決意

『────という訳だからさ。あとはななみん頑張り次第だって私は思うんだ』


「…………はい」


 真美さんの言葉に、私はただ頷くことしか出来なかった。


 真美さんは臆病な私に代わって岡さんに色々聞いてくれていたらしい。


 私のことについて。


 そして────氷月ひゅうがこおりについて。


「…………」


 …………本当に、頭が上がらない。


『それにしてもさ、岡さんって本当にこおりちゃんの事好きなんだね。他に気付いた人いなかったんでしょ?』


「…………ええ。そうですね」


 岡さんは氷月こおりに元気がないことに気が付いて、それで真美さんに連絡してきたらしい。


 まさか声や態度に出ているとは、自分でも気が付かなかった。


 そして、それに気付いたようなコメントやメッセージも、特になかった。


 ────岡さんだけが、気付いてくれたんだ。


「嬉しいような……悲しいような……」


 私の正直な気持ちに、スマホから笑い声が聞こえた。


『あははっ、ななみんからすればそうかもね。…………でもさ、私はこうも思うんだよ────』


「…………?」


『────そんな氷月こおりに勝てるのは、木崎菜々実だけなんじゃないかってね』


「…………真美さん」


 真美さんの言葉が、私の心に染み入っていく。


 …………私の為に、ここまでしてくれて。


 …………私の為に、ここまで言ってくれる。


 私は…………本当にいい先輩に出会えた。まだ出会って数か月だけど、そして頼ってばかりだけど……私は真美さんのことを何でも話せる親友だと思っている。


 そんな真美さんの想いが、私の背中を押してくれた。


「…………私、やります」


『ん?』


「氷月こおりから────千早さんを奪います。…………ここで勇気を出さなかったら私、きっと一生後悔しますから」


『…………うん』


 聞こえた声は、やけに優しくて。


 真美さんの為にも、そして何より……自分自身の為に頑張らないとな……と私は決心を固くした。





「じゃあ今日のオフコラボはこれでおしまいっ! 皆まったね~!」


「皆さん、ありがとうございました。またよろしくお願いします」


 配信終了ボタンを押し、念を入れてアプリごと落とす。配信切り忘れ事故を防止するためにボクは毎回そうしている。


「もえもえ、今日もお疲れ様っ」


 隣で一息ついているもえもえに声を掛ける。


 初めてのオフコラボをしてから、ボクたちは偶にオフコラボをするようになっていた。

 もえもえはまだオフコラボは少し緊張するみたいだけど、最初に比べたら別人かと思うくらい堂々と話すことが出来ていた。ボクと話すときなんか、しっかりと目を見て話してくれる。……最初は中々見てくれなかったんだよ?


「ありがとう芽衣ちゃん。芽衣ちゃんもお疲れ様」


 そう言ってもえもえが笑う。


 もえもえの柔らかい笑顔を見ていると、『ボクはもえもえにとって居心地のいい場所になれているんだな』と安心する。そういうことを実感出来ると、ボクの心は酷くほっとするんだ。


「もえもえ、もうすっかり話せるようになったね。ボクと話すときなんか完全に普通の人って感じだよ」


「そうかな……? 私はまだまだ心臓ドキドキだけど……」


「うん、ゼッタイ成長してるよ! もえもえ頑張ってたもんね」


 人見知りを治すためにもえもえが頑張っていたことを、ボクは知っている。

 最近はボクの家で遊ぶことが増えたからその度練習に付き合ったりもしていた。その成果もあって、もうボクとの練習は必要ないって感じだな。


「芽衣ちゃんと……岡さんのおかげだよ。練習に付き合ってくれてありがとうね」


「…………うん」


 その名前を聞いて、胸がチクリと痛む。


 …………最近千早くんとは連絡を取っていない。もえもえの恋を応援すると決めた時からそうしている。


 だから…………この痛みが何なのかについては考えない。きっと考えたらいけないことだから。


 でももし…………そうだなあ。


 ────もし生まれ変わったら、その時は来世でちゃんと考えてみようかな。


 なんちゃってね。


「千早くんとは、最近どうなの?」


 ボクの言葉にもえもえの表情が少し暗くなる。

 ちょこちょこ人見知りを克服する練習って名目で会っているって聞いてるけど……。


「少しは話せるようになってきた……と思う。でも、そういう話題は全然……」


「あー……千早くん、奥手そうだからなあ。……ボクが千早くんだったらもえもえの事ほっとかないのに」


 なんたって家に二回も呼んで、その内一回は抱き着いてまでいるのに、千早くん何もしてこなかったもんね。


 あーんって口まで運んであげないと据え膳を食べないタイプとみた。別にボクは据え膳になった覚えはないんだけどさ。


「うーん……千早くんめ……」


 菜々実ちゃんのことはもえもえには伝えていない。無駄にプレッシャーを与えてしまうかなって思ったから。


 だって……菜々実ちゃんは千早くんが推しているこおりちゃんの中の人なわけで。


 そんな菜々実ちゃんが千早くんのことが好きって知ったら、もえもえはきっと委縮してしまう気がする。


「…………私ね、伝えようと思うんだ」


「うん?」


「岡さんに……告白しようと思う」


「えっ!?」


 驚いてもえもえを見る。


 見て────もえもえが本気だと悟った。


「…………勇気、出たんだね」


「…………うん。芽衣ちゃんも応援してくれてるし、何より……岡さんが好きだから」


 もえもえはそう言ってぎこちなく、でも確かに笑った。


「…………そっか。…………ファイトだよ、上手くいくように祈ってる!」


 …………眩しいなあ。


 自分の気持ちを素直に口にするもえもえが、本当に眩しい。

 

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