菜々実の決意
千早さんの家から逃げるように飛び出し、気が付けば私は自分の部屋のベッドにいて、枕に顔をうずめていた。
────どうして?
その言葉ばかり頭の中でぐるぐるしている。
さっきの光景が、脳裏に焼き付いて離れない。
「…………」
絡まりに絡まった思考の糸を、少しずつ、少しずつ解いていく。
まずは、状況を整理しよう。
千早さんの部屋に、
見間違いじゃない。私がデザインしたんだもん、見間違えたりはしない。
あのグッズはまだ私が活動したての頃にひっそりと販売していたもので、多分五十枚も売れなかった。
本当に初期の頃から私の事を知っている人しか持っていないはずの物。
つまり────
「────千早さんは……私の……ファン……?」
……それも、ずっと前から。
「………………えへへ」
嬉しいな。
胸の奥から熱いモノが込み上げてくる。
そっか……千早さんは、氷月こおりが好きだったんだ。
なんだか、自分が好かれてるみたいで胸がぽかぽかする。
………………でも。
「…………あ……」
胸の中が、急に冷え込む。冷たい鉛を押し込められたように苦しい。
「…………氷月こおりが私だって知ったら……幻滅されちゃう、よね……」
『実は私が氷月こおりなんです』と伝えても、それで千早さんが喜ぶ姿がどうしても想像出来なかった。
だって……千早さんが好きなのは氷月こおり。
私じゃない。
氷月こおりのファンを悲しませることは絶対にしたくない。
だから…………。
「絶対に……バレちゃダメだ」
一番簡単なのは、千早さんから離れること。
私達の関係は、私が一方的に誘う形で成り立っている。一緒にエムエムをする時もそう。今日だってそうだ。
私が誘わなければ、私と千早さんの関係はいとも簡単に消滅するだろう。
「…………そんなの、イヤだよ……」
想像して、枕がじっとりと濡れた。
千早さんのいない生活なんて、もう考えられない。
────千早さん。
私が今日どれだけ緊張していたか、知っていますか?
────千早さん。
レンゲを持つ手が震えていたこと、気が付きましたか?
────千早さん。
お粥を作りながら「なんだかカップルみたい」って喜んでいただなんて、思いもしないですよね。
そうなんです。
私はもう……こんなに千早さんのことが好きなんです。
…………今更離れるなんて……出来ない。
「………よし」
決心して、私はベッドから身を起こす。頬を伝う涙を乱暴に手で拭った。
離れることはしない。
その上で、私が氷月こおりだってバレてもいけない。
「…………大丈夫」
難しいけれど、何とか自分を勇気づける。
それにしても──まさか、恋敵が私自身だなんて。
こんな悲しいこと、あるだろうか。
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