バーチャル配信者との仕事
「宣伝にバーチャル配信者を?」
今朝の会議で通達されたのは衝撃的な内容だった。
それはうちの会社の新商品の宣伝にバーチャル配信者を使うというものだ。
既にある程度話も纏まっているらしい。
「誰に頼むとか、もう決まってるんですか?」
会議が終わり、各々が自らのデスクに戻るなか俺は課長に尋ねた。
「なんだ? 珍しいな岡。お前が仕事にやる気見せるなんて」
課長が珍しそうに俺を見る。
悪かったな。ぐうの音も出ないよ。
「俺はこういうの詳しくないからよく分からないが、この人たちらしい」
課長は資料をパラパラと捲ると、あるページを俺に見せてくる。そこに書かれていたのは衝撃的な内容。
「
「なんだ? 凄い人なのか?」
「バーチャル配信者の中でもトップの中のトップですよ! 確か全員チャンネル登録者百万人を超えてるはずです」
「へえ、バーチャル配信者って凄いんだな……俺ミーチューブは釣り系の動画しか観ないからその辺分かってなくてさ」
課長はあまり興味が無さそうだ。極限まで上がった俺のテンションばかり空回りしている。
……それにしても物凄い面子だ。
魔魅夢メモ。チャンネル登録者百二十万人。バーチャル配信プロダクション会社『バーチャリアル』所属。魔界のお姫様で愛称は『姫』。
不可思議ありす。チャンネル登録者百万人。同じく『バーチャリアル』所属。
モチーフは不思議の国のアリスだろう。ロリ系ボイスが特徴的なボクっ娘で熱狂的なファンが多い。
バレッタ・ロックハート。チャンネル登録者百十万人。同じく『バーチャリアル』所属。
銃の精霊という設定で、FPSゲーム全般がかなり上手い。エムエムも上から二番目のランクの『チャンピオン』に到達している。また、姫の放送が荒れてしまった第一回MMVCの優勝者でもある。
「あ、この案件うちのチームがやるってこの前の部長会議で決まったから」
「…………えっ!?」
「なんか部長世代誰もミーチューブとか詳しくなくてさ。若いからってうちのチームに押し付けられたんだよね。……若いったって俺ももう三十五だぞ」
「え、じゃあ会ったり出来るんですか!?」
「そりゃ仕事だからな。そうだ岡、詳しそうだしこの件お前に任せるわ。ミーチューブとSNSで紹介して貰うだけだから肌感では何回か打ち合わせすりゃいけんじゃねーかなと思ってる」
「え、え、えええええええぇええ!!?? 俺がこの人らと!?」
「頼むわ。とりあえずアピールポイントとかイメージとか、そういうのを先方に伝えないといけないから今週中にいい感じに纏めといて」
課長は資料を俺に手渡すと、ひらひらと手を振って自分の席に戻っていった。
俺は現実が飲み込めずその場に立ち尽くしている。
俺が大人気バーチャル配信者と打ち合わせ?
「…………」
俺が!?
バーチャル配信者と!?
資料に目を落とす。
魔魅夢メモ。不可思議ありす。バレッタ・ロックハート。
いつも画面越しに見ている名前。
「いやいやいやいや…………マジか」
夢なら覚めないでくれ。頼む。
◆
『やっほ~。不可思議ありすだよ。今日の配信は参加型のエムエムっ! 一緒にプレイしたい人はボクに申請送ってきてね!』
俺はその日の晩、ありすちゃんの配信を観ていた。
今日の配信は参加型だった。
参加型というのは、配信者と視聴者が一緒にゲームをする、という趣旨の配信だ。
今回でいえばエムエムを一緒にプレイ出来る。
勿論倍率はとんでもないが、もし一緒にプレイ出来たらファンにとっては一生の思い出になるだろう。因みにこおりちゃんは参加型配信をしたことがない。して欲しいんだけどな。
折角の参加型配信だったが俺は参加する意思はなかった。ありすちゃんのファンという訳では無いし、何より俺はエムエムが下手だからだ。
当たり前だが一緒にプレイするということは何千人が観ている配信に載るわけで、下手なプレイをすると視聴者にめちゃくちゃに叩かれる。参加するには少なくとも中級者くらいの腕前はあった方がいい。
最近菜々実ちゃんとエムエムをするようになって少しは上達してはいるんだが、まだまだ初心者の域は脱していない。
