#14 “おともだち”同士ですから。
都内某所。ガールズバー マジカルドリーム。閉店後。
「今日は助かりましたわ。最近は寒くなりましたし、暖かいものでも召し上がりましょう」
ユキとチナツ、そしてアカネとアンナ。照明を半分落とした店内の隅で、四人はテーブルを囲んでいた。
「これ、テンチョーが作ったんですか」
「いいえ、アンナが作って下さったの」
テーブルには四人分の器があり、食欲をそそる和風だしの匂いを漂わせている。
「さきほど買ってきた、ただの袋うどんですが。少し練りショウガをくわえていますので……暖まるかと」
「わあ」
「さあ、頂きましょう」
この四人の中で、まともに自炊ができるのはアンナだけである。特にアカネの生活能力は壊滅的だ。たびたびアンナはアカネの元に食事を作りにいっているらしい。
―――
「前総代ってどんな人だったんですか」
食事を終えた後、ユキは思い切って聞いてみた。フロイントシャフトがどういう組織であるかはなんとなく理解しているが、知らないことは多い。
聞いたところで何が変わるわけでもない。あくまで興味本位だ。
「そうですわね」
指を頬に当て、アカネは微笑んだ。
「とても強い人でしたわ」
ゆっくりと、名前を噛みしめるかのように、アカネは呟く。
「たしか“スレイヤー”って」
「はい。ですが、それは魔法少女としての本当の名前ではありません」
「え」
「魔法少女“ダブルショット”。そして“スレイヤー”という名は――あのひとがやり遂げたことで皆から名付けられた、二つ目の異名」
手元の水を飲み、そしてアカネは言葉を繰り返す。
「ええ。ほんとうに――“強い”人でした」
―――
薄暗い店内の隅で、昔話は続く。
第四回。ルールは“デス・ドゥーム”。確認できる限り、この一回を除き、後にも先にもこのルールが適用されたことはない。第四回の帰還者は大半が精神的ショックを受け、現実に戻った後も何らかの後遺症を発している――最悪のルールだ。
「基本的な条件は同じ。ただ他人を蹴落とし、生き残るだけ。ですが」
「ですが?」
「……貴方達、“悪魔”をご覧になったことはあって?」
口にし難いもの。形容できないもの。思い出そうとしても、恐怖で霞んでしまうもの。“誰か”の悪意が生み出した産物がいたるところに徘徊する、まさに地獄としか言い表せない場所。アカネを含めた第四回の魔法少女達は、単にそれらを“悪魔”と呼んだ。
「異様な光景でした。今でも思い出すたびに震えるくらい」
「お姉様。あまり無理をしないで下さい」
アンナがアカネの手を握り、気遣う。
「ありがとう、アンナ」
第四回のマッチングで選ばれた百人のうち、“七十五人”になって失踪してしまった少女達。半分は同じ魔法少女の手によるもの。そしてもう半分は悪魔の犠牲者とされる。
「前方には悪魔。後方には自分の命を狙う魔法少女。そういった状況の中で、皆、どんどん狂っていきました。死ぬことだけが運命。生き残れたのは“ほんの少しだけ運命に見逃された子”だけ」
アカネはアンナの手を握り返す。三人は息を飲む。側近のアンナでさえ、彼女の話を聞くのは初めてだった。
「でも――そこに一人だけ、運命に抗う人がいました」
―――
「“ダブルショット”。あのひとは、一人として魔法少女を手に掛けたことはありません」
「一人も?」
「ええ。ただひたすら――それが自分の使命であるかのように――悪魔を殺していました。そうしてついた渾名が“スレイヤー”。悪魔を……悪魔だけを殺し続けた者の異名として」
―――
こうして第四回は終わりを告げ、アカネを含めた二十五人は生きて現実に戻ってきた。そして帰還者達は“偶然が重なった”末にこの世界で再会し、繋がりを持つようになった。それがフロイントシャフトの前身だという。“スレイヤー”を中心にした、元魔法少女だけで構成された、独自の集まり。
「どんな人だったんですか」
「実のところ、もう顔も覚えていませんの。本名もわかりませんし」
アカネの意外な一言に三人は驚く。そういえば、それだけアカネが憧れたという人なのに、写真の一枚も残っていない。
「覚えていないというよりは、思い出そうとすると霞んでしまう。そんな感じと申しましょうか。ああ、あと彼女はとても無口でした。長く傍にいた私でさえお声を聞いたことは一度もございませんから」
「ええ……」
ますます分からない。どんな人なのだろう、とユキは思いを巡らせる。
「でも、あのひとはどんな運命にも困難にも抗うことのできる人でした。それをすべて行動で示していました。誰よりも早く動き、率先して立つ。その背中だけが私の印象に残っていますわ」
そう言うとアカネは席を立ち、カウンターに三つのタンブラーグラスを用意し、カクテルを作り始めた。ウォッカ、辛口のジンジャーエール、グレナデンシロップ。氷と共にステアする音が静かな店内に響き渡る。やがて出てきたのは“ダーティ・シャーリー”にアレンジをくわえたカクテル(チナツは未成年なのでノンアルコールのシャーリー・テンプル)。アレンジはウォッカを多めに、度数を高く。
