想い

「皆さんこんばんは。氷月ひゅうがこおりが午後七時をお知らせ致します。今日も私の配信に来てくれてありがとう。今日はエムエム枠です」


 千早さんに気持ちを伝えてから一日が経った。


 あれから心の中は自分の気持ちを伝えた達成感と、取り返しのつかない一歩を踏み出してしまった後悔と────それでも幸せな未来を期待してしまうドキドキがぐるぐるぐるぐる混ざり合って、自分でもよく分からないことになっていた。


 …………正直、あの時は一杯一杯になってしまっていて告白した時のことはよく覚えていないのだけど、とても緊張していたことは記憶にあって。

 私の想定ではもっとスマートに告白する予定だった。


 あたふたしたり、焦ったりすることなく、簡潔に自分の気持ちを伝えて、その上でお付き合いをお願いするつもりだった。イメトレではうまくいったんだ。千早さんも笑ってくれた。


 でも。


 でもだよ。


 私、肝心なことを言ってない気がする。


 『付き合ってください』って、言っていない気がする。


「…………」


 何度思い返しても、言った記憶が掘り起こせない。結果を聞いた覚えもない。


 それもそのはずで。


 だって私は、『好きです』と伝えたことに耐えられなくて、逃げるように部屋に戻ってしまったから。その記憶だけはしっかりと残っていた。


 …………もしかして、千早さんに告白として認識されてない…………?


 友人としての『好き』とか、人間としての『好き』とかって思われてる…………?


 …………だって千早さんからルインとかないし…………。


 もし告白だと思われてたら、何かメッセージとかあるよね……?


「…………」


 もしそうだとしたら最悪だ。


 昨日の告白には多大な気力を必要とした。今までの人生で溜めてきた二十年分の気力。それらを全て消費して、不完全な形とはいえやっと自分の気持ちを告げることができた。


 今からもう一度告白しろと言われても…………ちょっと精神的に厳しい。一度気持ちを伝えてる分もあってなんだか余計に。


「足音がしますね。近くに敵が居そうです」


 ぐるぐると歪に回転する頭とは裏腹に、両手は正確な操作でキャラをコントロールしていく。反射的に思考が戦闘モードに切り替わる。


 …………今日の生放送をエムエム枠にしたのは正解だった。エムエムをやっている間は気を紛らわせることが出来た。 


「…………恐らくあそこの建物ですね。突っ込みましょう」


 私は一緒にプレイしている野良の味方さんに定型メッセージで指示を出すと、足音を殺して近付き、一気に突入した。


 敵は私たちが近くにいると気が付いていなかったようで、意表を突く事が出来たのかろくに反撃をされず倒すことができた。


「…………よし、作戦がうまくハマりましたね。あと二部隊です」


 敵の物資を漁り最後の戦いに向けての準備を整えていると、モニターの横のスタンドに置いておいたスマホがルインの受信を告げた。


 瞬間、心臓が大きく脈打った。汗が噴き出した。なんだか胃も痛くなってきた気がする。


「…………」


 震える手でスマホのロックを解除する。


 …………千早さんであって欲しい気もするし、千早さんでだけはあって欲しくない気もする。


 意を決して、私はルインを起動した。


 送信主は…………岡千早。


「…………ごめんなさい。カフェオレが切れてしまいました。このマッチが終わったらコンビニに買いに行ってきますね」


 …………受信したルインのメッセージは。


 千早さんからの、『今から会えないか?』というものだった。





 走って。


 走って。


 電車を乗り継ぎ、街頭のない真っ暗な道をまた走って。


 気付けば菜々実ちゃんの住むマンションの前に立っていた。


 奔る気持ちのままに駆け出して、ここにたどり着いていた。


 …………たどり着いたものの。


「告白……するのか……?」


 勢いだけでここまで来た。


 走っている間も、電車に乗っている間も、頭の中は告白する気で一杯だった。


 だけどいざ目の前にして……少し冷静になった自分がいた。


 …………勢いに任せて告白して、後悔しないか?


「…………」


 菜々実ちゃんが昨日言った言葉を反芻する。


 ────千早さんのことが好きです。


 菜々実ちゃんは昨日、確かにそう言った。


 聞き間違いじゃない。


 俺のことが好きだ、とそう言ったんだ。


 だけど……その『好き』が、俗にいう恋なのかは分からなかった。


 恋愛に精通している人なら雰囲気とか声色で判断出来るんだろうが、生憎俺は彼女いない歴イコール年齢で、浮ついた話とは無縁で生活してきた男。


 告白しても「ごめん、そういう『好き』じゃなかったの」と言われる可能性は俺の中で全く否定出来なかった。そうなれば俺と菜々実ちゃんのこの関係は、今とは違ったものになってしまうだろう。はっきり言って気まずくなるし、これっきりということだってあるかもしれない。


 そうなる可能性を踏まえたうえで、菜々実ちゃんと疎遠になってしまう可能性を踏まえたうえで…………俺は告白するのか?


「…………」


 今一度落ち着いて、自分に問いかける。


 今だけは恥や外聞をかなぐり捨てて、自分に正直にならなきゃいけないんだ。後悔するような選択はしたくなかった。


「俺は────」


 冷静になると、自分でも驚くほど思考が、意思が、すんなり纏まった。悩む余地がなかった。


「────菜々実ちゃんに、告白する」


 生まれて初めて、心からドキドキしているんだ。


 こおりちゃんの事を好きだと思っていた。これが恋なんだと思っていた。


 ────でも、違った。


 菜々実ちゃんへの恋心を自覚すると、心臓が自分のものじゃないみたいに高鳴った。


 ドキドキして、だけどどこか切ないような気持ちで胸がいっぱいになった。


 …………きっと、これが恋なんだ。


 別にこおりちゃんへの気持ちが嘘だったとは思わない。


 一年以上こおりちゃんを真剣に推してきた。あれだけ何かに打ち込んだのは生まれて初めてだった。間違いなくこおりちゃんは生活の大きな一部になっていたし、これからもそうなると思う。そこは別に薄れたりしない。


 ただ、恋ではなかったのかな……と今になって思う。本当の恋を知った今では思う。


 冷静に、自分でどうこうコントロール出来るようなものじゃなかったんだ。奥手な俺が、感情のままに今から告白しようとしているだなんて、恋でもなければ有り得ないことだ。


 スマホを操作してルインを起動する。


 あの子の名前を探して────メッセージを送った。

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