それにしても菜々実ちゃんがあんなにゲームが上手いとは思わなかった。俺に合わせてプレイしてくれてるけど、本気を出したら上位ランクの『ダイヤ』とか下手したら『チャンピオン』くらいの実力があるんじゃないかと俺は思っている。
画面にはエムエムをプレイするありすちゃんが映っている。
ありすちゃんはエムエムがそんなに上手くなかった。俺とあまり変わらない。配信では七つあるランクのうち下から三番目の『ゴールド』をプレイしている様子が映し出されていた。
ありすちゃんは何度も瀕死になりかけるが、参加している視聴者が上手なプレイヤーで上手くフォローしながら敵を倒していく。
結局ありすちゃんはそのマッチを優勝した。
『やったーーーーーー! 視聴者さんめちゃくちゃ強かった! サンキューだよ!』
画面下部に陣取っているありすちゃんの3Dモデルが荒ぶる。3Dモデルの動きは配信者と連動しているから、画面の向こうで配信者もはしゃいでいるんだろう。
ありすちゃんの放送を観るのは始めてだけど、明るい子なんだなというのがすぐに分かった。
…………このありすちゃんと仕事で会うんだよな。
全く実感が湧かない。
バーチャル配信者とリアルで会いたい、というのはまあバーチャル配信者ファンの多数が一度は考えたことがあると思う。
人は隠されてるものを暴きたくなる生き物だから、中の人が秘匿されているバーチャル配信者の中身に関心があるファンは多い。
それに最近はバーチャル配信者に恋させるような売り方をしている所も多いからな。『バーチャリアル』もその路線で人気になった。
俺もこおりちゃんに会いたくないと言えば嘘になる。恋とか、そういうのじゃないと思うけど。
◆
流れるように二週間が経ち、七月になった。
東京はすっかり夏真っ盛りで気温は連日三十度を超えている。
俺はミーティングルームで緊張で胃液を戻しそうになりながら先方の到着を待っていた。
今日は『バーチャリアル』との第一回打ち合わせである。
姫が。
ありすちゃんが。
バレッタが。
もうすぐ来るのだ。
「う…………」
考えたら胃液がせり上がってきた。緊張はピークに達している。水分を求めてコク、コク、と喉を鳴らすが口の中はカラカラだった。
すっかり体調不良の域に達しつつある。
コンコン、とノックの音が響いた。
やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい!
まだ心の準備が全く出来てない。
「は、はい!」
辛うじてそう返事をすると、ドアが開きスーツ姿の女性が入ってくる。その後ろには私服姿の女性が三人。
スーツ姿の人がマネージャーか何かで、後ろの私服姿の方達が恐らく
俺は沸騰しそうな頭を必死に鎮めて三人に視線を送った。
「…………ん?」
私服姿の三人。その中の一人に俺は見覚えがあった。
この前うちの近くで道に迷っていたモデルみたいな人だ。あの日着ていた黒いワンピースを今日も着ているので分かった。
あの人、バーチャリアルの配信者だったのか!?
向こうは俺に気が付いた様子はない。そりゃそうだよな。今はスーツ姿だし、そもそも一瞬会っただけの人の顔なんて覚えちゃいないだろう。
それにしても偶然助けた人が大人気バーチャル配信者だった、なんてそんなことあるんだな。
「初めまして。魔魅夢メモのマネージャーをしております
声に気が付き我に返る。スーツ姿の女性はこちらに近寄ると名刺を差し出してきた。
『株式会社バーチャリアル
名刺にはそう書かれていた。
「頂戴致します。本日はよろしくお願いします。担当させて頂きます岡と申します」
頭を瞬時に仕事モードに切り替え名刺を差し出す。
どっちの手から受け取るだの置き方はどうだの、マナーが多くて名刺文化無くならないかなと社会人になりたての頃は思ったがもうすっかり慣れてしまった。
「じゃあ皆自己紹介して」
平田さんが三人に呼びかける。
この前会ったモデルみたいな人がぺこりと頭を下げた。
「初めまして。魔魅夢メモです。本日はよろしくお願いします」
え、え、えええええぇえええええええ!!??
この人が姫なのか!?
俺は道で偶然姫と会っていたっていうのか!?
