戦いのあと

 MMVCは全五回戦の合計ポイントを競うルールだ。


 バトルロワイヤルというゲームの都合上勝敗にはかなり運が絡むため、一回勝負では参加者も視聴者も不満が残る。しかし複数回ならある程度実力も表れるし、観ている側も長い間楽しめる。この形式は概ね好評だった。


 そして今、その一回戦目が終わろうとしている。


「バレッタ! その裏に逃げていったよ!」


 神楽さんがビルの屋上から地面にアサルトライフルを乱射し、最後の敵を追い込んでいく。


 市街地ステージに点在するビルのオブジェクト。

 その一つに敵が逃げ込んだ。


 先行するバレッタがビルの一階に飛び込む。室内戦は問答無用のインファイト。ここでほぼ確実に決着つくだろう。


 敵は残り一人。倒した瞬間勝利のカットインが出る。


 しかしなかなかカットインが出ない。音声は全て神楽さんのヘッドセットに集められているため、俺はゲーム音もバレッタのボイスチャットも聴くことが出来ない。


 エアコンの静かな換気音と神楽さんの操作するマウスとキーボードの機械的な音、そして神楽さんの声と息遣い。これが今の俺の全てだった。試合の状況がいまいち掴めない。


「分かった!」


 バレッタから何かを指示された神楽さんは、武器をスナイパーライフルに持ち替えビルの二階に照準を合わせる。


 ────瞬間、二階の窓から敵が飛び出してきた。


「────っ!!」


 ────神楽さんが放った弾丸が、地面に飛び下りる敵の胴体を正確に捉えた。


『YOU ARE THE CHAMPION』


 画面一杯に表示されるカットイン。神楽さんのチームが見事一回戦を勝ち切ったのだ。


「やった〜〜〜!!! バレッタナイス!!!」


 マウスとキーボードから手を離し、両手を高らかに掲げる神楽さん。めちゃくちゃ嬉しそうだ。


 ニッコニコの神楽さんを見ていたらなんだか俺まで嬉しくなってきた。一緒に練習した相手が結果を出したんだ。嬉しくて当然か。


「…………!」


 神楽さんが勢いよく首を横に向けて俺を見る。小型犬のような人懐っこい笑顔。いきなり目が合って心臓が跳ねそうになる。


 「何?」と視線で応えると、神楽さんは目線を下に向ける。見るとテーブルの下で手をグーの形にしていた。


 …………ああ、テーブルの上だとカメラに映ってありすちゃんのモデルも動いちゃうのか。


 俺はテーブルの下で、神楽さんの拳にそっと拳を合わせた。





 全五回戦、三時間に渡るMMVCももうすぐ終わろうとしている。


 現在の順位はなんとありすちゃんとバレッタのチームが一位。こおりちゃんと姫のチームが二位。この二チームを応援している俺からすれば最高の流れだ。


 上位二チームのポイントは僅差で、最後の五回戦の結果次第で簡単にひっくり返る。

 十万人を超えるMMVCの視聴者がこの二チームの対決に注目していた。


「バレッタ、ビルの上に誰かいる! 多分こおりちゃんだ!」


 神楽さんが敵を見つけバレッタに報告する。


 五試合目も終盤に差し掛かり、残っているチームは僅か二チーム。

 エムエムは画面の右上にキルログという枠があり、誰かが倒れるとそこに表示が出る。そしてそこにこおりちゃんと姫の名前はまだ出ていない。当然そのことは神楽さんも把握していた。


 優勝を争う二チームがたまたま最後まで残った形。きっとコメントでは「神展開」だと盛り上がっているだろう。

 ……いや、遅延が入っているのか。これから盛り上がるだろう。


「…………」


 もうすぐ……あと数分のうちに、結果が出る。


 神楽さんが勝つか、こおりちゃんが勝つか。


 どちらが勝っても嬉しいし、どちらが負けても悲しい。


 もやもやした気持ちは、結局観戦中晴れることは無かった。


「────えっ!?」


 神楽さんが驚き、声を上げる。


 画面に目を向けると神楽さんのキャラが倒れている。感傷に浸っていた俺は何が起きたのかを見逃していた。


 こおりちゃんとは距離があったはず。一体何があったんだ!?


