祝宴
誰かが歌い始めた歌を大勢で歌い、踊り、みんなで笑っている。
ナディは当然のように輪の中に入って行き踊りだした。アルととロックは岩場の方へ隠れてしまった。
私の目の前に置かれたのは色とりどりの果物にお酒。隣にはアークが居心地悪そうに座っている。
いろんな人が笑顔で代わる代わる話しかけてくれるが、喧騒に耳が慣れずよく聞き取れない。
にこにこしていることしか出来ないけど、ふわふわとした浮かれた空気は心地よかった。
ひとしきり経つと賑やかさは少し落ち着き、耳も慣れてきて会話が聞き取れるようになった。
「ねぇアーク、この歌と踊りは雨が降った事への感謝よね」
「うん。あとは虎神様への出会いの感謝だね」
「虎神様ってナディのことね」
「うん。砂漠の人たちは虎神様を崇拝してるみたい」
「私もこんなに着飾ってもらった感謝をしたいわ」
アークも色とりどりの綺麗な布や宝石を頭や腰に巻かれている。
フレイルーナの一族は虎神様の為に捧げるものを常に身に着けていて、虎神様のナディの為、私とアークにもとっておきの綺麗な物を一つずつ捧げてくれた。
「もう一度雨を降らせたら喜んでもらえるかしら」
目の前にある泉はまだ水位は十分とは思えない。
「それでね、今から雨を降らせたら、濡れてしまって寒くなってしまうから……」
話している途中にも関わらず、アークが手を出してくれたので思わずその手を取る。
すると、意図した通りの強めの雨が岩場の上の方で降り始めた。
雨は崖から滝のように流れ出し、そのままアオシスの泉に降り注ぎ大きな虹が浮かび上がった。
歓声があがり歌と踊りは再び賑やかになった。
アークは手をつないだまま一緒に踊ろうと誘ってくれた。
立ち上がった私達を見て、近くにいた人たちは空いた手を取って輪に入れてくれた。
見様見真の振りつけで笑いながら一緒になって踊った。
一しきり踊り、くたくたになった頃にナディが戻って来たので一緒に腰を落ち着ける。置かれた果物を手に取り、喉を潤してほっと一息ついていると、フレイルーナがきょろきょろしながらやって来た。私達を探していたのか、目が合うと駆け寄って来る。
「ナディ!雨を降らせてくれてありがとう!!」
飛びついて来たフレイルーナをナディは受け止め切れずに少しよろめいた。
よろけているナディを気にせずにフレイルーナは興奮しながら話し出す。
「伝承と、爺様達が言っていた通りだ。虎神様の歌と踊りで雨が降るなんて!!」
飛び跳ね、くるくると踊りながら華麗に喜んでいる。
「これだけ水があれば、ここで集落を作って落ち着けるかもしれないって!もう移動しなくていいんだ!!」
続いて、フレイルーナの後ろから
「このオアシスは私達の故郷だったんです。私が子供の頃には虎神様が来て、今日の日のように歌って踊って雨が降ったことがありました。ですが、雨は段々と降らなくなり虎神様のお姿も見かけなくなり、泉の水量が減って来たので私達はここを出て、移動しながら暮らしていました。久しぶりに訪れて虎神様をお目にすることが出来、雨が降り、またこの場所で暮らせることになるとは思いませんでした。ありがとうございます」
長はナディの手を握り頭を深々と下げた。
「オレはあなたが子供の事に会った虎神様とは違う……。本当の虎神様は父様と母様で、この場所を楽園と呼んでいた。だから二人はまた来ることもあると思う。安心して住んで大丈夫だ」
フレイルーナはキョトンとした顔で
「私と、ここにいる集落の皆にとってはナディが虎神様だよ」
「俺が虎神様でいいの?」
「なにを言っているのかわからないよ。虎と友達だったじゃないか」
ナディは満面の笑顔を浮かべた。
「そっか、俺も虎神様になれたんだ」
「ところでナディとアークとリンもずっとここにいられるの?」
「俺とリンは一旦故郷に帰るよ、ナディも一緒に……」
「うん。オレもここにいることは出来ない」
「そうか……」
満面の笑みで問いかけてくれたフレイルーナの表情は一瞬陰ってしまったが、すぐにまた明るい笑顔で問いかけてくれた。
「故郷は遠いのかい?」
「砂漠を抜けたら、一か月位で帰れるはず」
アークが答えてくれる。
「砂漠を抜けるまでは、まだ遠いよ。服装は良いとしてもリンは靴を履かないと焼けてしまうよ」
私は服を着ないで家を出てしまったので当然靴は無い。アークのマントしかないところをフレイルーナ達に着飾ってもらった。それだけでも充分ありがたいのだけど、返答に困ってしまった。
「私の靴でよければ履いていってよ。」
「でも、虎神様への供物は一つでしょ。もうフレイルーナからは貰っているわ」
フレイルーナからの供物『赤い石の付いた組紐』はナディの手首に巻かれている。
ナディは貰った組紐をフレイルーナに返そうと手首から外そうとした。
「私が虎神様の為にずっと身に着けていたその石を捧げることが出来たことは誉だ。それはお願いだから返さないで。ね、私はしばらくは砂漠を歩かなくて済む。そうしたいから、お願い」
フレイルーナは素早く自分の靴を脱いで、ぐいぐいと押し付ける勢いで手渡してくる。
「……ありがとう。そうしたら、また来て良いかしら。その時はお礼をするわ」
フレイルーナは押し付けていた手を一度引っ込めると、靴から砂を払ってから改めて渡してくれた。
「泉の水が減っていたらまた歌って踊ってお祈りしましょう。きっとまた雨が降るわ」
「うん。また来て」
フレイルーナに一しきり抱きしめられたあと、少し大きめの靴に足を入れ、紐で固く縛った。
夜明け前、まだたくさんの星が煌めく時間にオアシスを立つことにしたのにも関わらず、大勢の人達が見送ってくれた。
もう一人でも思い通りに雨を降らせることが出来る気がしたけれど、なんとなくアークに手を握ってもらって、もう一度雨を降らせた。
気が付けば、アークに笑顔で見つめられていて、ドキっとしてしまった。なんだか体がほんのり熱い。
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