブーになっているんだ。

 そのせいで、彼自身が腫れ物に触るような扱いをみんんなから受けるようになって、ちょっと孤立しちゃった感じ。先生もそういう繊細なところにもう少し気を使ってくれたら良かったんだけどね〜。

 わたしは織田くんとは話さないってわけじゃないけれど、特に仲が良いってわけでもない。いつも本ばかり読んでいて、不思議ちゃんだし、織田くん。ちなみにもちろん彼の周囲に女の子はいない。わたしの騎士ナイトさまは見つからず。


 その他、ぐるっと教室を見回してもそんな素敵な女子生徒は見つかるわけもなく。――ってそもそも、そんな確認するわけでもなく、クラスの女子の顔と名前くらい一致しているんだけどねー。


「そんなに凛々しくてかっこいい女子って言ったら、6年1組の式部しきぶヴァイオレットさんだけど……、違うのよね? サッチー?」

「式部さんだとしたらわかるよー。さすがにー」

「だよねー」


 容姿端麗、成績優秀、文武両道、温厚篤実といえばわが洛和小学校6年において式部紫さんを除いて他になし。つまり、頭もいいし、運動神経も抜群な上に、性格だって良い完璧超人の美人さん。それが式部紫さんなのだ。

 長くて黒い綺麗な髪がトレードマーク。ちなみに名前の漢字は普通なのに、紫の読み方が「ヴァイオレット」って英語なのが、ちょっとキラキラネーム感がある。それが「残念」だって人もいるけれど、わたしは悪くないって思うの。

 そのくらいの異次元感はあったほうが、式部さんらしいのだ。式部ヴァイオレットはそんな別世界の存在。どの種目で挑戦しようが、わたしなんか手も足も出ないすごい人!


「うーん。じゃあ、お手上げだね。本当に謎な出会いなんだね。また会えるといいね」

「えへへへ。だよね〜」

「え? サッチー、なんでにやけているの? どこの誰かわからないんだし、もう会えないかもしれないんだよ?」

「でもそのくらいの方が運命っぽくない? きっとわたしの物語に現れた騎士ナイトさまはわたしと運命でつながっているはず。だから、きっとまた会えるわよ!」

「サッチーってほんとポジティブよねー。うん、でもそうだといいね」


 そう言うとメイちゃんは自分の机へと戻っていった。


 頭の中はまだウキウキモードだけれど、今日の授業は授業で始まっちゃう。

 わたしはカバンを開いて、筆記用具を取り出した。そしてわたしのお守り代わりのバターうしくんを……。バター牛くんを……。バター牛くんを……。

 ――あれ?


「ああああああああああああああああああああッッ!!」

「何!? サッチーどうしたの? 何!?」


 自分の机まで戻ったメイちゃんが飛んで戻ってきてくれた。


「無いの……。わたしのお守りが……。わたしの――バター牛くんがぁ〜!」


 説明しよう。バター牛くんとは、牛が頭に角切りのバターを乗せた激かわキャラクターである。頭に乗せたバターがとろける感じ。ちょっと間の抜けた牛の顔が絶妙にマッチして、最高級の可愛さを醸し出すのである。とあるマンガからスピンオフしたキャラクターなんだよ。

 しかもご当地ものアイテムで、北海道の一部地域でしか売っていないのだ。出張ばかりで家にいることの少ないお父さんが、北海道に行った時に買ってきてくれた大切な思い出の品。お父さん(そういうところ)大好き。

 ところがいつもカバンの中に入れていたはずのバター牛くんがが無いのである。

 わたしのお守りなのにぃ〜。わたしの癒やしなのにぃ〜。


「はぁ〜。また後で一緒に探してあげるから……。一旦落ち着きなさい。授業、はじまるわよ」

「うん……。ありがと、メイちゃん」


 ほろりとこぼれ落ちてしまった涙を人差し指の背で拭った。

 きっと朝あの人とぶつかったときだ。尻もちをついて、カバンの中身をアスファルトの上にぶちまけてしまった。あの時に、無くしちゃったか、あの人のカバンの中身と混ざってしまったんだ。どうしよう!? うぇーん!


 でも、思わず大声を出してしまった。いまさら恥ずかしくなって、周囲を見回す。目が合った人もいたけれど、みんな気にしてないよと言わんばかりに視線を逸していった。なんだか気を使われている……。

 でも左の後ろを見た時、一人の男の子と目があった。――「オタクくん」……もとい織田呉羽くんだ。なぜだか彼はわたしのほうをじっと見ていた。

「どうしたんだろう?」と数秒ほど視線を合わせていると、向こうから「ハッ」としたように視線を逸らしてまた小説の世界に戻っていった。わたしはよくわかんなくて、首を傾げた。

 もしかしたら織田くんもバター牛くんが好きなのかな?


 たしかにメイちゃんの言うとおりだ。今、ここで騒いだり泣いたりしてもしかたない。わたしは残念のため息をついて、教科書を開いた。

 担任の和以かずい貴子たかこ先生が教室に入ってきて、一日の授業が始まった。


 ☆


 授業が終わって放課後、クラスのみんなは次々に教室を出ていく。メイちゃんも女子バスケの部活へと出かけていった。

 昼休みにメイちゃんもいっしょに探してくれたけれど、わたしのバター牛くんは結局見つからなかった。


「はぁ〜。バター牛くん……。もう別れを覚悟しないといけないのね……。よよよよよ」


 涙にむせびながら、自分の席を立とうとした瞬間だった。

 机の側へと近づいてきた男の子がわたしに声を掛けた。


「ねぇ、木春菊もくしゅんぎくさん。――ちょっといいかな?」

「え? あ、織田くん。……どうしたの?」


 それは頭ボサボサで黒縁メガネを掛けた織田くんだった。

 織田くんはわたしのすぐ近くまでやってくると、やおらポケットから何かを取り出した。そして、わたしの前にぶらさげる。


「――これ、木春菊さんの物だよね?」


 目の前にぶら下げられたそれは――まごうことなくわたしのバター牛くんだった!


「ああああああああああああああああああああ!! わたしのバター牛くんっ! って、どうして織田くんが持っているのぉーーーーーーーーーーっ!?」

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