「バレッタごめん! 頭抜かれちゃった!」


 神楽さんの悲痛な叫び。


 キルログを見ると、こおりちゃんが神楽さんを倒したログが表示されている。武器は…………なるほど。俺は何が起きたかを悟った。


 ────フリーズSVLK。


 このゲームで唯一敵を一撃で倒せるスナイパーライフル。

 扱いは難しいが、頭に当てることが出来ればどの距離からでもどんなキャラでも一撃で相手を倒せるのだ。

 プロの間でも最も警戒されているその武器は、こおりちゃんの得意武器でもあった。


 エムエムにはキャラを復活させる方法があるが、この終盤ではそれも不可能。

 神楽さんに出来ることはもう……見守ることだけだ。


「…………っ!」


 神楽さんは悔しそうに、それでもバレッタの勝利を祈って食い入るように画面を見つめている。神楽さんはやられてしまったので視点はバレッタのものに切り替わっていた。


「…………」


 神楽さんの辛そうな顔を見るのは初めてで、俺は動揺した。神楽さんは笑顔のイメージしか無かったからだ。

 神楽さんだって人間。当然悔しがったり泣いたりすることもあるだろう。でも何故か俺は神楽さんはいつも笑っているものだと思っていたんだ。


 神楽さんを倒したこおりちゃんがビルの屋上から飛び降り、バレッタに詰めていく。バレッタは人数不利を悟って近くのビルの中に逃げ込んだ。


 地上に居たのか、姫が先にバレッタの逃げ込んだビルに突撃してくる。

 本当は二人集まってビルを囲むようにしたほうがいいのだが……姫は初心者。人数有利になってつい突撃してしまったんだろう。気持ちは分かる。


 始まるバレッタと姫の銃撃戦。

 室内戦は敵に攻撃を当てる力、そして弾を避ける力が如実に表れる。バレッタの得意分野だ。


「よしっ! バレッタナイス!」


 神楽さんの跳ねるような声。


 バレッタの体力を半分ほど削った所で姫が倒れた。実力差を考えれば寧ろよく削った方だろう。


 バレッタは体力を回復しようとするが、すぐにキャンセルした。恐らく近くに敵がいることを足音で悟ったんだろう。


 次の瞬間、こおりちゃんがドアから飛び出してくる。


 バレッタは卓越した反射神経でサブマシンガンの照準をこおりちゃんに合わせた。


 これが正真正銘のラストバトル。後のことは考える必要は無い。持てる弾薬全てをこおりちゃんに撃ち込んでいく。


 不意打ち気味に飛び出してきたこおりちゃんに、バレッタはプロ顔負けのエイム力でダメージを与えていく。姫に削られたマイナス分はトントンになっていた。もしかしたらいけるかもしれない。


 ショットガンを手にしたこおりちゃんが斜めにジャンプしてこちらに突っ込んでくる。ジャンプしている相手に弾を当て続けるのは至難の業だが、バレッタは綺麗に照準を合わせていく。


「いける!」


 神楽さんが叫んだ。


 このペースならこおりちゃんがショットガンを撃つより先に体力を削りきれるかもしれない。バレッタが人数不利を跳ね返すかもしれない。


「…………えっ!?」


 バレッタのサブマシンガンがこおりちゃんの体力を削り切るその瞬間────こおりちゃんが空中で動きを変えた。本来なら操作不可能なジャンプ中にくの字に移動するその技は、プロがよく使用する弾除けの技術だ。


 こおりちゃんの予想外の動きに、バレッタの照準が一瞬ズレる。すぐに照準を合わせ直すが……室内戦でその一瞬は大きく勝敗を分ける。


 ────こおりちゃんの放ったショットガンが、バレッタの頭を撃ち抜いた。





 第二回MMVCはこおりちゃんと姫の優勝で幕を閉じた。


 神楽さんとバレッタは二位。三十チーム中の二位だ。誇るべき結果だと俺は思う。


「んあ〜〜〜〜ホントごめん! ボクが頭抜かれちゃったから……」


 神楽さんはさっきから何度もバレッタに、そして応援してくれた視聴者に謝っている。後悔してもし切れないんだろう。


 あれはこおりちゃんが上手かった。神楽さんは悪くないと俺は思う。


 そう伝えたいが、喋る訳にはいかない。まだ配信中だ。


「じゃあ今日の配信はこれでおしまい! 応援してくれた皆に優勝の報告が出来なくてほんと〜〜に悔しい! もしかしたらあとで後夜祭配信するかもしれないから、よろしくね!」


 最後は明るく締めくくった神楽さんが配信終了ボタンを押した。

 配信が終了していることを再度確認すると、ヘッドセットを外した神楽さんに俺は声をかけた。


「あの────」


 ────神楽さんは悪くないよ。二位だって凄いと思う。


 そう伝えようとしたが、俺は言葉を発することが出来なかった。


 神楽さんが────俺の胸にしがみつくように、抱きついてきたからだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る