……妄想でも出来過ぎだろ。こんなことあるんだ。
「初めまして! ボクは不可思議ありすです。今日はよろしくお願いします!」
あまりの事実に呆気にとられているうちに、隣の背の低い子が元気に自己紹介をした。
あの子がありすちゃんか。姫は正直イメージと違ったけどありすちゃんはイメージまんまだな。茶色のショートカットが元気そうなイメージにぴったりだった。さらにいえば顔が可愛い。若手アイドルと言われても違和感がない。姫といいありすちゃんといい、バーチャル配信者の中の人ってこんなに可愛いんだな……。俺はそれが結構意外だった。もしかしてオーディションの基準にリアルの見た目も含まれているんだろうか。
「ほら、バレッタの番だよ」
ありすちゃんがちょんちょんと隣の袖を引っ張っている。
「あ、えっと……バレッタです……。きょ、今日はよろしくお願いしますっ」
眼鏡をかけた綺麗な黒髪の大人しそうな子だった。他の二人と違い緊張しているのがひと目で分かる。雪のように真っ白な肌が薄く紅潮しているのが分かった。
バレッタは配信だとかなり荒々しい口調のキャラクターだから、俺は内心めちゃくちゃびっくりしていた。
内気そうなこの子がバレッタの中の人なんだな。
……いかん、仕事をしなくては。
絶賛掻き乱され中の精神をなんとか落ち着けて俺は切り出した。
「自己紹介ありがとうございます。それではお手元の資料をベースに打ち合わせを進めさせて頂きますね」
今は仕事だ、仕事。
集中。
◆
打ち合わせは順調に進み、今は休憩時間。
平田さんは喫煙室に行き、ミーティングルームには四人が残されていた。
俺と、バーチャル配信者三人。
俺は資料を確認する振りをしながらちらちらと三人に目線をやる。どうしても見てしまうんだよ。分かってくれ。
「あの」
「はいッ!?」
突然の声に心臓が飛び出そうになった。
声の主はどうやら姫のようだった。
「え、えっと、なんでしょうか? ……何か資料で分からない所でもありますか?」
「資料に書いてある「岡千早」さんって、岡さんですか?」
一瞬何を言っているのか分からなかったかすぐに合点がいく。資料の作成者欄の「岡千早」は俺なのかと、そう聞いているんだな。
「はい、私が岡千早ですけど……何か不備でもありましたか……?」
「いや、そういう訳じゃ無いんですけど……う〜ん……岡さん、私と会ったことありません?」
姫は難しい顔で俺の顔を見つめている。
「え、なになに姫ちゃんそれナンパ!? ちょっと止めてよ今仕事中だよ〜?」
ありすちゃんが驚き半分ニヤケ半分といった表情で姫を茶化す。
「馬鹿違うわ! 何か見覚えがある気がするんだよね……」
バレッタはそんな二人を心配そうに見つめていた。
「あー、多分前に道に迷ってた所を助けた事があると思います。確かこおりちゃんとのオフコラボの日に」
「…………あーーーっ! こおりちゃんファンのお兄さん!」
姫はこちらを指差して叫ぶ。
「え、なになに二人は知り合いなの? こおりちゃんって
ありすちゃんは興味津々な様子で俺と姫の顔を交互に見回している。
「知り合いというか、前に助けて貰った事があってさ。…………んん? 待て待て、お兄さんは『岡千早』さんで、こおりちゃんのファンなんだよね?」
「えっと……そうです」
なんの確認なんだろうか。姫は表情をコロコロ変えながら何かに頭を悩ませている。
「えー、こんなことあるんだ。なんか凄いな。岡さん、突然なんだけど私とルイン交換してくれない?」
「へっ!?」
突然の申し出に素っ頓狂な声を上げてしまう。
ルイン?
どうして?
「これも何かの縁だしさ、今回の仕事で聞きたい事とか出てくるかもしれないし」
そう言ってスマホを差し出してくる。
申し出の意味は分からないが、それよりも。
「えっと……そういうの、交換して大丈夫なんですか……?」
真っ先に気になったのがそこだった。
「そういうのは全然大丈夫。というかルインは普通にプライベートのだし」
「うーん……まあ、そういうことなら」
よく分からないが姫と連絡先が交換出来るというなら断る理由は無かった。
俺はスマホを差し出し姫と連絡先を交換した。
『
「え〜、なんか二人共怪しい! ボクも交換する!」
何故かありすちゃんもスマホを差し出してきた。
連絡先を交換すると『
「ついでだしバレッタも交換しなよ!」
「えっ、わ、私はいいよ……」
「まあまあそう言わずに!」
ありすちゃんはバレッタのスマホを掴むとルインを起動しこちらに向けてくる。
いやいや、流石にこれは良くないだろう。
バレッタに視線を送ると、困った様子で僅かに頷いた。
……いいのかよ。
『
「なんでお前らまで交換するんだよ」
姫は呆れた様子でありすちゃんを見る。
「だってなんか姫怪しいんだもん。普段仕事の人とルインなんて交換しないじゃん」
ありすちゃんは頬を膨らませて反論する。一々動きが可愛いなこの子は。
「今回はちょっと奇妙な縁を感じたんだよ。はぁ……こうなったら仕方ないけど、お前らあんまり岡さんに迷惑掛けるなよ?」
「は〜い!」
ありすちゃんは手を挙げて元気に返事をした。バレッタはスマホを胸に抱いて小さく頷いた。
ガチャ、と音を立てて扉が開く。マネージャーの平田さんが戻ってきた。
「では打ち合わせを再開しますね」
そんなこんなで何故か俺のルインには大人気バーチャル配信者の連絡先が三人も追加された。
……これ夢じゃないよな?
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