「あの人の渾名とのダブルミーニングで“D.S.”と呼んでいます。強い人……だから度数もほんの少し強く。まだ試作ですけれど、良ければ飲んでみて下さい。この一杯だけ……他の皆様には内緒ですよ?」
―――
「――私どもフロイントシャフトと監察局との関係はご存じかと思いますけれど」
二つの組織は基本的に相互不干渉を貫いている。両方を上手く使う元魔法少女もいるが、どこかに頼る選択をした者達は大抵どちらかを選ぶ。共通点は社会への順応。しかしアプローチは少し異なっている。ユキやチナツは局の保護下にいるのが合わなかった。だからこちらに来た。
「私達も最初は監察局の世話になっておりました。けれど私達はうまく馴染めませんでした」
「それで」
「私達は“スレイヤー”を中心にして離れました。でも当時の監察局の皆様は、あまりそれをよく思ってはおりませんでした」
アカネは半分ほど飲んだカクテルのグラスを静かに傾ける。
「ある時……そうですね、嫌がらせと言えばいいのでしょうか……仲間の一人を、監察局の方々が彼女の家族と組んで私達から引き離そうとしたことがありました。彼女は――マリと言いましたけれど――家族に酷い目にあったようで、それでこちらに身を寄せておりましたの」
「無理やり?」
「ええ。マリは、とても嫌がっておりました」
以前の監察局のやり方は、かなり強引だったらしい。
「すると翌日“スレイヤー”も私達の元から姿を消しました。そして二日後に戻ってきました。あちこち傷だらけになって。マリと一緒に」
「それって」
「文字通りの無言実行。すべてを行動で示す。あのひとの姿勢はこちらに来てからも変わりません。一体何があったのか、もちろん一言も語っては下さいませんでした。でも、それから監察局の方々は私達に一切の干渉をなさらなくなりました」
ユキとチナツは顔を見合わせる。
「その後、しばらくして“スレイヤー”は私達の元を離れていきました。きっと自分がいたらまた周りに迷惑がかかると思ったのでしょう」
「お姉様の元を……何も言わずに、ですか」
珍しくアンナが反応した。アンナはアカネに心酔している。彼女なりに気になるところがあったのだろう。あるいは一種の嫉妬を含んでいるようにも思えた。
「ええ。なにしろ無口な方でしたから。それきり、私は彼女の姿を見ておりません」
―――
「確かにフロイントシャフトという組織は私が作りました。ですが私はあくまで“二代目”。礎を作り上げたのはあのひとですから」
「あの。前から聞きたかったんですけれど、フロイントシャフトってどういう意味なんです?」
「“おともだち”。それ以外の意味はありません。ええ、私達は、大事な大事な“おともだち”同士ですから。そうでしょう?」
―――
夜も更け、四人は店を出て帰路につく。四人とも住まいは近くのアパートで、歩いて行ける距離にある。
「今日は昔話に付き合って頂き、ありがとうございました」
アカネが頭を下げると、ユキとチナツは手をぶんぶんと振る。
「いえいえいえいえ!」
「あ、あたし達のほうこそ、なんかこんなキチョーな話とか聞かせてもらって……その、カクテルも美味しかったですし」
久しぶりにアルコールを口にしたからか、ユキの顔は赤い(チナツはノンアルコールなので酔っていない)。ともかく今夜はよく眠れそうだ。上機嫌でその場を後にしようとすると――不意にアカネが二人に声をかけた。
「ああ、それから」
「はい?」
「“ギフト”を使ったこと自体を咎めるつもりはございませんわ。きっと事情があってお使いになったのでしょうから」
ユキとチナツは驚き固まった。ユキの酔いも一気に醒める心地がした。
「あ、あの、それは、その」
「ごめんなさい、テンチョー! ユキが悪いんじゃなくて、あれは私が言ったんです。ユキは悪くないですから!」
チナツが一歩前に出て、ユキをかばう。だが慌てふためく二人を前に、アカネは口に手を当て、くすくすと笑うだけだった。
「ふふふ。良い“おともだち”同士ですわね」
「え?」
「ええ……」
「貴方達を信頼しておりますもの。申し上げました通り、咎めるつもりはございません。ですが――」
零時を過ぎようという時間でも、繁華街の灯りは消えることがない。
夜の闇に、ネオンに照らされた嫋やかな顔が浮かぶ。
ササノアカネ。またの名を、第四回帰還者、元魔法少女“エンフォーサー”。
「ギフトは贈り物であり“毒”でもあります。……私達は、人間には本来あってはいけないものを持っている。けれど……私達は、ギフトこそあれど”もう魔法少女ではない”存在。……私達は、この現実で生きなければなりません。それを忘れると、いつかは災いが降りかかります。今一度、覚えておいて頂けるかしら?」
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