虎神様の嫁とり

 月が薄く輝く夜、アルとロックに寄りかかりながら話は尽きず、眠りそびれたまま明るくなった。アークとナディは眠そうに目を擦っている。


 早々に水辺まで降りることにしたが、すり鉢状のこの場所からは一旦崖を登ってから降りることになる。私は竜の姿に戻って飛ぶことができるので、頂上までなにも問題も無く先に進むことが出来た。

 虎達とナディは軽い身のこなしで、なんともなしに急な崖路をあっと言う間に駆けあがった。

 アークはというと、少し登っては進めなくなり、一旦、少し降りて進めそうなところから登るを何度か繰り返して、もう少しで頂部という所まで登ってきたが、そこから先にはどこへも進め無くなった。


 見かねたアルが「アイツ、イツモメンドウガカカル」と言いながら助けに向かってくれた。

 アルは身軽に崖を降りて行き、アークのそばまで近づく。どうやら登れそうな順路を教えてくれているみたいだ。

 気づいたアークはアルのいる位置まで結構な距離を一旦降りると、そこからアルの道案内で再び登りだした。アルはたまに後ろを振り返りながら華麗に登りだす。

 最後はナディが荷物からロープを取り出して投げてくれた。


 アークは息を切らしながら無事に足場が平らなところまで登りきり、なんだか少し言い辛そうに口を開く。

「あの……。アルの声が聞こえる気がするんだ」

「アルもロックも毎日おしゃべりしてるよ?」

 ナディがアークにお水を渡すと一気に飲み干す。

「アルは今『面倒が掛かる』って言っていたように聞こえるんだけど……」

「ふふっ。言ってるわ。アルは顔は怖いけど、優しい子ね」

「えっと……気のせいかと思ったのだけど、やっぱり聞こえるで合ってるんだ」

 アークはびっくりしたような困惑したような顔でナディと目を合わせるとナディも頷いた。

「助けてくれてありがとう。俺、アルとは仲良くなれないと思ってたよ」と言いながらアルに抱き着こうとしたが、アルは歯を剥きだしにしてアークが抱き着くのを許さなかった。

 急に動きを止められたアークは危うくバランスを崩しそうになったが、めげずに再び抱き着くとアルはじっとしていたが、少し嫌そうに尻尾を振り払った。


 頂上から水辺に下る順路はアルとロックが着実な足場を案内してくれたお陰で、全員が危なげなく降りることが出来た。


 水辺は朝から大勢の人で賑やかな気配が漂っていた。

 手前の岩場の陰で隠れて雨を降らすことにした。

「アーク、手を握ってくれる?」

 二度ほど度深呼吸してから雨を降らせる。

 

 サァアアアアアアアアアアアアアアア

 

 良かった……。

 滝のような大雨にはならずに、歓喜の声が聞こえてた。

 ひとしきり雨と雨を喜ぶ人々の気を浴びた後、靄が立ち込める水辺の方へ向かった。


「アーク!」

 すぐにフレイルーナという人が駆け寄って来た。

「良かった。虎の住家に行ったきりで心配したんだ。ナディも探しに行って戻らないし……あれ?その人は?」

「リンだよ。番になった」

 ナディが私を紹介してくれたが、フレイルーナはぽかんとしている。

「えっと、ナディのお嫁さんってこと?」

「違う違う。アークの番でずっと探していたんだ」


 状況が分かっていないフレイルーナの少し後ろにいた年配の女性も声をかけてきた。

「フレイルーナ。知り合いは無事じゃったか」

「それが、無事どころか虎の住家からアークのお嫁さんという人を連れて来て……」

「なんと!虎神様が縁を結んでくださったのか」

 年配の女性が急に声を張り上げる。


 一時の静寂の後、ざわざわとした声が上がる。

「なんと……虎神様が」

「虎の住家から……」

「雨が降った……」


「虎神様が嫁取りを行ってくださった!!」


 誰かがあげた大きな声が合図だったかのように、あっと言う間に大勢の人に囲まれてしまった。


「ナディはやっぱり虎神様なんだね!」

 フレールーナがナディに飛びつき、踊るような流れで私とアークもまとめて抱きしめられる。

 びっくりしたが、こんなに大勢人がいるのに悪い気の人が一人もいない。

 アークは困惑し、ナディは急に囲まれたのになんだか嬉しそうだ。

 ……この崇めるような気はナディに向けられている。きっと虎神様と呼ばれているのはナディのことだ。


 気づいたら、マント一枚だった私は何故か綺麗に着飾られていた。

「あらぁこの娘さん。服を着てないじゃない」

 あっと言う間にいろいろな人にいろいろ話しかけられて、ふわりとした軽い真っ白い服を着せて貰った。綺麗な模様が描かれた色とりどりの布。キラキラした石がたくさんついているネックレスも首からかけてもらい、髪も編み上げてもらった。

 なんだかよく分からないまま、されるがままで、アークもナディもいつの間にか上等な布や身にまとい、食べ物やお酒が次々と供物のように差し出される。


 そして、歌って踊っての大宴会が始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る