第18話 「ミックス団体戦」

 GW最終日。

 桜の花びらは散り終え、鮮やかな新緑の若葉が涼風に薫る五月晴れの朝。木代きしろ市営スポーツ公園庭球場には、ATCアリテニ所属U-18の選手たちが集まっていた。男女8名ずつ、16人の少年少女たちだ。


「そんじゃ、オーダーを発表するぞ~ぅ。心して聞けぇ~ぃ」


 整列させたメンバーを前に、高3の偕鈴奈かい すずなが舌足らずの間延びした話し方で言う。集まった中では最年長だが、容姿だけは最年少にも見えるほど幼い雰囲気の鈴奈は、タブレット端末を手に今日の団体戦の要綱を説明し始めた。まるで小学生が国語の授業で立って朗読する時みたいな様子だ。


「ウチからは2チーム出るぞぅ。まずトオルちゃん率いるチームは……なんだよぅ、これぇ、もうちょいセンス出せよなぁ。恥ずかしいじゃんかよぅ。え~、チーム、プリティ♡サービス」


 うへぇ、と嫌そうに顔をしかめる鈴奈。それを受けて、ピンクのスウェットをお揃いで着ているギャルギャルしい2人が抗議の声を上げた。


「え~よくないッスか~? 超可愛い女子が3人とクール美人1人がいるチームッスよ~?」


 そう言ったのは、取り合えず語尾に「~ッス」を付ければ敬語になるとでも思っているらしい、古賀薫子こが かおるこだ。名前に似合わず髪は茶色に染まり、陽光に照らされてラメがキラキラしている。これからテニスをするというのに、しっかりメイクがキマっている。白とピンクでデザインされた派手なスウェットは、わざと大きいサイズを着ているせいか一見パジャマのようにも見える。


「そうそう、それにチーム名は公正にくじで決めたんでぇ、最終的に決定したのはトオル先輩なんでぇ~すっ」


 やけに声が高くいわゆるアニメ声でカオルコに続いたのは、花宮麗はなみやうららだ。2人とも似たような装いをしているものの、うららの方が多少小奇麗さが伺える。とはいえ、有り体に言えばややキャバ嬢のような雰囲気で、お世辞にも上品とは言い難い。2人を並べると、深夜にドンキへ向かったヤンキーと、仕事帰りのキャバ嬢のようでもある。


「ハイハーイ、んで、ギャルチームが~、トオルちゃんと、ナっちゃんと、ギャル2人と、バカ2人と、王子様とお姫様、よろしー?」


 鈴奈が投げやりにメンバーを読み上げると、ギャル2人が騒ぎ出す。


「ちょっと! プリティ♡サービスだってば!」

「ギャル2人って! まんまだし!ウケる」

「ん? バカ2人って誰のことだ、マサキ?」

「分からねェな、デカリョウ。王子様がオレなのは確かだが」

「あの、もうちょいシャキっとやってもらえません?」

「ホォラ~! ナっちゃんがオコだよスズパイ~」

「チョコパイみたいにゆ~な~ぁ」


<イイネェ、いいよォ~? 若さが溢れてるねェ~~~!>


 五月晴れの爽やかさを平気で台無しにする、全員をバカにしたようなアドの声にウンザリしつつ、聖はこっそりと集まっているメンバーの顔と名前をそれぞれ確認する。あらかた覚えたつもりだが、歓迎会以降ほとんど絡みの無いメンバーもいるので新人としてはぬかりなく顔と名前は押さえておきたかった。


「あ~も~、取り敢えずメッセで詳細送ってあんだから各自確認して~。チーム毎に別れてよろしくやっとくれ~。いじょ~、決勝で会お~ぅ」


 ぐだったせいで急にやる気を失った鈴奈がそう告げると、メンバーは慣れた様子で割り振られたチームごとに集まる。聖もそれに習い『プリティ♡サービス』とは別の面々のところへ身を寄せる。


「ったくぅ、ミヤちゃんあいつらJKんなったからって調子こいてな~い? ヤキ入れた方が良いと思うな~」


 子供が親に告げ口するように、鈴奈はミヤビに泣きを入れる。


「まぁまぁスズさん、あっちはトオルさんに任せましょ」


 不満そうな鈴奈の頭をよしよしと撫でつつ、ミヤビが取りまとめ役を引き継ぐ。適当に鈴奈を宥めると、ミヤビは各自に今日の概要について確認するよう指示した。聖は携帯端末を取り出し、起動させる。表示された内容は以下のようなものだった。


◆エフォーターズ主催 GW男女混合団体戦(グレードA)

 試合形式 :1セット セミアド

 サーフェス:オムニ

 試合会場 :木代市営スポーツ公園庭球場

 集合時間 :8時(遅刻したヤツは1秒毎に地獄ダッシュ1本!)


