AfterStory
恋のキューピッド
たくさんのフォローや評価、感想本当にありがとうございます!
感想につきましては時間のある時にゆっくり返信させて頂きますね。
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「────なーちゃんが……こおりちゃん……?」
聞こえるはずのない声に、一瞬で脳が覚醒した。
アラームを止めつつ起き上がってみれば、エプロン姿のなーちゃんがはにかみながら俺を見下ろしていた。
…………相変わらず、可愛い。
「ちーくん、おはようございます」
「おはよう、なーちゃん。…………あの、今のは────」
訳も分からず口走ると、なーちゃんが人差し指を俺の唇にそっと当てた。
「その話は今晩させてください。今日の帰りは十九時くらいですか?」
「えっと…………うん。その予定だけど……」
「じゃあ……夜ごはんを作って待っていますから、その後にしませんか? 呼びたい人がいるんです」
「分かった…………うん、そうしよう」
こおりちゃんの事は気になったけど……それ以上に今日は同棲して最初の朝。
気持ちを切り替えてなーちゃんと同じ空間にいることを楽しむことに、何の文句もなかった。
「それじゃあ……朝ごはん、食べましょう?」
幸せな一日が、今日も始まる。
◆
とは言うものの気になるものは気になるもので、仕事中はずっと今朝のことを考えていた。
あの脳がとろけるようなロリボイスは、間違いなく俺が激推ししていたバーチャル配信者の
なーちゃんも否定しなかったし……つまりなーちゃんはこおりちゃんの中の人だったということになる。
「…………マジか……?」
帰りの電車に揺られながら、思わず口にしてしまう。
…………言われてみれば、「確かに」と思うことは沢山あった。
若いのに高級マンションで一人暮らししていること。
休学中なのにバイトなんかもしていなかったこと。
これらはまだ家がお金持ちだったりするパターンもあるけれど。
こおりちゃんの配信となーちゃんからのお誘いが被ったことが一度もないこと。
二人ともエムエムがめちゃくちゃ上手いこと。
…………栗坂さんと、知り合いだったこと。
「…………あ」
俺が初めて栗坂さんに会った時のことを思い出す。
あの日は確か……こおりちゃんの家で初めてのオフコラボが会った日だ。相手は
道に迷っていた栗坂さんの目的地は、今や二人の家となったあの高級マンション。
つまり。
俺がすれ違ったあの日、栗坂さんはこおりちゃんの家に行く途中だった……?
「…………」
冷静に考えたら分かることだった。
俺たちの地元は、はっきり言って何もない。
夕方にオフコラボを控えた栗坂さんがあの街をうろついている理由なんて「こおりちゃんが住んでいるから」以外にあるはずがないんだ。
あの時は栗坂さんが姫だって知らなかったし、まさかこおりちゃんが目と鼻の先に住んでいるなんて考えるはずもなく、その可能性に思い当たらなかった。
そこまで考えて、俺の頭は別のシーンを再生していた。
それは────初めてなーちゃんに出会った日のこと。
あの日俺はマンションの前に蹲っているなーちゃんを助けた。
確か俺は急いでいて、ろくに会話もせず家に帰ろうとしたんだ。
…………何故急いでいたのか。
あの日のことは強烈に記憶に焼き付いているから、ちゃんと覚えている。
こおりちゃんが「飲み物が無くなった」と言い出して、買い物に行っている間だったんだ。
だから俺は配信が再開するまでに家に帰りたくて急いでいた。
…………あの日のなーちゃんを思い出す。
中身までは分からないが……確かコンビニの袋を持っていた。拾った覚えがあるから間違いない。
つまりあれは……買い物帰りのこおりちゃんだったんだ。配信が中断したことも納得がいく。足を怪我したからだ。
「……………………はは」
思わず、乾いた笑いが漏れる。
それもそのはずで。
だって俺は────本人に向かって「好きだ」ってカミングアウトしていたんだから。
顔から火が出るほど恥ずかしい。
どういう顔でなーちゃんに会えばいいか、全然分からなかった。
それでも電車は残酷で、車内アナウンスが無慈悲に最寄り駅への到着を告げた。
◆
本人に「ガチ恋しています」と伝えていたことが判明してしまい、俺はマンション前で必死に精神を整えていた。
……正直恥ずかしくて仕方がないんだが、待ったところで状況が好転する訳でもない。それになーちゃんが夜ごはんを作って俺を待ってくれている。
恥ずかしさより早くなーちゃんに会いたいという気持ちが勝り、俺はエレベーターに乗り込んだ。
家に帰ると、玄関に見覚えのないハイヒールがあった。まだ同棲二日目だからどの靴も見覚えはないんだが、なーちゃんはあまりハイヒールを履かないから特に見覚えがなかった。
「ただいま────え?」
覚悟を決めてリビングに入ると、予想だにしない人物がソファで寛いでいた。
「おかえりぃ。お邪魔してるぜー」
「栗坂さん…………?」
オシャレなワンピースに身を包んだ栗坂さんがソファに寝そべってスマホを弄っていた。
「あっ、ちーくん! おかえりなさい!」
話し声を聞きつけて、キッチンからエプロンを身に付けたなーちゃんがパタパタとスリッパの音を響かせながら出てきた。
「ただいま、なーちゃん」
言い合って、二人で笑いあう。
ただいま、とか。
おかえり、とか。
そういうことを言い合うだけで俺たちは幸せだった。
「ちーくん……なーちゃん……うぷぷ」
栗坂さんが俺たちのやり取りを見て、ご馳走様と言いたげに笑った。
「なんですか真美さん! 笑うなんて酷いですよ!」
「いやいや、ラブラブで大変結構だなと思ってね」
栗坂さんは堪えきれず、ついに声を出して笑い始めた。
「ところで……どうして栗坂さんがうちに?」
今朝なーちゃんが「呼びたい人がいる」と言っていたけど、それが栗坂さんなんだろうか。
…………でも、どうして?
「それはだな────私が、二人の恋のキューピッドだからさ!」
ソファから身を起こした栗坂さんが、ずびし! と決めポーズをし叫ぶ。
「恋の……キューピッド……?」
栗坂さんが慈愛に満ちた目で俺たちを見渡す。
「ずっとこのときを待ってたんだ。同棲早々悪いけど、今日は私の酒に付き合って貰うぜ」
優しさを湛えた栗坂さんの瞳の奥が、ギラリと光った。
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