バーチャル配信者

神楽さんの話を一通り聞いた俺は、まさかの内容に頭が真っ白になっていた。


「────つまり、なーちゃんは俺が神楽さんや鳥沢さんと仲がいいって知ってた……?」


「聞いた時はどうにかなりそうでしたけどね……」


 あはは、と苦笑いするなーちゃん。今でこそ笑い話だが、ずっと前から俺のことが好きだったというなーちゃんからすれば一大事だったに違いない。


 話を聞く限りどうやら何も知らなかったのは俺と鳥沢さんだけで、なーちゃんと神楽さん……それと栗坂さんも裏で色々やっていたらしい。


 結局の所なーちゃんとこうやって付き合えた訳だしそのことについて今更特に思うことはないけれど、何となく気恥ずかしい。あの頃の俺は現実すら見えてなくて一人であたふたしていた気がする。


「今だから言うけど…………ボク、千早くんに連絡しなくなったじゃない? あれは別に千早くんのことが嫌いになったとかじゃなくてさ。何となく二人に気を使っちゃったんだ。だから……勝手だけど、ボクは今でも千早くんのことは友達だと思ってるよ。…………伝えられないままで結構もやもやしてたんだ」


 そう言うと神楽さんはにひひ、と笑った。

 相変わらず自分勝手な話だったが、不思議と嫌な気分にならない魅力が神楽さんにはあった。


 …………思えば神楽さんは最初から突拍子もない人だった。

 親しくない俺をいきなり家に呼んだかと思えば軟禁するし、わざと露出の多い格好を見せつけてくるし、エムエムの大会の時は隣に居てとお願いしてくるし。


 ただ、神楽さんから連絡がくる生活は楽しかった。それは俺の正直な感想だ。


 そんな彼女が友達でいてくれるというのなら、それは俺にとって嬉しい話以外の何物でもなかった。


「────俺も神楽さんのことは、今でも友達だと思ってる。嫌われていた訳じゃなくてほっとしたよ」


「あははっ、嫌いになることなんてあるわけないって。千早くんと遊ぶのは楽しかったもの」


 神楽さんに釣られるように二人で笑い合う。

 今日出会わなければ、もしかしたら俺と神楽さんの関係は終わっていたのかもしれない。話せて本当に良かった。


「…………楽しそうな所、申し訳ありませんけど。二人で会うのは許可しませんからね!」


 重く響く声に、表情筋が凍りつく。油のささっていないブリキのおもちゃのようにゆっくりと首を横に向ければ、じとっ……とした目で俺を睨むなーちゃんがそこにいた。


「大丈夫大丈夫、別に菜々実ちゃんから千早くんを取ったりはしないよ。というかそれなら二人でウチに遊びに来ればいいんじゃない? もえもえだって遊びたいよね?」


「えっ……と……そうだね。遊べるのなら、また遊びたいな」


 神楽さんの問いかけに鳥沢さんが噛みしめるようにゆっくりと頷く。


 こう言ってはなんだが、鳥沢さんは俺とのことはもうあまり気にしていないようだった。大人びたというか、あの頃より随分すっきりとした顔になっている気がした。


「またオフコラボとかしたら楽しそうだもんねー。…………あ、オフコラボといえば菜々実ちゃんってどうして活動休止しちゃったの? 千早くんとの生活に全力って感じ?」


 まるで明日の予定を聞くような気軽さで神楽さんは切り込んできた。恐らく一番聞きたかったのはこれなんだろう。表情は笑顔だが、瞳は真剣だった。


「いえ、私大学に通うことにしたんです。ブランクもあるし、配信をする時間が取れないのが一番の理由ですね。勿論、ちーくんのことも無関係ではないんですが……」


「…………ははぁーん。ファンを裏切っちゃった、とか考えてるんだ」


 尻切れに語尾を濁したなーちゃんの様子を見て神楽さんがにやっとした笑みを浮かべる。

 神楽さんは一見飄々としているようで、他人の事をよく見ているんだ。俺はそれを知っている。


「まあ…………そうですね。それも確かにあります」


 俺と付き合っていることが、 氷月ひゅうがこおりとしてのなーちゃんにとって決して抜けない棘のようになっていることは以前聞いていた。俺はそれを心苦しく思ってはいたが、この件について俺に出来ることなどあるはずがなかった。なーちゃんはのファンのことを想っているのだから。


「…………それ、都合が良くありませんか」


 静かに、けれど力強く流れる強い言葉に、全員が一斉に発言主へと顔を向ける。


 かつて人見知りだったはずの鳥沢さんは、全員の視線を一身に集めて、しかし堂々と話しだした。


「ファンを裏切ってしまったから。木崎さんの言っていることも理解は出来ます。けれど…………それはあくまで木崎さんの事情です。こおりさんのことを応援してくれていた方々からすれば、そんなことは…………関係がないんです」


 目を閉じて、鳥沢さんはゆっくりと息を吸う。

 俺と目を合わせられなくてあたふたしていたあの頃の面影はまったくなかった。


「一度夢を観させたのなら…………最後まで夢の中で。それが、バーチャル配信者というものじゃないんですか。木崎さんはただ…………逃げただけです。たくさんのファンを置き去りにして」


 鳥沢さんは、かつてバレッタと本当の自分の差に悩んでいた。

 けれど自分を応援してくれているファンに受け入れられ、自分を曝け出すことに成功した。ファンを想う気持ちは人一倍強いだろう。


「岡さんの想い人がそんな人だったなんて、私は考えたくありません。それに……まだ返していない借りもあるんです」


「借り…………」


 借りというのは、第二回MMVCのことだろう。

 バレッタとこおりちゃんの最後の撃ち合いは大会のベストバトルに選ばれるほどの名勝負だったが、語られるのは勝利したこおりちゃんのことばかりだった。


 なーちゃんは真剣な表情で鳥沢さんの話を聞いていた。

 活動休止するにあたり相当悩んだはずだ。鳥沢さんから言われたような事も当然考えはしたんだろう。


「それならいい話があるよー。ほらこれ、見て」


 神楽さんがスマホの画面をこちらに向ける。そこに映っていたのは────


「────えっ…………私…………?」


 画面に映っていたのは、ツブヤッキーの機能の一つにあるアンケートの棒グラフだった。

 文字を読んでみると「第三回MMVCに出て欲しいバーチャル配信者」とある。どうやら有志が開催したアンケート結果のようだった。先日第三回の開催が発表されたことは俺も知っていた。


 一番長い……ダントツで一番長い棒グラフの元を辿ってみると…………そこには『氷月こおり』の文字。

 全体の投票数はゆうに二十万票を超えていた。パーセントで計算してみれば、こおりちゃんに入っている票は十万票を超えている。


「────これが、ファンの皆の気持ちなんだよ。もし出たいならボクが掛け合ってみるからさ、一度考えてみてよ」

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