チーム:雪ん子☆

メンバー:偕鈴奈、雪咲雅、桐澤雪乃、桐澤雪菜、能条蓮司、不破奏芽、沼沖文学、若槻聖


チーム:プリティ♡サービス

メンバー:千石透流、葛西悠馬、羽切棗はぎりなつめ、古賀薫子、花宮うらら、神近姫子、君塚政基、高鬼亮


<あァ~~~イイなァ~~~! 同世代の男女で楽しそうに団体戦とか青春だなァ~~~! オレも団体戦ヤリてェ~~~ミックチュしてェ~~~! ハイタッチしてェ~~~!>


 アドの心からの嘆きを聞き流しつつ、聖はメンバーの顔と名前を確認するよう視線を走らせる。幸い、今日聖が一緒のメンバーは同年代が多く、年上はミヤビと鈴奈の2人だから顔と名前は記憶と一致している。唯一、桐澤姉妹の区別はつかないのだが。


 一方、ギャルチームの方に視線を向ける。高2の男子2人とは歓迎会で話をしているが、年上ということもあってそれ以降はあまり会話をしていない。


 千石透流せんごく とおる葛西悠馬かさい ゆうまは、それぞれトオル先輩、ユーマ先輩と慕われている。トオルは分かり易いハンサムで、まとめ役を任されることが多い。放っておくと好き勝手を始めるメンバーを怒鳴りつけて一喝する様はヤンキーそのものだが、平時は比較的クールで大体何をしても絵になるタイプの男だ。


 ユーマは眼鏡をかけた実に温厚そうな雰囲気で、女子のメンバーからは王子様と呼ばれている。トオルと同じ聖の1コ上だが、その知的な雰囲気と物腰から大学生くらいにも思える。しかし油断ならないのは、トオルが不在の時にユーマがジュニアのまとめ役をする際は、不思議と誰もふざけない。ニッコリしながら「皆、真面目に練習してエライね」と言う彼の笑顔には、どこか言い知れぬ凄味のようなものを感じることがある。


 マサキとデカリョウとは既に連絡先を交換するくらいには打ち解けていて、そろそろあの2人(ブンを含めると3人)のノリにもちょっとずつ慣れてきた。一緒にふざけられるかというと、そこはまだ課題が残るのだが。


 残る3人の女子は聖と同世代。


 羽切棗はぎり なつめ古賀薫子こが かおるこ花宮麗はなみやうららだ。ナツメは身長が高く聖とほぼ同じ。スポーティなショートヘアで、いかにもプロを目指している女子といった容貌をしている。だが、これまで殆ど口を交わしていない。クールでストイックな若き女子アスリートをそのまま体現しており、少々近寄り難い雰囲気がある。


 対して、薫子とうららはおよそテニスをしているとは思えない、典型的なギャルといって差し支えない。初めて顔を合わせた時は本当にテニスしてるのかと疑ってしまうほどだったが、2人とも小学生からテニスをしていてそこそこの腕前らしい。ただ、その容姿や雰囲気は、8人いる他の女子と比べるとかなり浮いている。


 奏芽が教えてくれたところによると、中学の時までは普通だったが春休みから大変身したそうだ。なんでも「テニスの汗臭いスポ根イメージをぶっ壊す」のが目標らしい。可愛い衣装で華やかなイメージを多くの人にアピールしたいそうなのだが、奏芽の寸評は「目立ちたいだけ」だった。


 なんだか個性の強い面々だなと思いながら、聖は携帯端末をポケットに仕舞った。



「ほ~い、そんじゃチーム雪ん子作戦会議~ぃ」


 鈴奈が呼びかけ、8人が円陣を組むように寄せ集まる。


「今日は全部で6チームだってさ~。3チームごとに別れてリーグ戦、その後で各リーグの順位別でぶつかりま〜す。ちな、ギャルチームとはリーグが違うから多分最後は奴らとやるんじゃないかな?ぜって~ぶちのめすよ~ぅ」


 童顔の鈴奈が物騒な言い回しを口にすると妙な悪役感が滲み出る。


「んでオーダーだけどさぁ、ひじリンはこれでイイの~?」


 携帯端末を操作しつつ聖の方を見る鈴奈。何故か鈴奈だけが聖をひじリンと呼ぶ。初めてそう呼ばれた時に何故そう呼ぶのかと尋ねたら「ダーリンみたいで嬉しいでしょ?」と答えになっていない返答を賜った。経験上、年上の女性というものは気分で物事を決める事が多いのを知っていた聖は、深く考えず受け入れることにした。彼女らに対し、理屈や合理性というものは不要なのだ。求めれば痛い目に遭う。


