今、デートが大ブームです。
「…………治った」
朝。
枕元にある半分ほど残ったスポーツドリンクを飲み干し、俺はベッドから起き上がった。
「……おお」
身体が軽い。
沢山寝たからか、頭もめちゃくちゃクリアだ。
岡千早、完全復活。
「……菜々実ちゃんのお陰だな」
本当に、何から何までお世話になってしまった。これからは菜々実ちゃんに足を向けて眠れないな。
何かお礼をしたいけど……二十歳の女の子って、一体何を貰ったら喜ぶんだ?
はっきり言って俺は女性に対する知識は皆無だ。
最近何故か女性の知り合いが立て続けに出来はしたが、それ以前に例えばプライベートで遊びに行くほど仲のいい異性などはいなかった。
何をすれば女性が喜ぶのか……それが全く分からないのである。
かくなる上は誰かに相談するしかないんだが……若い女性の事となると、職場で聞けそうな人もいない。俺の部署は男所帯だった。
「となると……やっぱりあの人たちしかいないか……」
最近何故か出来た女性の知り合い。
そう、バーチャリアルの三人である。
バレッタの中の人である
俺は何故か分からないが鳥沢さんの人見知りを克服する練習相手をしている。まだ一度しか会っていないが、ちゃんと話せるようになればいいなと思っている。
ありすちゃんの中の人である
姫こと
奇妙な縁を感じたと言っていたが、その後特に連絡が来たりということはない。一体何だったんだろうか?
この三人のうち誰かに聞いてみようと思うんだが……うーん、失礼かもしれないが鳥沢さんはそういうアドバイスをするのがあまり得意ではない印象がある。
神楽さんのアドバイスはあまり参考にならなそうだ。となると……栗坂さんしかないか。見た目もモデルみたいで、頼りになりそうな印象があるし。
俺はルインを起動すると栗坂さんとのトークルームを作成した。メッセージを送るのは初めてなのであれこれと悩みながら文章を作成していく。
『お疲れ様です。突然こんな質問をするのは大変心苦しいのですが、二十歳くらいの女の子が貰って嬉しい物に何か心当たりはありますでしょうか?』
「……はは」
メッセージを見返して苦笑してしまう。
どうして俺はこんなビジネスメールみたいな雰囲気で女の子へのプレゼントなどを聞いているんだ。
俺と栗坂さんの関係がいまいち掴めなくて、どういう文体で送ればいいのか分からないんだよな。
仕事関係のような、プライベートの知り合いのような……でもまだ一度もやり取りしたことはないし……などと頭を悩ませていたら、こんな文章になってしまった。
……まあ、伝わればいいか。
俺は送信ボタンをタップすると、腹筋の力でベッドから跳ね起き仕事に行く準備を始めた。
◆
「なんだこりゃ」
昼。
スマホを確認すると、訳の分からない怪文書が表示された。
寝起きの頭が理解を拒否している。
『お疲れ様です。突然こんな質問をするのは大変心苦しいのですが、二十歳くらいの女の子が貰って嬉しい物に何か心当たりはありますでしょうか?』
送信者の名前は『岡千早』。ななみんの好きな人だ。
「なになに……二十歳くらいの女の子が貰って嬉しい物……?」
────そんなもん、人によるんじゃないの?
そう思ったが、それをそのまま返信しても意味がない。
岡さんがわざわざ関わりの薄い私に聞いてくるってことは、相当困っているんだろう。
…………それにしても。
それにしてもだ。
「二十歳くらいの女の子ってことは……ななみん、何かやったか?」
つい、にやっとしてしまう。
確定じゃないが、この前『家に行け』とアドバイスをしたばかりだし、十中八九ななみんだろう。
…………となれば。
「ったく、ななみんは私に感謝しろよー」
ポチポチとスマホを操作しアドバイスを送る。
────それにしても、どうしてななみんといい岡さんといい私に相談してくるんだ?
そういう所は似てるんだな、とそんなことが面白かった。
◆
「…………いやいや」
スマホに表示されたメッセージに、俺はついツッコんでしまう。
家を出る前に栗坂さんに送ったメッセージ。その返信は予想の斜め上のものだった。
『デートに誘うといいと思います』
デートて。
もしかして栗坂さんは彼氏彼女の相談か何かと勘違いしているのか?
俺と菜々実ちゃんが……デート?
「いやいや、ありえないだろ」
菜々実ちゃんが喜ぶビジョンが一ミリも想像できない。
試しに頭の中で俺と菜々実ちゃんを並べてみるが…………うん、見事に釣り合ってないな。
申し訳ないが、他のアドバイスを貰おう。
『他に無いですか?』
『無いです。二十歳の女の子の間では今デートが大ブームです』
『そういうのはカップルとかの話ですよね?』
『いいから誘え!!!』
「…………うお」
やり取りを続けていると、物凄い剣幕でメッセージが飛んできた。
怒りのスタンプが連投され画面を埋め尽くす。
うーん……誘えっていわれてもな……。
まあ、アドバイスを聞いた手前やらずに断るのも悪いか。もしかしたら本当にブームなのかもしれないし。
『わかりました』
そう送信すると、俺は菜々実ちゃんとのトークルームを表示させる。
そういえば、無事に風邪が治ったことを報告するのを忘れていた。看病してくれた人には一応報告するべきだった。
『こんにちは。風邪無事に治ったよ。昨日は本当にありがとう。もしよかったらなんだけど、お返しに今度どこかに遊びに行かない?』
おかしいことは分かっている。
お返しが『どこかに遊びに行かない?』って。
それのどこがお返しなんだ。
分かってはいるが……これがアドバイスなんだから仕方ない。
俺は菜々実ちゃんが呆れませんように、と祈りながら送信ボタンを押した。
◆
「っ!?」
私はスマホを見て固まってしまった。
こ、ここここ、これって……!
「デートの……お誘い……!?」
目の前に表示されているものが信じられなくて、メッセージを読み返す。
「……こんにちは。風邪無事に治ったよ。もしよかったらなんだけど、お返しに今度どこかに遊びに行かない?」
……うん、間違いない。
これはデートのお誘いだ。
千早さんが、私をデートに誘っている。
「…………いひひ」
顔がにやけて溶けそうになる。
幸せすぎて、どこかに飛んで行ってしまいそう。
『是非! 行きたいです!』
そう送信すると、私は居ても立ってもいられずベッドに飛び込んだ。
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