答え合わせ

 神楽さんとは気付けば暫く連絡を取り合っていないし、勿論鳥沢さんともあの一件以来一度も会っていなかった。

 はっきり言って会うのはめちゃくちゃ気まずかったが、二人はまさに俺たちが並んでいる喫茶店に用事があるようで、一直線にこちらに向かってくる。


「……………………あ」


 最初に声を挙げたのは神楽さんだった。


「千早くんだ! あと菜々実ちゃんも!」


 神楽さんが俺たちを順番に指差す。


 …………あれ、神楽さんと菜々実ちゃんは顔見知りだったのか。記憶を思い返して、そういえばこおりちゃんとありすちゃん、バレッタはオフコラボしていたなと合点がいく。


「神楽さん久しぶり。…………それに、鳥沢さんも」


「…………はい」


 鳥沢さんが俯きがちに頷く。


 …………表面上は何事もないように装っているが、俺は内心めちゃくちゃ焦っていた。


 何故なら、俺はなーちゃんに神楽さんと鳥沢さんのことを何一つ言っていなかった。

 栗坂さんと知り合いだということはひょんなことからバレてしまいなーちゃんも公認の仲になっているが、まさかありすちゃんやバレッタともプライベートで仲良くしていた────何なら家に行ったこともあるとは微塵も考えないだろう。


 いや勿論二股をかけていたとか、付き合ってからも隠れて遊んでいたとかではないんだが、何となくバレたくはなかった。そして今日確実にバレる。


「えっと…………」


 なーちゃんが何かを言いよどむ。三人がどういう関係なのか見極めるために俺は目を皿にし、耳に全神経を集中させる。


「ああそっか、名前分からないよね。ボクは神楽芽衣っていうんだ」


「私は、鳥沢萌と、いいます」


「神楽さんと鳥沢さんですね。お久しぶりです」


そう言うとなーちゃんは俺と手を繋いだまま────勿論恋人繋ぎで、俺はそろそろ指が痛くなってきた────頭を下げた。

 名前を知らないということは恐らくそこまで仲がいいという訳ではないのか。あのオフコラボだけの関係かもしれないな。


「…………」


 何も言い出すことが出来ず、俺はただ三人の間で視線を彷徨わせる置物になっていた。何事もありませんようにと祈ることしか出来ない。俺と二人が顔見知りなのは今のやり取りでバレてしまっただろうし、家に帰ったらどういう関係なのか聞かれるだろう。全てを打ち明けるのかいい感じにぼかして伝えるか、今のうちに考えておかなければ。


「あはは! なんか千早くんが鳩が豆鉄砲を食ったような顔してるんだけど!」


 冷や汗を流す俺を指差して神楽さんが笑う。頼む、あまり仲がいい雰囲気は出さないでくれ。あとで俺がヤバいんだ。


 …………そういえば、神楽さんとはいつの間にか交流が無くなってしまったけど雰囲気が変わらないな。前と同じように接してくれている。その事自体はなんだか嬉しくて、ホッとしてしまう。嫌われたわけではなかったんだな。


「うーん、そうだなあ…………ねえ、よかったら四人で話さない? 千早くんもきょとんとしてるし、ボクも聞きたいことがあるし。もえもえも大丈夫?」


「…………えっと、うん。私はいいよ」


 いいのか。俺は正直鳥沢さんとは若干気まずいんだが。

 そういえば、連絡先を交換した時も同じことを思った気がするな。いいのか、って。


 神楽さんのまさかのお誘いに、なーちゃんが考え込む。


「…………ちーくんはどうですか?」


 なーちゃんが上目遣いに俺の顔を覗く。その顔を見ていると、どうしても嘘をつく気になれなかった。


「…………俺は構わないよ。実は俺もなーちゃんに話したいことがあるんだ」





 神楽さんに着いて行き、たどり着いたのはカラオケだった。

 密室で美人三人と一緒にいるわけだけど俺は平常心を保っていた。この一ヶ月でかなり女性慣れしたんだなあ。


 因みに受付のお兄さんにめちゃくちゃ見られた。なーちゃんと歩いているとこの手の「どうしてこんな奴が」って視線は日常茶飯事だから、これも慣れてしまった。本当、ありがたいことだと思うよ。


「周りに聞かれずに話せるのがカラオケしか思い浮かばなくてさ。とりあえず…………歌う?」


 神楽さんがマイクを向けてくるが、誰もそれを取ろうとはしなかった。


「まあ歌わないか。もし話が終わって時間余ったらボクに歌わせてね」


 マイクを置くと、神楽さんは真剣な表情で俺となーちゃんに視線を向ける。


「────まず最初に確認なんだけど…………二人は付き合ってる、ってことでいいんだよね?」


「そうです。同棲もしてます」


「どっ、どどど…………!?」


 なーちゃんが即答すると、それを聞いた鳥沢さんがジュースの入ったグラスを落としそうになっていた。


「そかそか。もう一つ確認なんだけど、あの…………何というか、菜々実ちゃんって、その…………千早くんに…………」


「私が氷月ひゅうがこおりだってことはちーくんも知っているので大丈夫ですよ」


「伝えてるんだね。じゃあ特に言葉に気をつけなくても大丈夫かな」


 神楽さんはほっとした表情を浮かべたが、俺の中には一つの疑問が産まれていた。


「えっと…………ごめん。神楽さん、何だか俺となーちゃんが知り合いなのが当然のように話しているけど…………それって変じゃない?」


 だって神楽さんからすれば俺はただのこおりちゃんファンだった訳で。

 ファンとこおりちゃんが知り合っていて、その上付き合っているのをさも当然のように受け入れているのはちょっと変じゃないだろうか。どうやって知り合ったんだとか、そういう話題がまず出るはずじゃないか。


 …………それになーちゃんも、栗坂さんからありすちゃんとバレッタも仕事で一緒だったくらいは聞いているかもしれないが、俺たちのやり取りは完全に仕事の知り合いのそれではなかった。しかし、その事に疑問を持っている様子がない。


 何か、俺の知らない所で色んな事が起きている気がする。どうにも認識が噛み合わない。


「…………あ、そういうことか。ボク、菜々実ちゃんが千早くんのこと好きだって知ってたから。ゴメンね、こおりちゃんが千早くんのこと好きなんだよって教えてあげられなくて」


「…………え!?」


 俺となーちゃんが綺麗にハモる。


 …………ん、なーちゃんも知らなかったのか?

 ますます訳が分からない。


「え…………それ、本当ですか?」


 なーちゃんが驚いた様子で尋ねると、神楽さんはパン、と手を合わせ頭を下げた。


「ごめんね、実は姫と菜々実ちゃんが話してるの聞いちゃったんだ。そこで千早くんの名前が出てきたから」


「…………そうだったんだ」


 鳥沢さんが何か得心がいったように呟いた。


「うん。だから、余計にもえもえに肩入れしちゃってさ」


 二人は何か分かり合っていたし、なーちゃんは神楽さんに余程プライベートなことを聞かれたのか顔を真っ赤にしていた。俺だけ置いてけぼりになっている。


「…………ごめん。俺には何が何だか…………」


「あはは、そうだよね────じゃああのオフコラボの日、何があったのかを話そうか」

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