「ハイ、我侭いってすいません」


 さきほどのメッセージとは別に、ミヤビがチームメンバーに送ったオーダー表がある。そこには今日のそれぞれの役割オーダーがまとめられていた。


 男シングルス:能条蓮司

 女シングルス:雪咲雅

 男ダブルス :不破奏芽・沼沖文学

 女ダブルス :桐澤雪乃・桐澤雪菜

 混ダブルス :若槻聖・偕 鈴奈


「連休前にレンちゃんとわざわざ試合したのに~?まぁ、いいなら良いけど」


 当初、聖はシングルスを割り当てられていたが、足の調子を言い訳にシングルスを辞退した。本音を言うと新星教授との一件が気にかかっていた為、シングルスをする場面はなるべく減らしたい、というのが正直なところだった。なんとなく、もしかすると今日も何かしらの方法で動向を探られているのではないかという気がしている。


――そのうち、解き明かしてみせましょう


 ゴーグルの下から覗く、相手を人間とは思っていない研究者の眼差し。アドがいうように、虚空のアカシック・記憶レコードのことをただの人間が解き明かせるなどとは思っていないが、彼のあの言い知れぬ迫力に気圧された聖は、あの一件以来、妙に意識してしまっていた。ビビり過ぎだとアドは笑ったが、怖いものは怖い。


「気ィ使ってる、とかだったら怒るぞ」


 蓮司が仏頂面で聖に言う。試合後に蓮司から食事を誘われたのを一度断った聖だったが、連休中に奏芽たちを交えて同世代で遊びに行った。ATCアリテニで練習したあとにファミレスへ行き、雑談しただけのことではあったが、それなりに打ち解けたように思う。


「いや、ホント、別に大したことは無いけどシングルスはちょっと不安でさ。もしダブルスやってみて問題無さそうならいつでも替わるから」


 とはいいつつ、可能であれば今日はシングルスをやらずに済ませたい本音は隠しておく。蓮司は不承不承といった様子だったが、特に反論はせず納得してくれたようだった。


「とか言うてマスけどぉ、スズ先輩とミックスしたかんちゃう~?」


 ブンが下手な関西弁で茶化しにかかる。鈴奈はそれを受けてやーん♪と照れてみせ、桐澤姉妹がそれを楽しそうに囃す。蓮司と奏芽はまた始まったと呆れ顔を浮かべ、聖はしばしの間、仲間のじゃれつき合いに付き合わされた。


「ハイハイ、試合前に気を緩めないの! 一般人相手だけど今日はレベル高いんだから。社会人サークルでトップレベルの選手とか、元インカレの半分プロみたいな人も混じってるんだよ?油断してるとフツーに負けるからね!」


 ミヤビが手を叩いて、じゃれ合いを無理やり終わらせる。その声色はふざけている子供を諫める母親のようで、言われたメンバーは悪怯わるびれた様子で大人しくなった。


「ミヤちゃんお母さんみた〜い」抵抗するように鈴奈が言う。ミヤビがわざとらしく眉間に皺を寄せてひと睨みしてみせると、ひっ、と桐澤姉妹の影に引っ込んだ。最年長の鈴奈が率先してふざけようとするのはいつものことで、このやり取りもいわば一つの様式美である。


 元より年上だからという理由だけでリーダー役を仰せつかっていた鈴奈だが、性格的にはよほどミヤビの方がまとめ役に向いている。最初だけ鈴奈が仕切るフリをして、途中からミヤビにバトンタッチするこの茶番は、言うなれば「さぁそろそろちゃんとするよ」という合図のようなものだった。


「試合は3面展開。ダブルスを最初に3本やって、空いたとこにシングルスが入るからね。リーグ戦も本戦も、勝敗が決まっても5試合全部やるから。勝ちが決まってても、最後まで全力でやること。分かった?」


 声色にいつもより年上らしさを含んだミヤビが、全員に向けて指示する。

 ハイ、と声を揃えて返事をすると、ミヤビは満足そうに微笑んだ。



 開会式が終わると、各チーム割り当てられたコートへ向かう。女性陣が着替える間、男性陣は各々ストレッチなどで試合前の準備を整える。聖は早起きしてウォーミングアップがてらジョギングを済ませてあるが、今日は初めての団体戦、そして5年ぶりのミックスダブルスだ。身体の準備はともかく、妙な緊張感は拭えない。


