2-7
秋葉原の街は歩くだけでも面白い。
電気街というイメージが強いが、やはり歩いてすぐに大きな電気屋が並んでいた。立体ホログラムがなくてもカラフルな街でどこを向いても色が付いている。電気屋が並ぶ大通りから脇の道に入っても、ゲームやアニメの店がせめぎ合いながら並んでいて、ついつい足を止めてしまった。
ただ、最初に口にした以上の手がかりは杉本麦音の口から出てこなかった。あてもなく探しても意味がないので、スマホで秋葉原にあるライブをしている施設を検索してしらみつぶしに探していくことにした。これが中々気の遠くなるような作業だった。
「ここはどう?」
「うーん、もっと広かった気がする」
「ここは?」
「こんな階段はなかった、かな?」
中に入る前に杉本麦音が違うと言う場合もあった。それに施設に入れてもらえるのは稀で、ライブ中だったり設営中だったり、何もしていなくても断られたりした。
「あーっ、全然ダメじゃん」
僕は人の邪魔にならない工事現場の外壁に座り込んだ。いくら秋葉原の街が楽しくても、雨の中、明確な目的地もなく歩くのは疲れる。
「麦音、なんでもいいからさ。ライブ会場以外で覚えていることない?」
エモンが作戦を練り直しとばかりに杉本麦音に尋ねる。
「えーと電気屋さんの前を通って、一筋か二筋ぐらい入った所にあったような……」
「大体そんな感じの場所にあるよな」
そもそもはっきりとした記憶もないのに、東京に来たこと自体が無謀なことなんじゃないかと思えてくる。
「ねーねー、君たち! 何しているのかな? いまお暇?」
いかにも猫なで声といった声がした。声の方を振り返ると生白い足がにょきっと生えている。
「何を見ているのかな?」
猫なで声にどすを利かした声色で、お姉さんの顔が近いてきた。
「いや、いやいや。不可抗力だから!」
僕は慌てて立ち上がる。そこには猫耳をつけたツインテールのメイド服のお姉さんが立っていた。ミニスカートだ。
「不可抗力でも見たのは間違いない。それじゃ、三名様ごあんなーい」
メイドのお姉さんがビラを僕たち三人に渡してくる。なんてことはない。カラフルな文字で彩られた手作り感満載のメイドカフェのビラだった。メイドカフェ・スイートキャットと書かれている。
「メイドかふぇー?」
エモンがあからさまに嫌な顔をした。
「来てくれるでしょ? スカートの中覗いたじゃない」
「ぶはっ、覗いてない、覗いてない! 足がそこにあっただけだし!」
濡れ衣を着せられた僕はブンブンと首を横に振る。
「今日は雨で全然お客さん捕まらないの。お願いだからお店覗くだけでも」
お姉さんはピンクの傘の柄を挟むようにして拝んでくる。
「ちょっと休憩しようか? もうとっくにお昼過ぎているし」
杉本麦音がスマホの時間を見て言うと、お姉さんはすぐさま目の色を変えてターゲットを変えた。
「なんですって、君たちまだお昼ご飯食べてないの? それはいけない。すぐにうちのオムライスを食べないとっ。お昼ご飯をごちそうします、お嬢様」
「えっ、えっ」
お姉さんは杉本麦音の腕を強引に引いていく。まさか本当にご馳走してくれるわけない。
「ちょっと!」「待ちなよ!」
僕とエモンは二人の後ろ姿を追った。こうなりゃ、メイドカフェがぼったくりじゃないことを祈るしかない。
連れていかれたメイドカフェは小さなビルの二階にある普通のメイドカフェだった。いや、一般のメイドカフェがどんなものかはネットで見た程度だけど、とりあえず入店したらお帰りなさいませ、ご主人様と迎えられた。入り口の看板に書かれていたメニューも割高な気がするけれどバカ高いわけではない。
壁は白く、テーブルと椅子などの店内の家具はほとんどピンクで統一されている。僕らは窓際の四人席のテーブルに案内された。僕と麦音は窓際に座り、エモンは僕の隣に座った。
「あー……、飯、胃に入るかな」
エモンが入って一分でグロッキーになっている。どうやらこういう場所は苦手なようだ。モノトーンで統一されていたエモンの家とは対照的だ。僕はというと恥ずかしさよりは物珍しさが勝っていた。
連れてきたお姉さんがメニューを開いて、説明する。
「おすすめはオムライスとフレンチトーストにゃん。メロンソーダも美味しいにゃん。私が美味しくなる魔法をかけるにゃん」
「語尾がにゃんになっている……」
僕たち三人は真顔でお姉さんの顔をまじまじと見た。みるみるうちに真っ赤になっていく。お姉さんは顔を近づけて小声でささやいた。
「しっ。店の中だとこうしないといけない決まりなの。そんなに見ないで! それじゃ、ご主人様、お嬢様、注文を教えてほしいにゃん」
気を取り直してお姉さんは注文を取る。いまさら店も出て行くわけにもいかないし、それに腹だって空いていた。僕はなるべくボリュームがあるものを選ぶ。
「オムライスを一つ」
「僕はフレンチトースト」
「あ、私も」
「メロンソーダはどうするにゃん?」
「じゃあ、それも。こんなとこかな」
「はーい。オムライス一つにフレンチトースト二つ。メロンソーダ三つにゃん」
満足そうにお姉さんは白い尻尾を振りながら去っていった。
「なぁ、フレンチトーストにメロンソーダって甘いものと甘いものじゃないか?」
オムライスを頼んだ僕は二人に言う。
「あ、そう言えば」
杉本麦音は今気づいたようだ。
「勝手にメロンソーダ追加したのは仁太じゃないか」
「いや、勝手に三つと解釈したのはお姉さんだからね。そう思ったら止めればいいのに」
「彼女と話すのが億劫だったんだよ」
既にエモンは自分のスマホに視線を落としている。僕は窓の外を覗いた。窓の外にはホログラムのライオンが闊歩し、キリンが首を伸ばして仮想の葉っぱを食んでいる。サバンナゾーンのようだ。僕は外の景色をスマホで写し、友達のグループに送信する。
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