告白
「えっと…………突然ごめんね」
菜々実ちゃんに会うのは一日ぶりだった。
昨日はこの場所で「好きだ」と言われた。
何故だか遠い昔のことのように思う。あの時は恋してなくて、今はそうじゃないからかもしれない。
「…………大丈夫、です」
菜々実ちゃんの声は、少し震えている気がした。寒いからかもしれないし、そうじゃない気もした。
菜々実ちゃんは大きなパーカーに短いデニムという服装で、パーカーがデニムを隠してしまっているから、パッと見、下を履いてないように見えてドキッとする。菜々実ちゃんはこういうファッションが好きみたいで、俺と出かける時は良くこういう服装をしていた。
今となってはその何気ないファッションが、すらりと伸びた綺麗な生足が、俺をドキドキさせた。ただでさえ緊張で頭も胸も一杯になっているのに、これ以上一杯になったら間もなく破裂しそうだ。
「…………ごめん。あんまり長く保ちそうにないから、単刀直入に言うね」
俺の言葉に、菜々実ちゃんが息を呑んだ。僅かに潤んだその瞳が、一体何を期待しているのか。その心の内を知ることが出来ればどれほど楽かと思う。言葉を介さなければ意思の疎通が出来ない人間という種族を今だけは恨んだ。そうじゃなければ俺はこんな自爆に似た特攻をしなくても済んだのに。
「…………昨日、ここで菜々実ちゃんに『好きだ』って言って貰ったよね。あの『好き』が、どの『好き』なのか、俺は分からなかったんだ」
菜々実ちゃんが下唇を噛んで俯いた。袖で半分隠れた手を、ぎゅっと握りこぶしにしたのが分かった。
「──────だから、もしかしたら、俺が今から言う言葉は…………菜々実ちゃんにとって迷惑かもしれない。そんなつもりじゃなかったかもしれない」
菜々実ちゃんは動かない。蛇に睨まれた蛙か、はたまたサバンナでライオンを見つけたガゼルのように、身体を強張らせてじっとしていた。
「…………でも、初めて感じた『恋心』に、正直になりたいと思った。今回だけは自分の気持ちに嘘をつきたくないって思ったんだ。だから────────聞いてほしい」
菜々実ちゃんが驚いたように顔を上げた。大きく見開かれた瞳に俺が反射している気がした。
「──────俺は菜々実ちゃんの事が好きだ。俺と…………付き合って欲しい」
跳ねる心臓を無理やり押さえつけ。一言一言、間違ってないかおそるおそると、なんとか落ち着いて言葉を紡いだ。
重力みたいな恐るべき力で四方八方に逃げようとする視線をなんとか従えて、菜々実ちゃんの目をしっかりと見る。今恥ずかしがったらきっと一生後悔するから。
「…………」
菜々実ちゃんは動かない。その瞳は大きく見開かれたまま、まるで石化の魔法を受けたお姫様のように固まっている。
────ただ一つ。
その大きな瞳から…………一筋の涙が、静かに頬を伝った。
◆
その言葉は────まるで弓矢のように私の心を撃ち抜いた。
突然致命的な衝撃を受けた心は完全に機能を停止して、私は何も言えなかった。
ただ、目の前にあるはずの確かな幸せを逃したくなくて、気付けば涙が溢れていた。
「…………」
…………ああ。
千早さんが真剣な眼差しで私のことを見ている。その瞳は力強いようで儚く揺れ動いて、まるで自分のことのように千早さんの気持ちが分かった。
…………不安なんだ。
千早さんも。さっきまでの私のように。
…………救ってあげなくちゃ。
千早さんを、そして私を、この不安から救う言葉を……私は知ってるんだ。
「……………………ぁい」
お腹にうまく力が入らない。夢みたいな現実がじわじわと実感を持って、声が震える。
…………それでも。
「私も────千早さんの事が好きです。私を、千早さんの……彼女にして欲しい、です」
私の言葉に、今度は千早さんが固まった。告白してきたのは千早さんの方なのに、驚いた顔をしてる。
…………私がどれだけ千早さんのこと好きだと思ってるんだ。
なんだかムカッとして、でもそれ以上に人生で一番嬉しくて────私は千早さんに飛び込んだ。
「えっ……おっとっと……!」
抱きついて、背中に腕を回す。
胸に思い切り頬ずりすると、今まで感じたことのない安心感が私を包んだ。思わずぎゅう……と抱き締めてしまう。
…………ずっと前から、この温もりが欲しかった。
…………ずっと前から、こうしたかった。
…………ずっと前から、この場所を夢見ていた。
やっと…………やっと叶ったんだ。
「…………あ」
背中に僅かな感触があって、私は声を出してしまった。
千早さんが、優しく、本当に優しく、私を抱き締め返してくれた。
「…………夢みたいだ。菜々実ちゃんと付き合えるなんて」
「…………私も。夢なら、一生醒めないで欲しいって思います」
「夢じゃないよ。夢じゃ、ない」
私が何となく顔を上げると、千早さんも丁度私のことを見ていた。
鼻先が触れそうな距離で目が合って、私は反射的に目を閉じる。
…………恋愛は詳しくないけど、きっとこのタイミングだと思うんだ。
千早さんの背中に回した手に力を込めて────少しだけ背伸びをした。
「…………」
一秒か、五秒か、はたまた一分か。
永遠にも思える間の後、唇に何かが触れた。
…………本当に夢みたい。
「…………えへ」
目を開けると、顔を真っ赤にした千早さんが明後日の方向を向いていた。
「…………えへへ」
堪らなくなって私はまた千早さんに頬ずりした。
◆
…………結局この後配信に戻る気になれず、私は配信を中断した。
千早さんに初めて会ったあの日もそうだったな、なんて、そんな符合ですら愛おしかった。
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