 否応なしに、最後にハルナと出場した試合を思い出す。


――いい気になるなよ、素襖のペットのクセに


 無意識に、殴られた左頬をさする。彼の名前も年齢も知らないが、今もテニスを続けているだろうか?勝ち上がって噂の天才少女と戦えることを心待ちにしていたであろう彼は、年が近いにも関わらずあの時既に選手の目をしていた。


 敗北への恐れを乗り越え、高い壁に挑もうとする闘志を漲らせていた彼は、結局そのぶつけ先を見失い、聖を殴った。聖がもっと強ければ、彼の闘志をコートの上で受け止められたのに。


「ひじリーン? どした~?」

 気付かぬうちに暗い表情をしていた聖の顔を、鈴奈が下から覗き込んできた。その姿を目にした途端、驚きのあまり頭の中でもやついていたものが一気に消し飛んでしまった。


 若草色のラインが入った白いサンバイザー、真っ白なノースリーブのテニスウェアはワンピースで、鈴蘭の柄がアクセントになっている。腰には細い金色のウエストチェーンが巻かれていて、彼女の細い身体のラインが強調されている。そうなれば当然、鈴奈の特徴がより際立ち、幼さと色っぽさを兼ね備えた彼女は、さながら花の妖精のようだった。


「ン~? その顔、さては昔のオンナのこと考えてたっしょ?」

 フフフ、と笑う鈴奈。


「ま~ひじリンの事情はちょろっと小耳に挟んだけどサ、今日はあたしがアンタのペアだかんね。本ペアってワケじゃないから浮気にはならないっしょ。しっかり力を合わせようゼ。言っとくけど、あたしは背ぇ低いからひじリンがしっかり守ってよ? 頼りにしてっゾ☆」


 カラカラと笑って軽く聖の背を叩く鈴奈。童顔で態度が子供っぽい割に、気の遣い方は年上のそれだ。聖は最近自覚したが、どうにも、自分は年上の女性に縁があるような気がしてきてならない。それも、やけに自分に気を掛けてくれる優しい人ばかりだ。


 昔は昔、今は今。

 過去の後悔に一先ず蓋をして、聖は気合を入れた。


「はい、頑張ります!」



 試合は3面展開、ということなので、男子ダブルス、女子ダブルス、そしてミックスダブルスがそれぞれ同時に試合を始めることとなった。聖は対戦相手のチームメンバーを含めて、コートに入った出場者たちの服装を目にし、鈴奈にこっそり尋ねた。


「あの、ひょっとして僕もなんかこう、もうちょい気を利かせた方が良かったですか?」


 自チームの桐澤姉妹はもちろん、奏芽やブンですら、ペア同士は同系統のテニスウェアを着ている。相手チームに至っては6名全員がチームカラーらしいスカイブルーのウェアで統一していたのだ。


「ん~? まぁべつに~? 流行っちゃいるけどね、ペアでウェア揃えるの。一応、うちらもちゃんとした大会の時はスポンサーの絡みもあるから統一するけど、今日は良いんじゃない?それとも、あたしとおソロが良かったぁ?」


 にししと笑い、鈴奈は白い歯を覗かせる。その笑顔に思わずどきりとしてしまう。


<あ~~~~~!! くっそおおおお~~~!!! この浮気モンがよォォォ!!>

 かと思えば、ありがたい神様の恨み言で妙な気分は枯れるように萎れてくれた。


<嫉妬でよォ、人が殺せたりしねェのかなァ>

 物騒な神様の独り言には耳を貸さず、聖は対戦相手のペアと相対する。


「よろしくお願いしま~す♡」

 やけに気合の入った猫撫で声で挨拶する鈴奈。当然、相手ペアの男性に向かってである。彼女がわざと両腕でその大きな胸を強調した瞬間を、聖は横目で見ていた。あぁ、この人、本当に見た目と反比例して腹黒いな。


 相手のペアは社会人ぐらいだろうか。比較的若いものの学生には見えない。鈴奈の狙い通り、男の視線はバッチリと引き付けられているし、その事に女性は気付いているらしく僅かに頬が引きつった。それを見て聖は、戦いが既に始まっているのだと察した。


 サーブを決めるトスは相手が勝ち、聖たちはコートを選択。空は雲一つない快晴の為、太陽の方角を加味して自分たちのサーブを打つ順番を決めた。


「よーし、いっちょやったろ~ぜ~」

 鈴奈が元気よく言って、聖とタッチする。それぞれポジションにつき、試合が始まる。


 五月晴れの空のもと、爽やかな風がコートの上を吹き抜けた。


続く

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