リンとアークと絆

「あんたがアークの探していた竜だね」

「えっと、ナディさん?」

「よろしく、リン」

 唐突に音も無く現れたナディは、当たり前のように隣に腰掛けて話し出し、丁度出来上がったスープを三人で頂いた。


「アークが番になると気が貰い辛い」

「え?番って?」

 ナディはアークを見てから私を見る。

「え?番だよね」

「え?私とアークは番なの⁇」

「え?俺と?イーサは?」


 なんの話をしているのか分からない。

「え?二人とも何故分からないの?」

 ナディだけは分かっているが、私達二人が分かっていないことが理解出来ないようだ。でも、私はひとつ分かっていることがある。

「アークと絆が繋がったことは分かるわ。私がやったのかしら」

「絆?」

 アークはぽかんとしている。


「リンがやったとかは無いと思うんだけど」

 あの場に居なかったのに、やはりナディは分かっているみたいだ。

「えっと、番ってどうやってなるの?」

「アークに鱗を渡したでしょ?」

「鱗?」

 アークと顔を見合わせる。

「鱗……」

 アークは乾かしていた腹巻、上着を弄ってから荷物とズボンをひっくり返す。

「そういえば、拾った鱗が無い。ちゃんと仕舞ったのに……見つからない」

「鱗は消えるから」

 話が見えてこない。どこから聞いたら理解できるのだろう。知らなければいけない大事な事を話している気がするのに。


「あのね。私、子供の頃父さんと別れてからずっと人と暮らしていたの。竜がどうやって番になるのか分からないの」

 ナディはまだ不思議そうな顔をしながらも一つずつ説明してくれた。

「番になるには成体になった時に落ちた鱗を相手に渡して気を送るんだ。それで相手が受け入れてくれたら成立する」

「さっき体が光っていた時……」

「鱗を拾った後だ……」

 アークも心当たりがあるようだ。


「でも、『成体になった時に落ちた鱗』というのが何か分からないわ」

「親と絆が切れた時に鱗が落ちなかった?」

 ナディが言うには、親との絆が切れ時に鱗が一枚落ちる。それが幼体から成体になる証だと言う。


 父さんが地に縛り付けられた時、私と父さんの絆は切れた。

 その時に鱗が落ちたのかは覚えてないが、今まで鱗が落ちることは無いと思っていた。だから先ほどアークが拾った鱗が私のものだという認識は全然無かった。


「さっき、私の足元に鱗が落ちていたの。今まで一度も鱗が落ちたことないから、私のものだとは思わなかったわ。私の鱗だったのかしら……」

「うん。間違いなくリンの鱗だったよ」

 私は気にも留めていなかったが、アークは私の鱗だと認識していたことに驚いた。


「竜が鱗を落とすのは生きている間は一枚だけだ。瑠鱗りゅうりんって呼ばれてる。瑠鱗が落ちたら成竜の証で、親とは一緒に暮らせなくなる。

 そこからは独り立ちして、番になりたい者が現れたら瑠鱗を渡して気を送る。相手が受け入れてくれたら鱗は相手に溶けて番になる。瑠鱗は親から貰った気を貯めて補ってくれる大事な鱗だ」


「教えてくれてありがとう。瑠鱗りゅうりんと番の事は分かったわ。でもやっぱり今さっき鱗が落ちていたことと、何故アークと番になったのかは良く分からないわ……。父さんと私の絆が切れたのはアークが生まれるずっと前のことなの」


「そっか。オレ、家族以外の竜に会ったのは初めてなんだ。オレの知ってることしか知らないから、いろいろあるんじゃないかな。それで、番になった竜は縄張りの気配が消えるから、気づいて様子を見に来たんだ」


「えっと、番をやめることは出来ないの?」

「お互いに気持ちが無くなれば絆は切ることが出来るけど、絆が切れたら二度と会わない方がいい」

「え?二度と会わない方がいいって?」

「繋がっていた絆が切れた者同士は気の奪い合いが起こるから」

 

 なんだか一瞬眩暈がして意識が遠くなった。心臓がドキドキする。


「駄目!アークと二度と会わないなんて、絶対に嫌っ!!」

 思わず出た自分の大きな声で意識が引き戻された。ドキドキは治まらない。


 アークは落ち着いたまま、静かにナディに質問を続けた。

「番を亡くした場合と、絆が切れた場合は違うの?」

「番を亡くすと残された片割れは長く生きられない。それは悲しいからだ。絆が切れた者同士の気の奪い合いは自分の意識とは関係無く抗えない。離れないと駄目だ」


 番を亡くしていた父さん、私との絆が切れて地に繋がれた父さん。私とは気の奪い合いをしていたのだろうか。でも父さんが日に日に弱っていくのを側で見ていた。

 アークと私はどうなるのだろう。

 怖い……どうしてそうなってしまったんだろう。


「それと溶けた鱗はもう元に戻らないからリンはともかく、アークがどうなるかは分からない」

 私はあの時に確かに気を送った。アークの力になりたかった。私が気を送ったせいだ……。

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