偶然助けた女の子が俺が激推ししている大人気バーチャル配信者だった

『皆さんこんばんは。氷月ひゅうがこおりが午後七時をお知らせ致します。今日も私の配信に来てくれてありがとう』


 菜々実ちゃんと付き合うようになっても、俺の生活の中心はこおりちゃんだった。


 勿論こおりちゃんに恋心はないけれど、一度は好きかもと言ってしまっている手前、一応菜々実ちゃんにも確認を取った。


 これからもこおりちゃんの配信を観てもいいか聞いたら、菜々実ちゃんは何だか困ったような表情を浮かべていたけど、それでも『いいよ』と言ってくれた。


 そんな訳で、俺は今日もこうして缶チューハイを片手にこおりちゃんの配信を観ているのだった。染み付いた生活リズムはそう簡単には変わらない。


『はじめに、今日は皆さんに大事なお知らせがあります』


 深刻そうなこおりちゃんの声に背筋が伸びる。


 …………なんだろうか。あまりポジティブな話題では無さそうだけど……。


『────私、氷月ひゅうがこおりは、十一月いっぱいで、活動を休止します』


「…………………………え」


 …………待て。


 …………待て待て待て待て。


 こおりちゃんが活動を休止!?


 …………嘘だろ。


 嘘だと言ってくれ。


「…………」


 コメントが物凄い速度で流れていく。だけどそんなことはどうでも良かった。


 こおりちゃんの次の言葉が聴きたかった。


 嘘だ、って言ってほしかった。


 …………だけど、それも儚い夢。


『お知らせするのが急になってしまい本当にごめんなさい。リアルの都合で、どうしても配信を続けることが難しくなってしまいました』


「…………」


 …………いつかはこういう時が来ると思っていた。


 配信者という職業は、特にバーチャル配信者は、長期間続けられる人が本当に稀だった。一年の間にも沢山の人が辞めていく。こおりちゃんだっていつかは活動休止するんだって、それは分かっていた。


 でも…………あまりにも早い。早すぎる。


 今年はこおりちゃんにとって飛躍の年だった。


 エムエムの大会では魔魅夢まみむメモとタッグを組んで、一度は負けてしまったけど、見事リベンジを果たした。


 飲酒配信では、こおりちゃんの意外な一面が分かって、ツブヤッキーのトレンドにもなった。


 バーチャリアルの人達とオフコラボもするようになった。登録者数だって今一番伸びていると言っても過言ではなくて、こおりちゃんがデビューしてから今が最も充実しているのは間違いないはずなんだ。


 …………そんな中での活動休止。


 多分、本当にどうしようもない事情があるんだと思う。


 こおりちゃんだって、本当は続けたいはずなんだ。デビューしたての頃から見てきた俺は、こおりちゃんが視聴者に向けた感謝の言葉を何度も聴いてきた。あの言葉が嘘だなんてことはあるはずがない。


『リアルが落ち着いたら、また配信を再開したいと思っています。それがいつになるのか……もしかしたら再開出来ないかもしれません。今は、確定的な事は言えません』


 こおりちゃんは続ける。


『十一月末まで最高の想い出を皆さんと作っていきたいなと思っています。もし、何かやって欲しい企画などがあれば教えて頂けると嬉しいです』


 コメント欄は『辞めないで』の嵐。

 だけど俺は放心して、それすら打てないでいた。


 こうして、俺はあと一か月と少しで生活の一部が失われることを知った。





 リミットを知った生活は余りにも速く、いつの間にか十一月も終わろうとしていた。


 結局、こおりちゃんの最後の配信は観れなかった。どうしても、観る気にはなれなかった。

 決定的な瞬間に立ち会わなければ、さよならにはならないんじゃないかって、そんな幼稚な考えが俺の中では何より大切だった。


 こうして氷月ひゅうがこおりという存在が俺の人生から居なくなって、けれど、代わりに生まれたものもあった。


 勿論、菜々実ちゃんのことだ。


 菜々実ちゃんは十二月から復学して大学に通うらしい。大学一年生の第三クォーターからとのことだったが、俺の大学は前期後期制だったから仕組みはよく分からなかった。


 そしてこの十二月から、菜々実ちゃんの強い希望で俺達は同棲することになった。菜々実ちゃんが住んでいた高級マンションに俺が移り住む形だ。


 菜々実ちゃんは実家が裕福なのか、家賃は負担すると言っていたけれど、年上であり社会人でもある俺がヒモのようになるのは耐えられず結局折半という形になった。家賃は俺が住んでいたマンションの丁度二倍だったから、俺の支出は変わらないのも良かった。


