リンとアークと雨

 アークは呆然と地図を見つめたままだ。悲しい気が溢れてくる。

「精霊様の地図のおかげで砂漠を旅をすることが出来たんだ。俺、ここに来る前に精霊様が見えなくなってしまって、今、地図が使えなくなったみたいだ」

 アークはゆっくり息を吐き出し、震える手で地図を畳んだ。

「でも、リンを見つけるのに間に合った。これで良かったんだ……」


 その地図は精霊様が力を貸してくれた泉の場所が分かる地図だと教えてくれた。

 私も見せて貰って今いる所と周辺を確認してみる。

 この近くには泉は無いみたいだけど、離れたところには波紋のようなものが小さく動いている。不思議。

「ここに小さく波紋が出てるけど、ここが泉ってことかしら?」

 アークは大きな動作で振りむき、恐る恐る地図を覗き込んで私の示す指先を見つめた。

「本当だ!!」

 アークの悲しみの気配は一気に安堵と少しの戸惑いに変わった。

「でも、この場所のすぐ下にも泉があったんだ。なぜ表示されないのだろう?」

「良く分からないけど、まだ精霊様は力を貸してくれているのではないかしら」

「……そうだといいな。精霊様にもコハクにも会いたいよ」

 アークは精霊様とコハクのことを嬉しそうに話し出し、帰ったら私も二人に合わせてくれる約束をした。

 そしてアークのお腹からは再びぎゅるぎゅると音が聞こえてきた。

「ふふっ。私もスープを飲みたいわ。お水が無いから雨を降らせるわね」

 

 ゴッ。ザァアアアアアア……アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア

 

 一瞬で夕暮れ前の澄んだ空は真っ黒になり、雨音以外なにも聞こえなくなった。

 叩きつけるような雨粒が体に痛い。


「!?」


 慌てて、すぐに雨を止める。ずぶ濡れのアークがぽかんとした顔でこちらを見ている。

「どうしたの?」

「わからないわ……」


 息を吸って、吐いて、吸って。深呼吸を繰り返してから、もう一度雨を降らせてみた。

 

 ドッ。ドザァアアアアアアアアアアアアアアアアア………アアアアアアアアアアアア


 急いでまた雨を止めた。

「違うの……なんだか、なんだかおかしいの」

 雨の降らせ方は知っている。こんなに大雨を降らせるつもりはないのだけど、今まではなにも考えずに行っていたことなのに……。


「落ち着いて」

「もう一回やってみるわね」

 先程は何も考えなかったら大雨になった。

 なので少しだけ、少しだけと思いながらも雨はまた土砂降りになってしまった。

 どうしたら良いかわからない。

 途方に暮れてアークの方を見つめると、アークは近づいて来て私の手を握る。


「僕はリンの降らせる雨を知ってるよ」

 アークの手から、なんだか心地良いような、くすぐったいような気が流れてくる。


 大人しくアークに気を委ねていると、土砂降りの雨は段々と静まり徐々に柔らかい雨音に変わっていった。

「ね、いつものリンの雨だ」

「なんだか良く分からなくなってしまったわ。今のはアークが加減してくれたの?どうしてそんなことが……」

「なんとなく伝わる気がしたんだ」

 アークは繋がれている私達の手を見つめて微笑んだ。

 ほっと息を吐き出し、置いてあった鍋に目をやると、既に並々と水が溜まっていた。


 私はアークが掛けてくれたマントのおかげで濡れずに済んだが、アークは全身から水がしたたっている。

 びしょ濡れの袖で顔を拭いながらも気にした様子はなく「少し食材があるか見てくるね」と言って茂みに入ってしまった。

 

 しばらくすると薪にするような枝やツヤツヤした果実、野草を小脇に抱えて戻って来た。

 「良かった。芯まで湿っていないと思う」

 そう言って、採って来た枝の樹皮を剥いでいく。荷物から焚き付け材を取り出し、枝を芯の部分から燃やしていく。

 剥いだ樹皮の部分も乾かしながら少しづつ煙を出し、幾分もしないうちに炎となった。

「砂漠の夜はいつも寒いけど、ここは緑があるから大丈夫かな」

 火をおこし終えると、上着を脱ぎ、火にかけたスープをかき混ぜながらもアークは話を続ける。

「リンがいなくなってから他の竜にも会ったよ。最初にコハクという土の竜に会って、それから霧を操るマナシ。砂漠へ来て、ここへはナディと一緒に来たんだ。ナディは虎と仲良しで……そういえば、アルがいない」

 アークは辺りを見回す。

「ここまで道案内をしてくれた虎っていう生き物で、白くて大きくて綺麗なんだ」

 そして一点で視線を止めた。


「ナディ⁉」


「縄張りの気配が消えたから来たんだ。なに?番になったの?」


「「番?」」

 アークと私の声が重なった。

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