1-11
やっと風呂から上がって、チビ達の面倒を杉本麦音にバトンタッチする。身体を拭いてやったり、頭を乾かしてやったりしていた。俺の時とは違って大人しくしやがって。
僕は一人、ベランダで夕涼みをしていると、今日は早めの夕食だと優子さんに呼ばれた。ダイニングテーブルに並べられているのはチキンカレーだ。僕らが風呂に入っている間、杉本麦音も作るのを手伝ったらしい。サラダのキュウリの輪切りが繋がっている。どちらが切ったかは知らないけれど、たぶん杉本麦音だろう。
チビ達に合わせてカレーは甘口。大きめに切られたジャガイモやにんじんがごろごろ転がっている。辛さのない甘いカレーは物足りない気もしたが、優子さんにおかわりはどうかと聞かれたら、迷わず皿を差し出していた。
「麦音ちゃんもおかわりいるでしょ?」
優子さんがキッチンからダイニングテーブルに座る杉本麦音に聞く。
「あ、私は一杯だけで」
「ダメよー。明日も自転車こぐんでしょ。精力つけないと」
杉本麦音の皿を奪って強引に二杯目をつぐ優子さん。一杯目より多い気がする。杉本麦音が一生懸命スプーンを口に運ぶ様子を眺めながら、優子さんはニヤニヤして言う。
「おばさんから仁太くんが彼女を連れて遊びに来るって言うからどんな子かと思ったら、ふーんこういう子が好みだったんだ」
「ごふっ」
僕は思わずカレーをのどに引っ掛けた。急いで麦茶で流し込む。
「ち、違うから! ただの親戚だから!」
キョトンとしている杉本麦音の横で、僕が抗議しても優子さんは目の前でニヤニヤしている。
「やだ、冗談よ。仁太くん可愛いー」
「「可愛いー」」
ケタケタと笑いながらアヤメとユリまで優子さんの口真似をした。くそう、口の周りべたべたのくせに。
「あら、颯起きちゃったの?」
薄暗い隣の部屋で寝ていた赤ん坊の颯がぐずりだした。優子さんは部屋に行って抱っこしてあやす。何だか優子さん休まる暇がないな。皿洗いぐらいは自分でしよう。
「それで、明日は小田原のどこを観光するの? やっぱり定番の小田原城? それともかまぼこ工場にでも見学にいく? どこにでも連れて行くよ」
優子さんが颯を連れて居間の方に出てくる。明るい所に出てきた颯はすっかり目が覚めていた。杉本麦音はスプーンを止めて、優子さんに申し訳なさそうに顔を上げる。
「あの、観光する予定はなくて」
「東京に直行」
僕は最後の米粒を皿からすくい取って口に運んだ。
「ええっ、仁太くんはいつでも来られるから、それでいいかもしれないけれど。麦音ちゃんはずっと遠くから来たんじゃないの?」
「麦音ちゃん、明日も遊ぼうよ」
「明日は遊園地に行こう。私、いいとこ知っているの」
いつの間にか杉本麦音は双子になつかれたらしい。困った顔で微笑む杉本麦音。
「ごめんね。待っている人がいるから、早く東京に行かないといけないの」
待っている人とはエモンのことだろう。ええーっと合唱するチビ達にしょうがないでしょと言いながら、優子さんは椅子に座った。
「でも帰りもここに寄るのよね。帰りにちょっとだけでも観光していけば?」
「また、お邪魔していいんですか?」
杉本麦音の意外そうな顔に優子さんはえくぼを作ったまま笑う。
「もちろんよ。あ、そのときは旦那もいると思うけどね」
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