栗坂真美、動きます。
私が思うにさ、めちゃくちゃ簡単なことだと思うんだよ。
岡さんはこおりちゃんのファンな訳じゃん。
で、ななみんは
…………「ななみんはこおりちゃんだ」って岡さんに伝えれば、それで全部うまくいくんじゃないの?
ファンっていう存在が「推し」のことをどう思ってるのかイマイチ分からないけど、付き合えるなら付き合いたい…………よな?
中には「推しと付き合うなんて恐れ多い」って人もいるとは思うけど。それは少数派だと思うんだよな、日頃のコメントとか色々見てるとさ。
それに初対面でいきなりってわけでもない。
ななみんと岡さんは元々知り合いな訳だし、ななみんは女の私でも「おっ」と思うほどの美少女だ。
…………ハタチって美「少女」?
年下だし可愛い後輩って感じだから違和感ないけど、一般的には美女か。
まあどっちでもいいや。
岡さんからしたら「推しが知り合いの美女で更に俺の事が好きだった」ってことだろ?
…………なんだそれ。漫画か何かか?
つーかさ、私が岡さんだったらもうななみんに告ってると思うんだよな。
ななみんから色々話を聞いたけど、ななみんの好意は絶対本人に伝わってると思うんだよ。
…………好きじゃない男の看病なんてするか?
しない。
…………好きじゃない男と二人でピクニックなんて行くか?
行かんわ。
それこそフィクションの鈍感系主人公でもない限り、ななみんの気持ちは岡さんに届いてるはず。
あんな可愛い子に好意を寄せられたら、私だったら即告白するけどなあ。岡さんはその辺どう思ってるんだろ。
…………もう直接聞いてみよっかな。
もし他に好きな子がいるとかなら、また色々考えなきゃいけないし。
「…………それにしてもなあ」
まさか他人の恋愛事で私がこんなに気を揉むことになるとは。
なーんか放っとけないんだよな、ななみんって。
◆
「…………おん?」
珍しいルインを受信して思わず変な声が出てしまった。
『飲み、行きませんか?』
差出人…………栗坂真美。
「……………………なんで?」
しばらくの間機能を停止した俺の脳みそがなんとか捻り出した言葉がそれだった。
神楽さんや鳥沢さんとはチャットしたり遊んだりしてるけど、栗坂さんとは全く交流がなかった。最後にやりとりしたのは菜々実ちゃんへのお礼の相談をしたあの時だから……もう一ヶ月以上前だ。
「間違いか……?」
普通に考えて俺を飲みに誘う理由が全く分からない。間違いだという方が余程納得がいく。
『送る相手間違ってませんか?』
十中八九間違いだろうと思いそう返信すると、間髪入れずに栗坂さんからの返答が来た。
『間違ってないです』
「…………ええ……?」
間違いじゃないのか……。
人が人だし怪しい勧誘とかではないだろうけど……どうしていきなり誘ってきたんだろうか。
『誰がいるんですか?』
もしかしたら、神楽さんや鳥沢さんと飲むついでに俺にも声をかけただけかもしれない。その場合一番交流の少ない栗坂さんからお誘いが来たことは謎だが、考えられる可能性はそれくらいだ。
『サシです』
「…………おお」
つい言葉が漏れる。
栗坂さんと……サシ飲み……?
正直…………気が進まない。
ひたすら緊張して終わりそうな気がする。
姫の中の人だということを置いておいても、栗坂さんは何というか「ザ・都会人」みたいな雰囲気で、ああいう人が普段どんな話題について話しているのか全く想像がつかない。楽しく話せるビジョンが全く見えてこなかった。
まあ普通の人相手でも俺は気の利いた事なんて言えたためしがないんだけども。
「……でもなあ」
折角誘ってくれたんだし、断るのも悪いか。
俺たちの関係性で誘ってくるってことは何か用事があるんだろうし。
もしかしたら、こおりちゃんの事も何か聞けるかもしれない。
『わかりました。いつにしますか?』
こうして、何故か栗坂さんと飲むことになった。
何事もなく終わりますように。
◆
「それじゃ……かんぱーい!」
会社の飲み会ですっかり握り慣れた中ジョッキをぶつけ合い、俺たちはビールを喉に流し込んだ。
「…………ぷはっ」
やっぱり仕事終わりのビールは最高だ。
暦上は秋とはいえ、まだまだじっとりとした暑さが続いている。
汗ばんだ身体を心地よいエアコンの風が撫で、キンキンに冷えたビールが体内に染みわたっていく。
…………ああ、幸せだ。この瞬間の為に働いていると言っても過言ではないかもしれない。
「それにしても今回はいきなりすまんね」
「ああ……いや、大丈夫です。特に予定も無かったので」
俺に向けられた声を呼び水に現実に引き戻される。
俺は今……居酒屋の狭い個室で栗坂さんと向かい合っている。
……そう、栗坂さんが予約していたのはよりにもよって個室だった。緊張感が半端じゃない。
まるで敵地に一人取り残された兵士のような気持ち。お尻で感じる薄っぺらいクッションの感触までやけに落ち着かない。夢見心地に逃げたくもなるというものだ。
「ま、岡さんとしては結構謎な誘いだったと思うけどさ、私は岡さんと飲んでみたいと思ってたんだよね。というわけで今日は楽しく飲も?」
「はあ……まあ、そうですね」
特に呼び出した理由はないんだろうか。
そういえば連絡先を交換した時も「奇妙な縁を感じる」とか言っていた気がする。俺は緊張くらいしか感じていないが、向こうは俺に何か感じてくれているのかもしれない。
緊張が完全に解けることは無いと思うけど、そういうことなら、俺も出来る限りこの場を楽しんでみよう。
「よーし、それじゃ色々頼んじゃおっかなー!」
気合を入れた栗坂さんがパラパラとメニューをめくって食べ物を物色する。
平日のお昼に恵比寿のビジネス街でも歩いていそうなスマートな恰好の女性が、メニューにデカデカと載っている唐揚げやらフライドポテトやらの写真に目を輝かせているのは酷く不釣り合いで、何だかとても面白かった。
「やっぱ唐揚げかな……ああでもししゃももいいな………うわっ、この卵焼きめちゃくちゃ美味しそう……」
ぶつぶつと独り言を言いながら食い入るようにメニューを見つめている栗坂さん。
…………もしかして、俺が思っているような人じゃないんだろうか。子供みたいな栗坂さんの姿に、少し緊張が解けていくのを感じた。
「岡さんは何か食べたいのある?」
爬虫類のようにピクッと首を動かして栗坂さんが俺を見る。
舞台映えしそうなくっきりとした鼻筋と大きな二重の瞳に、一瞬目が釘付けになってしまった。
「…………ええと、じゃあ唐揚げで」
「唐揚げね! 了解!」
そう言うと栗坂さんは再びメニューを吟味する作業に戻ってしまった。
そんな栗坂さんの様子を肴にビールを飲んでいると、考えが纏まったのか栗坂さんが呼び出しベルを押し、やってきた店員に注文をしていく。
「えっと、唐揚げとポテトとほっけハーフと……あとビールおかわりで! 岡さんは?」
丁度空になった俺のジョッキに気が付いた栗坂さんが話を振ってくれる。
「じゃあ、ハイボールください」
注文を終えると、店員が内容を復唱し下がっていく。
栗坂さんは店員がふすまを閉めたのを確認すると、じっ……と俺の目を見て口を開いた。
「そういえば岡さんってさ……付き合ってる人とかいるの?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます