第4話 あなた本当に騎士さまなの!?
よく戦国時代のドラマとかで、武将が眉をキリって寄せてそういうセリフをつぶやくことがあるけれど、今のわたしがまさにそれ。
どうやったって信じられないことが、この世にはあるのだと、幸子は知ったのです。
ちなみに「
織田くんの恐るべきカミングアウトを聞いたわたしは、そのまま織田くんの腕を掴んで、学校の教室を出た。眉をいつもの二倍くらい太くして、眉間に何本もの皺を寄せて。ぐいぐいと彼の腕を引っ張って、歩く。
「――
「いや、その、無理に信じてもらわなくていいんだけど、木春菊さん。僕もあまりあの格好のことは、多くの人に知られたくないっていうか。一応、秘密だったりするから。木春菊さんも信じないでいてくれて、スルーしてくれるなら、それはそれで良かったりするんだけど。……僕は平穏な日々を過ごせれば、それでよいので」
わたしに手を引かれながら、織田くんは、ぼそぼそと言い訳がましくつぶやく。
「織田くんが良くっても、わたしがだめなの! だってわたしにとって今朝の出会いは運命だったんだよ? 物語の始まりが来たぁ、って思ったんだよ? 一週間、毎朝食パンを口に咥えて『遅刻、遅刻〜!』って走った末にようやく手に入れた出会いだったんだよ!? それが織田くんだって言うなら、その本当のところを確かめないと……わたしの出会いが、なかったことになっちゃうじゃない!」
「え……、あ……、うん、いろいろツッコミどころはあって、どこから切り込んでいいのか、全然わからないんだけれど、……朝の衝突が、木春菊さんにとって、なんだか良くわからないくらいに重要な意味を持っているってことは……なんとなくわかった」
手を引いたまま、靴脱ぎ場までやってきて、手を繋いだまま、上履きから外履きに履き替える。そして校門へと歩き出す。
「あの……木春菊さん。手を離してもらってもいいかな? その……僕は、逃げたりしないから……」
「――本当に?」
「本当、本当。逃げたって、どうせ明日も明後日も学校で会うんだし、仕方ないし。……それにずっと手を繋いでいると、木春菊さんも、変な噂をたてられるかもしれないよ?」
そう言われて、はたと気づいて、周囲を見回すと、校庭にいる生徒たちが数人、わたしたちの方を見ていた。――ん……あっ!
つまり、これは、二人が、恋人みたいに手をつないでいると思われている? わたしと、織田くんがカップルだ、みたいに――思われている?
「ノォーーーーーッ!」
わたしは急いでその手を振りほどいた。物語は始まってほしいけど、願ったのは織田くんとのラブコメディなんかじゃないんだからねっ!
始まるなら……もうちょっと、こう、王子さまみたいな、
「そこまで拒絶反応されると傷つくなぁ。まぁ、慣れっこだけれど」
さすが全学年を敵に回した「オタクくん」騒動を乗り越えた織田くんである。傷つくことへの耐性が強い。
……って、違うか。普通そういうのって傷ついたら、余計傷つきやすくなるか。あ、軽率な考え方して、ごめんなさい。口に出してないけど、脳内で謝っておくね。
「ごめんなさい……。そんなつもりはなかったんだけど。よく考えたら恥ずかしいっていうか、なんていうか」
「うん、いいよ。手を離して欲しいって言ったの、僕だし」
優しい織田くんの言葉に、思わずわたしは、俯いてしまった。
「それで、これからどうするの? どこにいくの?」
「えっと。――あのね。織田くんが本当に朝のあの女の子なのか、確証がほしいの。確かめたいの。知りたいの! ……だから、もし本当に織田くんがあの女の子なら、もう一度だけ、わたしの前で、あの女の子になってほしいのっ!」
わたしはなんだかとても失礼で、無茶なお願いをしているのかもしれない。
そもそも男の子が女の子の格好をして街を歩いているってどういうこと?
それはとっても繊細な秘め事なのではないだろうか? もしそうだとしたら、わたしはそんな彼の秘密に土足で踏み込もうとしてるんじゃないだろうか?
でも彼は顔を上げると、穏やかな顔でこう言ってくれたのだ。
「――うん、いいよ」
「えっ!? いいの?」
「うん。それを木春菊さんが望むなら――ね。僕はあの姿を人に見せるためにしているわけじゃないけれど、人から隠したいわけでもないんだ。本当はね。……それにきっと、木春菊さんなら、笑わずに受け止めてくれる気がする」
「笑わない! 笑わないよっ! 絶対、笑わないからっ!」
なぜだか握りこぶしを作って力説するわたしの言葉を、織田くんは「はいはい」と笑顔で受け流した。
それから二人で、どこを会場にするかについて相談した。とはいっても織田くんの家でやるか、わたしの家でやるかしかないんだけれど。
相談の結果、「今日、木春菊家は、親と姉の帰りが遅いはず」という理由でわたしの家でやることになった。衣装や化粧道具(!?)があるからということで、帰りに道に織田くんの家に立ち寄って、そのあと二人でわたしの家へと向かった。
そして今、織田くんのお着替えタイムなのである。
「ちょっと、三面鏡のある部屋ってあるかな?」
「うーん。三面鏡かぁ。お母さんのが寝室にあると思う」
「入っていいのかな?」
「いーんじゃない? わたし使ったことないけれど」
駄目かもしれない……とは思いながらも「ええい、ままよ!」と織田くんをお母さんとお父さんの寝室へと連れていった。ボストンバッグを抱えた織田くんをその部屋に残して、「わたしは自分の部屋で待っているから、終わったら来てね」と言って。
キッチンの冷蔵庫からアイスティーを出して、氷をグラスに入れて、二人分の茶菓の準備。お菓子は駄菓子入れの箱から柔らかいチョコチップクッキー『いなかのおかあさん』を取り出した。よく考えたら、高学年になって初めて男の子を家に上げるのだ。ちょっとは女子力を見せないとダメじゃん、って思ったりもした。
部屋に戻って、ちゃぶ台の上にお盆ごとお菓子とアイスティーを置くと、ベッドの端に腰を下ろした。
ドキドキする。ソワソワする。落ち着かない。
織田くんが――本当にあの
その答えがもうすぐ出るのだ。
――コンコン
扉がノックされた。
「はい〜」
「僕だけど、着替えたから入っていいかな?」
心持ちいつもの織田くんより、高い声が扉の向こう側から聞こえる。
「いいよ、……あ、わたしが扉、あけるね。ちょっと待ってね」
心臓が激しく脈打つ。そしてわたしはドアノブに手を掛けた。
扉を押し開き、ゆっくりと顔を上げる。
そこには――
「あああああああああああ! わたしの愛しの
そこには今日の朝出会った、わたしの運命の
ちょっと困ったような、はにかんだ笑みを浮かべながら。
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