故郷への道

「アーク、ナディも、二人とも歩くのが早いわ」

 アークとナディは一緒に歩いていても、どんどん先に行ってしまう。

 二人はいろいろな事を知っていた。歩く時間や体の休め方、排除する必要がある危険な虫、火のおこしかた、植物の採取や食事の支度も二人であっと言う間に手際よく出来上がっていく。

 当たり前のようにアークが手をひいてくれる。もう私の後ろをちょこちょこついて来た子供ではなかった。


「アークはこの間まで、いろんな事を教えてあげたのに、今は私が教わる方になってしまったわね」

「リンの『この間』はこの間ではないからね」

 私の『この間』のアークとの時間のずれは、しばらくの間は困惑したが数日もすると気にならなくなり、すっかり大人になったアークにも慣れていった。


 その数日間が過ぎた頃、砂漠を抜けるまでずっと一緒にいてくれたアルとロックとはお別することになった。

「今までありがとう。どうか元気で」

 ナディは言葉少なく、長い間二頭の虎を抱きしめていた。


 オアシスから砂漠を出るまで、長い間を一緒に過ごした二頭は、食料を探し、荷物を背負い、夜は温めてくれた。

 アルとロックのもう触ることのできない毛艶を思い、寂しさがこみあげてくる。

 アークはアルに触りたそうにしていたが、アルはいつも通りアークにだけはそっけなかった。けれど、二人は最後までそれが丁度良い関係みたいで思わず笑ってしまった。


 二頭の虎はオアシスの楽園に戻って、新しい仲間たちと幸せに暮らすだろう。


「それにしても砂漠を出ても結構暑いわね」

 少しずつ緑が多くなり、今は木々が生い茂るしっとりとした暑さの中、汗をかきながらゆっくりと進む。

「アルとロックがいなくなって、番のアークからは気が貰い辛くて……オレ死ぬかも」

 ナディはそんなことを言いながら、街道を軽い足取りで進む。

 オアシスで大勢の賑やかな気を貰って、まだまだ力は満ち溢れていると思うけど、アルとロックの別れで気持ちの方は落ち込んでいることだろう。

 私と同じ竜だから、深く悲しむであろう彼とはどう接したら良いかと悩んでいたことは、まったくの杞憂だった。

 ナディは虎と過ごした日々の楽しい出来事を、思いつくままにどんどん話をしてくれる。それに、アークがナディから辛い部分を上手に聞き出している。

 楽しい話をして、少し寂しくなって、さらに楽しい話をたくさん聞かせてくれた。


「アルとロックが一緒に来てくれたおかげで、オレも虎神様って呼ばれることが出来た」

「虎神様になりたかったの?」

「うん。でも、もう叶ったし、砂漠の外には虎がいないから、虎神様にはなれそうにないし、これからどうやって暮らしていこうかな」

 ナディの旅の目的は砂漠を出ること、番を見つけることだったので、なるべくにぎやかな街を通り、行く先々で仕事を探しながら定住できそうなところがないか見て歩いたが、安心して暮らせそうな街を見極めるのは難しかった。

 

 ナディはすぐに大勢の女の子に囲まれてしまう。

 一日目には見つめる人がいたり遠巻きから見られることがある程度だが、二日目には囲まれてしまう。三日目からは後をつけられたり、待ち伏をする人が出てくる。

 大きな街で過ごせばそんなことが日常だった。

 アークはナディと私の事をすごく心配するようになり、働く場所も三人で一緒に働ける所しか選ぶことが出来ず、仕事は見つからず、長居も出来ず旅は少しだけ困窮した。

 街に寄っても、あまり良くない気にあてられるばかりで、日に日に元気の無くなっていくナディを見ているのは辛かった。

 ナディの番を探すのは簡単ではないと気づいた時には、三人共、泥沼を藻掻いているように疲れ果てていた。


「一緒に故郷まで行かないか?」

 アークの提案をナディすぐに受け入れた。

「うん。行く宛は無いし、一人で放浪する覚悟が出来ないから一緒に行くよ」

「近くにいてくれた方が俺も安心だ。家族と麓の町も紹介するよ」

「家族も町の人たちも良い気が貰えるわ。私が保証するわ」

 三人で明らかにほっとした。

 番探しは一旦保留して、気楽に進むことを決めると、自然と歩みは加速した。


「最後に寄り道をして良いかな」

 順調に歩き続けて少したった頃、アークの希望で街道から外れて山道を登った。家族と住んでいた山の景色に少し似ている。

 そんな事を考えながら歩いてていると、大きな犬が迎えに来てくれた。先頭を案内してくれる犬に従い、小道を歩き続けた山の中にその家はあった。


「サキさん」

「アーク!!」


 私達を出迎えてくれたサキさんと呼ばれた黒い服の女性は、アークに笑いかけたあと、緊張した面差しで私を「竜神りゅうがみ様」と呼んだ。

 私への呼びかけだとすぐに分かった。私はこの人を知っている。

「私と父さんに果物をくれた……」

「はい。あの時は助けてくれてありがとうございました」


 思わずどちらともなく手を取り合った。

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