 菜々実ちゃんの家(これからは二人の家になる訳だが)の間取りは3LDKで、そのうちの一部屋が俺の部屋になったが、今住んでいる八畳一間より断然広く荷物を運びこんでも以前より広々としていた。


 おまけに同棲のルールを決めるにあたり、菜々実ちゃんが「一緒に寝たい」と言って譲らず、俺も一緒に寝たかったから、余った一部屋が寝室になった。だから自分の部屋にベッドを置く必要がなく、余計に広くなった。

 部屋は広くなるし、愛しい人と一緒に居られる。俺にとっては万々歳な提案だった。


 そんなこんなで十一月は引っ越しの準備や、付き合いたてのカップルらしくデートなどをしていたから、こおりちゃんロスは思ったより酷くは無かったと思う。いや、十分酷くはあったけど。


 俺の荷物を二人の家に運びこんで、初めて菜々実ちゃんと一緒のベッドで寝た。ベッドは二人で家具屋に見に行った。カップルが大きめのベッドを探していたものだから、店員さんに「ラブラブですね」とからかわれた。以前は目立つのは恥ずかしかったけど、今回は嬉しかった。ラブラブは無敵なんだと知った。


 ベッドの中では奥手な二人らしく慎ましやかにちょっかいを掛け合っていたけど、引っ越しの疲れがあったのかいつの間にか二人とも寝ていた。


 ────それが、昨日。





「────ちーくん、起きてください。お仕事に間に合いませんよ」


 なーちゃんの声が頭上から聞こえる。どうやら朝らしい。


 引っ越しの疲れが残っているのか、昨晩ちょっかいを掛け合って寝るのが遅くなってしまったからか、もしくは慣れないベッドで寝たからか、瞼がめちゃくちゃ重くてどうにも開けられない。欲を言えばもう少し寝ていたい。


「────ちーくん、朝ごはんが冷めちゃいますよ?」


 …………朝ごはん……?


 一人暮らしの時は、朝ごはんを食べる習慣がなかった。その分ギリギリまで寝ていた。


 これからは、なーちゃんが作った朝ごはんが毎日食べられるのかな。なーちゃんにだけ作ってもらうのは悪いから、分担はこれから決めていく必要があるけど……とにかく最高に幸せだ。


 食欲に負け、僅かに瞼が軽くなった。でもまだまだカブは抜けません。


 …………そもそも、今何時なんだろうか。七時にセットしたアラームが鳴った記憶はないけれど。


「…………なーちゃん…………いまなんじ……?」


 寝返りをうちながら呻く。朝に弱いダメな彼氏で本当にごめん。


「まったくもー…………」


 言葉とは裏腹に嬉しそうななーちゃんの声。


 ややあって深呼吸する音が僅かに聞こえた。


『────木崎菜々実が、午前七時をお知らせ致します』


 聞き間違えようのないに、反射的に目を見開く。


 丁度スマホが鳴り響き、機械的なアラーム音が二人を包んだ。





◆◆◆





「偶然助けた女の子が俺が激推ししている大人気バーチャル配信者だった」


はこれにて完結となります。


長い間お付き合い頂いて本当にありがとうございました。


一つの区切りとして一旦完結済みに致しますが、この後【菜々実アフター】を執筆予定です。最終話のその後やその他のいちゃいちゃなど執筆予定です。なのでフォローはそのままで居てくださると嬉しいです。


また、別ヒロインをメインに据えた【IFルートも執筆予定】です。そちらも期待して頂ければ嬉しいです。


あとがき欄がありませんので、ご挨拶は「なろう」のあとがきにて書かせていただきました。もし興味がありましたらそちらもご覧頂けると嬉しいです。


もし「面白かった!」「続きが見たい!」「別のルートが読みたい!」と思って頂けましたら、評価とフォローをして頂けると本当に嬉しいです。執筆の一番のモチベーションになります。


本作を応援して下さって、本当にありがとうございました。


願わくば、これからもよろしくお願い致します。

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